「元自衛官芸人」という肩書で、バラエティ界にすい星のごとく現れた、やす子さん。'19年9月、お笑いコンビ『バイきんぐ』や『錦鯉』らが在籍する、ソニー・ミュージックアーティスツのお笑い部門に所属すると『水曜日のダウンタウン』(TBS系)や『ぐるナイおもしろ荘』(日本テレビ系)などの人気番組に次々出演。

 ネタの面白さはもちろん、純朴なキャラクターにも注目が集まり、あっという間にバラエティ界になくてはならない存在となりました。「見ているだけで癒される」というファンも多く、YouTubeやツイッターのコメント欄はファンの温かい言葉であふれています。

 そこで、やす子さんにインタビュー。前編ではデビューから現在までの道のりを伺い、芸人としての魅力に迫ります。

さまざまな表情で撮影班の期待に応えようとサービス精神旺盛なやす子さん 撮影/高梨俊浩
遠くはない過去を振り返った際、笑顔で天を仰いだ 撮影/高梨俊浩
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ザコシショウさんの単独ライブが転機になりました

──やす子さんが芸人になったきっかけは、お友達に誘われたことだそうですね。

「そうです。(自衛隊を辞めて)清掃員のバイトをしていたとき、お友達が声をかけてくれてその子と一緒にコンビを組んでこの道に入りました。自分の人生の中で芸人という選択肢が一切なかったので、最初は“自分の性格上、きっとすぐ辞めちゃうだろうな”くらいの気持ちだったと思います。“1〜2か月続けばいいかな”という感じでした」

──しかも、やす子さんはそれまであまりお笑いに触れていなかったと聞きました。

「あ、そうなんです。自衛官時代も家庭でもほとんどテレビを見てこなかったので、お笑いライブという存在すら知らなかったですし、『M-1グランプリ』が賞レースだということも知らなかったです。ダウンタウンさんとか、爆笑問題さんはギリギリ知っていたんですけど、本当にその程度だったので、芸人になって初めてSNSで“芸人 漫才”で検索して、気になった人のネタをYouTubeとかで見るようになりました」

──そういう状況だと、ネタを考えるのも大変だったでしょうね。

「めちゃくちゃ大変でした! 最初に“4分くらいのネタを作ってください”と言われたから、自分が面白いと思うことをどうにか台本に書き起こしてみて、事務所に行ったんです。で、ネタ見せをする前に、スタッフさんから“このネタは暗転板付き(※1)ですか? 明転飛び出し(※2)ですか?”って聞かれるんですけど、言っている意味がまったくわからないんですよ」

※1:舞台や演劇用語。違う場面に移行する際、照明のない、暗い中で演者がスタンバイを行い、ネタが始まるタイミングですでに舞台上に立っている演出のこと。
※2:ネタが始まる際、照明がつき明るくなったタイミングで舞台袖から登場すること。

──舞台用語ですもんね。

「なので、適当に“暗転板付きでお願いします”って返したら、実際は明転飛び出しじゃないとダメだったり。そういう、基礎の基礎からのスタートでした。でも、まったく知らなかったからこそよかったのかなと思います。知っていたら“厳しい世界だし、成功しないかも”と思って、友達の誘いに乗らなかったと思うんです。知識がないからパッと飛び込めたのかなと思います」

──事務所に所属してからは、どんな活動をしていましたか?

「所属して1か月ぐらいたったころに相方が飛んじゃったので、そこからはずっとピンでコントをしています。“面談”とか“飲み会”のような、イスと机があればできるネタをやっていましたね。そんなあるとき、他事務所の大葉かやろうさんという方に“元自衛官だったら、自衛官のネタをやったら?”と言われて、自衛隊ネタを次の日からやってみて今に至ります。

 始めたばかりのころは特に、周りの方の言葉を全部聞いていた感じですね。“もうちょっとちゃんとした衣装にしたら?”と言われれば、次の日には買いに行きましたし。これも自衛隊時代の影響だと思います。上官の命令は絶対だったので、はい

──吸収がしやすい環境だったんですね。活動を始めて、お笑いのイメージが変わった部分はありますか?

「もともとは、お笑いの世界って本当に華やかで、遊んで生活できるイメージだったんです。だけど、賞レースに向けて毎日ライブに出て、1本のネタを1年かけて仕上げていったり、1回戦で敗退したら解散しちゃったりすることもあって、“本当にストイックでまじめな方が多い世界なんだな、みんな命がけでやってるんだな”とびっくりしました」

──そんな中で、やす子さんが大変だなと感じたことは何ですか?

