80年代に音楽シーンに登場し、パンクバンドとしてその名を轟かせたアナーキー(亜無亜危異)。そのギタリスト・藤沼伸一さん(63)が初監督を務めた『GOLDFISH』が公開中です。
前編に続き今回は藤沼さんに映画の撮影にまつわるエピソードや、80年代の過激なライブハウス事情、親衛隊と呼ばれた熱心なファンについてお聞きしました。
アナーキーに親衛隊が存在していた理由
──撮影で大変だったことはありましたか?
「出演者がみんな忙しくて、主要メンバーがそろうのが1日だけとかでした。スタッフのスケジュールも、時間がはみ出したら別の映画の組に行っちゃったりするからパツパツで」
──時間どおりに撮り終わらなければいけないのはプレッシャーになりませんでしたか?
「スタッフやキャストが忙しいってことは、優秀ってことですからね。暇な人よりは仕事ができる人のほうが絶対にいい。スタッフのパフォーマンスがよくて、役者の演技もできあがっていたので、クオリティの高いものが最初からポンポンって撮れた。俺はもうそれをジャッジするだけだからね。悩まずに2週間で撮りきれて、みんなびっくりしていました」
──ほかにも、撮影でつらかったことはありましたか?
「ちょっと寝不足だったくらいかな。夜中まで撮影して、朝6時に集合だと4時には起きなきゃならない。帰ってから風呂入って寝ようかなって思うと、“監督、あのシーンはどうしたらいいですか?”ってスタッフから電話がかかってくる。そうしたら“寝れねえな……”みたいな日々が続いたから。でも苦になることは全然なかったね」
──映画の中では「親衛隊」というファンの存在がいて、メンバーとファンとの関係性も今より密に描かれています。本当にそのようなエピソードがあったのですか?
「映画のハルの周りにはそういう人たちとの交流があるけれど、実際にマリ(逸見泰成さん・通称マリ。アナーキーのギター)もファンと仲よくしていたんだよね。俺らの歌詞の内容に腹を立ててつぶしに来る人たちもいたから、親衛隊ってそういうヤツからメンバーを守ってくれる人たちだった。いろんなバンドにいたわけじゃなくて、アナーキーだからだよね。ローリング・ストーンズも、『ヘルズ・エンジェルズ』っていうバイカーの連中が守ってくれていたらしいよ」
──エンドロールの前に、マリさんの名前がクレジットされていますね。
「最初から名前は入れようって思っていた。エンディング曲も、スタッフと相談してアナーキーの『心の銃』にしました。あの演奏は、実際のライブのアンコールを録ったもの。エキストラとか、クラウドファンディングとかでもファンが映画を盛り上げてくれていて、ありがたいことだよね」
──映画のタイトルの『GOLDFISH』に込められた意味を教えてください。
「ゴールドフィッシュって金魚のことだけど、金魚って煮ても焼いても食えない。観賞用として作られたわけじゃないですか。だから観てもらえないと何の価値もない。それってエンターテイメントの世界と同じ。金魚の存在とアナーキーというバンド、そしてマリをリンクさせたらどうだろうってところから思いつきました。ロックスターでもアイドルでも、金魚(観賞用)になった途端に死に走ったり、様式美に煮詰まってクスリにハマったりする。そういう話って昔から多いじゃないですか。そういった内面的なものをテーマにしようと考えたんです」
「バンドつぶし」にライブ中に殴られたり石を投げつけられた
──インタビュー前編で「昔、バンドマンに殴られた人はこの映画を観ないかもしれない」と冗談交じりにおっしゃっていましたが、当時はそういったことが本当にあったのですか?
「“何をやってもいいんだ”って思っていたダメ人間が、バンドマンにいっぱいいたんでしょうね。“ライブハウスだったら好きなことをやってもOKだろう”みたいな感じで、暴れていた。俺らが出てきたころにはモッシュ(ライブ中に客同士で身体をぶつけ合う行為)とかなくて、『バンドつぶし』っていうのがあってね」
──「バンドつぶし」ですか!?
「お客がステージに立っている演奏者を引きずり下ろして、殴って楽器を取り上げる」
──そんなことが実際にあったんですか?
「そう。それで奪った楽器を演奏する。それが日常茶飯事だからね。観に来てるヤツはファンとかいうレベルじゃない。ライブハウスでは暴れてもいいっていうのが暗黙の了解になっていたんじゃないかな。アナーキーのアンチからは、ステージにビンも投げられた。上と下でケンカになったりとかね」
──ステージに出るのが嫌になりませんでしたか?
「もう音楽じゃないよね……。アナーキーはコンテストに出てすぐデビューしたから、ムカついたヤツがいっぱいいたんだと思うよ。“そんなのパンクじゃねえ”って。それでもう石を投げられたり、“アチーっ!”って思ったら、服の中に爆竹が入ってパーンって爆発していたり(笑)」
──……(絶句)。
「でもこういうもんなんだろうなって思うしかなかった。道徳的なことを言ったところで通じるわけではない。みんな現状から抜け出せなくてモヤモヤしている連中が、論理的じゃない方法でバーッて暴れているだけだからね」
50代が元気がないのは、多ジャンルの人と会っていないから
──よくパンクの定義として、反発や反骨精神が挙げられますが、藤沼さんはどのように捉えていますか?
