名バイプレーヤーとして、独特の存在感を放つ滝藤賢一さんは、映画『クライマーズ・ハイ』の出演をきっかけに、さまざまなドラマや映画に出演してきた。ドラマ『半沢直樹』(TBS系)や、主演ドラマ『探偵が早すぎる』(日本テレビ系)や『家電侍』(BS松竹東急)などは、多くの人の脳裏に焼きついているだろう。
そんな滝藤さんが、1月13日公開(愛知、岐阜は1月6日から先行上映)の映画『ひみつのなっちゃん。』で、主役のドラァグクイーン・バージンを演じている。意外にも劇場用長編映画では初の主演となる。
「不安でしたね。自分がやってもいいのだろうか、という気持ちがいちばん大きかったです」
本作は、伝説的ドラァグクイーンで、現在は新宿二丁目で食事処を営んでいるなっちゃんの死から始まる。なっちゃんは家族には自分がオネエやドラァグクイーンをしていたことを秘密にしていたため、バージンはドラァグクイーン仲間のモリリンとズブ子の3人で、なっちゃんの秘密を守るために奔走。
なっちゃんの母・恵子が到着するより前に、本人の自宅を突き止めて忍び込むことに成功するが、事情を知らない恵子から、実家の岐阜・郡上八幡(ぐじょうはちまん)で行う葬儀に参列してほしいと言われる。
こうして3人は自分たちがドラァグクイーンであることを隠しながら、“普通のおじさん”として郡上八幡に向かうことになる。
撮影前から徹底した役作りでバージン役を生きた
滝藤さんは、ドラマ『珈琲いかがでしょう』(テレビ東京系)などで、女装役を演じたことはあったが、今回のバージン役になるために、どんなことを考え、試みたのだろうか?
「LGBTQ+の方々には、普段は男性で、夜は女性という方もいれば、常に女性でいる方などいろいろなタイプの方がいらっしゃると聞いたのですが、バージンは後者を選択しました。役作りのために3人のドラァグクイーンのロードムービーである『プリシラ』や、トランスジェンダーが登場する作品も見たんですけど、あまりしっくり来なかった。
オードリー・ヘップバーンやマリリン・モンローの映画のほうが、“これだ!”と思ったんです。動きや話し方、存在感などを一生懸命勉強しました」
映画の中の滝藤さん演じるバージンは、物腰が柔らかくてたたずまいや所作が美しく、女性らしい口調もとても自然だ。
「女性らしいしぐさや口調は難しくて、何か月も前から家にいるときでも振る舞いを意識し、自分に落とし込んでいきました。始めのころはウソくさくてしょうがなかった。自分を騙すしかないので、撮影に入ってからも、スイッチを一回も切らず、カメラが回っていなくても女性でいることを徹底しました」
バージンのファッションも見どころのひとつで、レトロなプリント柄のブラウス、ストールやサングラスといった小物使いも上手でおしゃれ。滝藤さんも大の洋服好きで知られるだけあって、どこか通ずるものを感じる。
「バージンはドラァグクイーンとして第一線で活躍していたわけですから、こだわりが強いと思うんです。だから、監督やスタイリストさんと相談して、バージンの服を決めていきました。僕の私物も使っています」
作品では、バージンは年齢を重ねて思うようにパフォーマンスができなくなり、ドラァグクイーンの舞台から降りている。なっちゃんの死、郡上八幡までの道中や葬儀、現地で目の当たりにした郡上おどり(夏に郡上八幡で開催される、伝統的な盆踊り)などを通して揺れ動くバージンの心情を丁寧に描いている。
「年齢を重ねていくうちに身体が動かなくなって……、といった彼女の悩みは、僕にも共感できるところがいっぱいありました。今回、郡上八幡の地元のみなさん100人に協力してもらい郡上おどりを再現してもらって撮影したのですが、彼らの中に流れる祭の血はすさまじく、パワーがすごかった。きっと、バージンも感じるところがあったと思います」
走り続けてきた30代以降、さらに歩み続けて見えてきたもの
滝藤さん自身、仕事が舞い込むようになってきた30代前半から、来る仕事はすべて受ける勢いでがむしゃらに走り続けてきた。しかし、2020年に入ったころから心身のバランスを崩し始め、涙が止まらなくなったり、家を飛び出したりしたこともあったという。