「ソニーは、お客さん投票によるランクづけがあるんです。各ランクの芸人の中で投票数上位5組くらいまでに入れば上のランクに行くことができて、入らなかったらステイ(現状維持)か、降格になります。なのでまず、1軍に上がるのがすごく大変なんです。小さな世界ですけど、事務所ライブで上位に行くことの難しさを痛感しました。面白い人がたくさんいるこの世界で、やっていけるかなっていう不安もありました

──いちばん下から、いちばん上まで上がるのは、どれぐらい大変なものなのでしょうか?

「そうですねえ……あくまでも例ですけど、とある先輩は、上に行くまでに6年くらいかかったと言っていました。そういう人がザラにいますね。ソニーの芸人は『NEET』と『HEET』で分かれているんですけど、全体で200組くらいいるんです。ランクの最上位は10組しか入れないので、もう本当に難しいです。しかもそれって、世間一般の人たちは全然知らなくて、熱心なお客さん30人くらいの投票で決まるんです」

──そのお客さんたちの好みもありますから、その人たちに、ハマるかどうかも試されますね。

“なんて厳しいんだ、この世界は”と思っていましたし、入ってひと月もたたない時点で“もうダメだ。辞めよう”と、覚悟を決めつつありました。だけど、そんなときにハリウッドザコシショウさんの単独(ライブ)のお手伝いをすることになって。

 合間にネタを見せてもらったら、衝撃を受けたんです。200人くらいのお客さんを入れての単独だったんですけど、ピンで大爆笑させ続けたんですよ。2時間以上も! それがすごくカッコよくて、芸人を続けることにしました。この日、ザコシショウさんの単独を見ていなかったら、続けていないと思います

──ちなみに、生活環境はいかがでしたか? アルバイトはしていましたか?

「してました! でも、だいたい1〜2か月でクビになっちゃうんです。食洗機をゴミ箱と勘違いして、生ゴミ入れて壊しちゃったからクビ、とか、遅刻のしすぎとか。そうしてまともに働けない時期が続いて、一時期は借金が70万くらいありました。

 なので1日1万くらい稼げる日雇いバイトに登録して、食いつないでいました。家は、東京・中野にある家賃2万5000円の5畳ひと間。窓がプラスチックでできていて、玄関はカギがないうえに、ドアの上下が5センチぐらい空いていて、虫が入り放題でした。

 自衛隊のときは寮だったし、訓練のときは野宿だったので、“屋根があったらいいや”くらいの感じで暮らしていましたが、“この家から早く抜け出すぞ!”という気持ちになれました」

アルバイト生活は長くは続かなかった 撮影/高梨俊浩
撮影中も天真爛漫に、周りを笑わせてくれた 撮影/高梨俊浩

キャパオーバーになったとき、先輩に救われました

──そうして、芸能界入りした翌年には早くもテレビ出演を果たし、大みそかの『ぐるナイおもしろ荘』で大きな反響を呼びました。

「この番組のオーディションがあったのは、芸人を始めてちょうど1年くらいたったときだったんですけど、“自分は絶対に売れない”“オーディションにも受からない”と思っていました。月1回くらいびーちぶ(※3)で周りの芸人たちと会って、お話しするくらいの平凡な日々が送れればいいかなと。なので、合格してテレビに出ることになったときは正直“大変だ!”となりました

※3:ソニー・ミュージックアーティスツお笑い部門の劇場の名前。正式名称はBeach Vだが、びーちぶと読む。

──しかも、出演後すぐにいろんな番組に呼ばれるようになりました。

「自分の中で考えていなかった状況だったから、テレビに出る準備を何もしていなくて。'21年の3月くらいにはキャパオーバーになっちゃいました。そこで、どうしたらいいか(ピン芸人の)野田ちゃんさんに相談したら、野田ちゃんさんがバイきんぐの小峠(英二)さんに話してくださったらしくて、小峠さんのほうからLINEを追加してご連絡をくださって。“何かあったら何でも相談しろよ”というひと言をいただきました。それを見て、“うわぁー!”と思って。“こういう先輩がついているんだから一生懸命頑張ろう”と思えました

──周りの先輩方がとても頼もしいですね。

「あとは、『ぴったり にちようチャップリン』(テレビ東京系列)でネタを飛ばして、思わず泣いちゃったことがあるんです。そのときには、ハリウッドザコシショウさんが“泣いて笑いに変わるんやからええやん!”と言ってくださったんです。その言葉も大きかったです。笑いに変わったらいいんだなって思えました

──そういう決定的な言葉をもらえると、芸人としての価値観も変わりそうですね。

「まさにそうです。芸人は、おちゃらけるだけじゃなくていいんですよね。泣いても芸人だし、怒っても芸人。喜怒哀楽何でも出していい。そのままの自分自身でいていいんだと気づきました

──テレビに出るようになって、お笑いに対するスタンスに変化はありましたか?