「反体制って、体制に対して怒りをぶつけること。例えば、何のために反発をしたのかって考えると、“この学校をよくしたい”というなら、窓ガラスを割っている場合じゃない。それって、窓を直すヤツがいるから壊すんだと思うよ。自分で直すなら壊さない。そんなの甘ったれだと思うんだ。だったら、学校をよくするために勉強して生徒会をやってみろよっていうのが、今の俺の考えだね」
──最近、周りでやる気が起きなかったり、元気が出ないと言う話をよく聞きます。藤沼さんはエネルギッシュですが、どうやって奮起されていますか?
「やる気が出ないのは、元気がある人に会ってないんじゃないかな。自分に近い人とばかりいるのを選んじゃっているのかもしれないね。もっとエネルギーのあふれる人と会ったほうがいいよ」
──例えば、藤沼さんはどのように過ごしていますか?
「バンド以外の付き合いだったら、若い世代や全然畑違いの人たちと飲みに行ったりしています。経済学者とか医療関係とか、ちゃんとスーツを着ているような人たち(笑)。そこから新しい情報をいろいろと教えてもらっていて。例えば、人生の途中で何かを諦めてしまったり、“これでもういいや”って思った瞬間に、老け込むんじゃないかな。もういいやと思った瞬間に、新しいことを知る気持ちもなくなるからね。俺らみたいなおじさん世代が自分の好きな音楽だけ聴いていたら、新しいものを聴かなくなっていくじゃないですか。そうすると、元気もなくなっていくのかなって思う」
──藤沼さんの現在の音楽活動も多岐にわたっていますね。
「アナーキー以外にも、舞士やREGINAというバンドがある。あとは俺がサポートギタリストをやっている泉谷(しげる)さんとの付き合いは、家族よりも長いんじゃないかな。泉谷さんも迷惑なくらい元気だよね(笑)。俺はコロナ前はバンドを7つくらいやっていましたけど、昔の曲ばかりやるのは好きじゃない。これは(忌野)清志郎さんや泉谷さんに教わったことだけれど、あの人たちはいつの時代でも、政治的であれ、人間的な歌詞であれ今のことを歌う。だから、カッコいいなって思えた」
──若さの秘訣は、変わり続けることでしょうか……。
「俺は60歳になって映画監督をやってみたらすごく楽しかった。これが20代だったらやるかどうかグズグズ悩んでいたよね、でも今はもう先が短いから(笑)、悩んでいる暇がないんだよ。面白いことがあるなら、今やらなきゃっていう考えになっている。悩んでいる時間がもったいないじゃん」
──50代に何かアドバイスはありますか?
「例えばニルヴァーナの曲をギターで弾いてみたいと思ったら、カッコよく弾いている未来の自分の姿を想像してみる。いい未来を考えると、気持ちよくなるじゃん。ギターを弾くためにはこの筋肉を使うんだとか、知らないことを覚えていくと脳が活性化してくるし。それが大事だと思うね。おいしいものを食べたり、好きな音楽を聴くよりも、自分で何か作り出すことをすると、それだけで元気が出るんじゃないかな」
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周りの雰囲気も凌駕(りょうが)するほど、エネルギッシュな藤沼さん。63歳という年齢を忘れてしまうほど知的好奇心にあふれ、音楽から映画までいろいろな話題を語ってくれました。藤沼さんの思いの詰まった『GOLD FISH』。ぜひ劇場でご覧ください。
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
藤沼伸一(ふじぬま・しんいち)
1980年、伝説のパンクロックバンド「アナーキー」のギタリストとしてデビュー以来、その独自のギタースタイルがさまざまなアーティストから評価され、42年間で参加したレコーディングアルバムは100枚に近い。『Player』誌上では日本の5大ブルースギタリストと紹介されるなど、ジャンルに縛られることなく、パンク、ロック、ブルース等、さまざまなギタースタイルが好評を得ている。2002年には集大成的なソロアルバム『Are You Jap?!』をリリース。現在も、舞士、Ragina、泉谷しげるなどとライブ活動を精力的にこなしている。
〈Information〉
■映画『GOLDFISH』
3月31日(金) シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
出演:永瀬正敏、北村有起哉、渋川清彦、町田康、有森也実、増子直純(怒髪天)、松林慎司、篠田諒、山岸健太、長谷川ティティ、成海花音
監督:藤沼伸一
脚本:港岳彦、朝倉陽子
企画:パイプライン ミュージック・プランターズ
製作プロダクション:ポップライン、ドッグシュガー
製作:GOLDFISH製作委員会
共同製作:沖潮開発
配給:太秦、パイプライン