「心身のバランスが崩れるも、スケジュールは埋まっているので、走り続けていました。緊急事態宣言が出た2か月くらいは、半ば強制的に休みになり、いろいろなことを考えるいい時間になりましたね。
多くのオファーをいただくようになって、どれも大切にしてきたつもりだけど、どこかでこなしているような気持ちになってしまっていたこともあると思うんです。だから今は、1本1本作品に向き合って丁寧に取り組むようにしています。この『ひみつのなっちゃん。』も、監督と細かくセッションして作り上げることができました。
きっとそのほうが作品を好きになれると思うんです。現場は穏やかな雰囲気で、時間も余裕があり、郡上もとてもいいところだったので最高の撮影でした」
2021年9月には、滝藤さんの1年間の着こなしを記録した『服と賢一 滝藤賢一の「私服」着こなし218』(主婦と生活社)を出版。本書の中の滝藤さんはとても自然体で、ファッションを自由に楽しみ、家族と過ごす休日の様子も垣間見せている。
「オファーが来たときは、“そんな本、誰が買うのかしら?”と思いましたが、僕の1年間のアルバムみたいなものなので、楽しくやりました。でも、持っている服の半分も着ていないから、まだまだ物足りない。それに、好みも古着やクラシックなテイストに変化してきているので、今撮ると全然違うものになると思います」
自分のすべてを芝居にささげて苦しかった20代、仕事が増え始め、あらゆる作品に出演して多忙を極めた30代を経て、現在46歳の滝藤さんは、穏やかでありたいと考えている。
「現場は時間がなくて、ピリピリしていることも多いけど、そういうときこそ穏やかでいたいですよね。“思いやりを持って言葉を掛け合おうぜ”って。家族との時間も大事にしたいけど、長男が中学生になって部活が忙しくなり、家族みんなで出かけられないんです(笑)」
若いころの自分に言葉をかけられるとしたら、「めっちゃいいこといっぱいあるよ」と伝えたいという滝藤さん。
「若いころは芝居のことばかり。お金もないのに、踊りや立ち回りの稽古を受けていました。何やってもうまくいかなかったですね。腐りまくってました。でも、人生は悪いときばかりじゃないと思う。トントンなんです。今はめちゃくちゃ楽しいし、毎日が充実している。この『ひみつのなっちゃん。』という映画に出合えたことも、本当に幸せだと思います」
(取材・文/吉川明子、編集/本間美帆)
【PROFILE】
滝藤賢一(たきとう・けんいち) 1976年生まれ、愛知県出身。1998年から舞台を中心に活動後、『クライマーズ・ハイ』(’08)で注目を浴び、以降、TV・映画・CMと幅広く活躍。近年の出演作に、映画『はなちゃんのみそ汁』(’15)『64 -ロクヨン-』(’16)、『関ヶ原』(’17)、『狐狼の血』(’18)。テレビドラマでは、TBS系「半沢直樹」(’13)、NHK連続テレビ小説『半分、青い』(’18)、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』(’20)、日本テレビ系『探偵が早すぎる』(’18、’22)など多数。主演ドラマ『グレースの履歴』(全8回 NHKBSプレミアム BS4K)が3月19日(日)22時から放送予定。
《映画情報》
『ひみつのなっちゃん。』
□詳細:
1月13日(金)新宿ピカデリー他、全国公開
1月6日(金)愛知・岐阜1月6日先行公開
キャスト:滝藤賢一
渡部 秀、前野朋哉、カンニング竹山
豊本明長、本多 力、岩永洋昭、永田 薫、市ノ瀬アオ(821)、 アンジェリカ
生稲晃子、菅原大吉 、本田博太郎
松原智恵子
脚本・監督:田中和次朗
主題歌:『ないしょダンス。』渋谷すばる
製作:東映ビデオ 丸壱動画 TOKYO MX 岐阜新聞映画部
ロケ協力:岐阜県郡上市
ドラァグクイーン監修:エスムラルダ
配給:ラビットハウス 丸壱動画
(C)2023「ひみつのなっちゃん。」製作委員会