最初のころは、収録に臨むとき“ひとりでホームランを打てるようにしなきゃいけない”と強く思いすぎていたところがあって、とりあえずガンガン前に出てみようと思っていたんです。だけど、経験を重ねたりアドバイスをもらったりしているうちに、そうじゃないと気づきました。

 イメージは“みんなで協力してゴールを狙う”サッカー。誰がパスを回しているのかなと状況を見て、自分の動きを考えるようになりましたね。あと、勇気が出なくてほぼしゃべれないまま終わることもあったんですけど、今はMCの人を信頼しきっているので、(思いきって)何でもできるようになりました。芸人のみなさんは優しいので、何でも拾ってくださるんですよ。本当に安心感があります」

──しかも、最近のやす子さんは毒っ気も出すようになりましたよね。もとのイメージとのギャップで思わず笑ってしまいますが、それは先ほど言っていた「喜怒哀楽何でも出していい」という考えにつながるところなのでしょうか。

「そうですね。思ったことは全部口に出そうという気持ちです。前に出た『ドッキリGP』(フジテレビ系)は……本当に本当にイラッとすることをしてくださるんですよ(笑)。なら、“こっちも思いっきり突っ込むぞ!”と、怒りをあらわにしていました。実は、それより少し前に出させていただいたときには、“うわー! 怖い!”みたいな、怖がるリアクションしかできなかったんです」

──本当は怒りたい気持ちもあったけれど。

「そうです。そうしたら、“やす子があんなに怖がってるのにひどい!”という意見がたくさん番組に寄せられてしまったんですよ。だけど、次に出たときに怒ってみたら“面白い!”に変わりました。それもあって、もともとはあまり怒らない人間だったんですけど、怒れるようになってきたなと思いますね。ちょっと脱線しますけど……お見送り芸人しんいちさんって、裏でも本当に悪い人なんですよ

──(笑)。先日の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)では、しんいちさんの裏の顔を暴露していましたもんね。怒りを込めて(笑)。

「人を傷つけるお笑いをする人って、裏では優しいものなんです。でもしんいちさんは本当にクズなんですよ。本当に人の悪口を言うから……何というか、嫌いだなって。それをちゃんと表明しないといけないと思って怒りも込めて言ってみたら、面白い展開になっていきました。ありがたかったです」

──容赦ないところや、周りのリアクション含めて本当に盛り上がっていましたよね。そうして、自分を出すことに恐れがなくなったんですね。

「そうですそうです! だからこそ、ちゃんと理にかなっていることにしか感情をさらけ出さないですけどね。そこは気をつけています

持ちネタの、縦ウーパールーパー 撮影/高梨俊浩

キャラ芸人ではなく“お笑い最強”になりたいんです

──これまでの芸人人生の中で、いちばん幸せだと感じた出来事も伺いたいです。

「えー! 何でしょう難しい! 毎日かもしれないです。昨日も、地方でロケが終わって新幹線に帰っているときに思いました。なんて幸せなんだろうって

──その日起こった出来事すべてが、幸せにつながるんですね。

「そうです。お笑いで食べられていること、それが続いていることが幸せです。だから、毎日怖いんですよ。これがいつまで続くのかなって

──一方で不安もあるんですね。

「あります。この仕事って、時代に順応していかないと続かないところがあるので。例えば来月には仕事がなくなっていることだってあります。そんな不安がずっとありますね。怖いです。めっちゃ怖いです

──では、業界で長生きするために、戦略的に考えていることはありますか?

「うーん、これはもう、一つひとつの仕事を一生懸命するしかないと思います。考えてみたら長生きでいられるとも限らないので」

──ともあれ、ドッキリ、ロケ、大喜利など、芸人さんができるいろんなジャンルの仕事にチャレンジしていますよね。

「そうですね。自分はキャラ芸人だと思われがちなんですけど、大喜利も面白いと思われたいし、賞レースでもいずれファイナリストになりたいんです。そうして、憧れている松本人志さんや千原ジュニアさんのような、お笑い最強の人になりたいと思っています。まだほど遠いですけどね。だからこそ、この先も“タレント”ではなくて“芸人”でい続けたいなと思っています」

ほふく前進でどんどん近づいて来る迫力ある姿に笑いが止まらない編集班でした 撮影/高梨俊浩
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 忙しい日々の中で、自分自身をさらけ出す大切さを知り、芸人としての魅力が増したやす子さん。後編では仲間との向き合い方を聞き、やす子さんの人間的魅力を掘り下げていきます。

(取材・文/松本まゆげ、編集/本間美帆)


【PROFILE】

やす子 ◎'98年生まれ、山口県出身。'17〜'19年まで陸上自衛隊に勤務し、その後現所属事務所から芸人としてデビュー。「元自衛官」の肩書を生かしたフリップ芸が人気。特技には、自衛隊勧誘や自衛隊体操、5段階ほふく前進、射撃などを挙げている。『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)、『千原ジュニアの座王』(関西テレビ系)など、出演番組は多数。Twitter→@yasuko_sma