“低スペック”を自認する女性に向けた学術的実用書『馬鹿ブス貧乏』シリーズ三部作の著者、藤森かよこさんへのインタビュー後編。
「本を買うために本を書く」という藤森さんは、現在のリアルを知るために、電子書籍やサブスクリプションのドラマや映画、YouTubeの有料サロン入会などなど、さまざまな文化的ツールを駆使して情報を収集しているという学者気質。ご本人は「どこまでもミーハーなので」と笑います。
「頭が混乱したとき、声に出してその美しい文章を音読すると落ち着く」という三島由紀夫から、人気漫画『明日、私は誰かのカノジョ』、最新の「AV鑑賞」まで(!)、幅広い探求心で日々アップデート中の藤森さんに、現在奮闘する「馬鹿ブス貧乏女性」の今後の生き方について、ご指南いただきました。
【前編→辛辣なタイトルが話題、低スペック女性のための実用書『馬鹿ブス貧乏』の著者・藤森かよこさんとは何者?】
SNSとの付き合い方
「SNSの発信で自分の闇がバレる」とは?
──日々、SNS等でめまぐるしく投稿される他者への誹謗中傷や陰謀論など、ネガティブな情報に消耗している人も多いと言います。人間の闇、世の中の闇との接し方のコツを教えてください。
「例えば、“あいつはカネに汚い”と言う人がいるけど、お前がカネに汚いから気づくんだよって(笑)。そんなの気にしてない人は気がつかないんです。陰謀論だってね、普段から他者を意図的に動かそうとしてる人とか、陰謀を巡らせている人じゃなきゃ気がつかないんですよ」
──人の闇、世の闇だと思ったものは自分の闇である、と。
「まず、自分の闇を見つめたほうがいい。そうすると人の闇もわかるから」
──自分の闇なのか、他人の闇なのか、ごっちゃになりやすいものなのですね。
「“闇”については、うっかり書くと自分の闇もさらけ出すから、あんまりアホなことは書かないほうがいいと思う。そこは慎重になったほうがいい。でもまぁ、人間だから、そういう裏表の面もあると思ってないと人様とは付き合えないですからねえ」
──自分で自分を把握するのは難しいものなのですね。
「SNSでやたらと明るい人も危ないよね。“僕は気にしないから”って書いていても、本当に気にしない人はそんなこと書かないから。気にしてるから書くんじゃん(笑)。
本心をそのまま正直に書くというのは存外、難しいことですよ。私も正直になるのに長い年月かかっています。
私、昔、松田聖子が嫌いだったんですね。あるとき、なんで松田聖子が嫌いなんだろうと思ったわけです。別に殴られたわけじゃないのに(笑)。どうして松田聖子を嫌いである必要があるんだろうと考えたら、まぁ、“ぶりっこをやっているほうが得でいい”って思っている感覚が自分の中にあるんだなって気づきました。そうわかったら、パフォーマンスとして楽しめるようになった。あそこまでできる松田聖子、偉い! となったんです。自分の気持ちや本心をわかり、正直に文章を書くには、時間がかかるものなのではないでしょうか。基本的には、どんな鈍い人でも、他人のウソは直感的にわかるんだよね」
──先生が本当に正直になれたな、正直な文章が書けるようになったなと感じたのはいつごろでしたか?
「私、66歳のときに初めて本を出させてもらったんですけど、正直に書けるようになるには66歳まで時間がかかったってことです」
──物書きはみんな正直な文章を書いていると感じますか?
「こんなこと言ったらぶっ飛ばされるけどさ、女性のエッセイストの文章をいろいろ読むけど、結構きれいごと言ってるなって(笑)。でも、このきれいごとに需要があるんでしょう。きれいなことが好きで読む読者もいるんだろうなって。
自分に正直でいるのは難しいけれども、常に意識していないと、どんどん自分で自分を騙しちゃうんですよね。“正直”は難しいことだよね」
愛と性の楽しみ方
日本はもっと美の多様性があったほうがいい
──先生、自分の容姿に悩んでいる人はどうしたらいいでしょうか?
「私は女子大に勤務していたからたくさんの女性を見てきたけど、整形したほうがいいって思ったのは1人しかいなかった。たいていの場合、メイクでどうにかなると思いますよ。だから私の本の中でも『メイクの本を読め!』と書いてるでしょう」
──この世は「馬鹿ブス貧乏だらけ」と言いつつも、本当に整形が必要と感じる女性は1人しかいなかったというのは意外でした。先生の考える「美意識」について、何かエピソードを教えてください。
「美意識に関してはね、小林よしのり氏の漫画『最終フェイス』(徳間書店)は面白かったです。とびきりのドブスを見ているうちに、普通じゃ満足いかなくなる話。あれはいい漫画ですよ。美の多様性がない日本で生きるのには、覚悟が要りますからねぇ。もっと美の多様性があったほうが本当は幸せよね。日本には海外みたいに怖い顔の女優なんかいないもんね。映画の『アダムス・ファミリー』に出ている女優みたいなさ」
──馬鹿ブス貧乏が愛と性を謳歌(おうか)することはできますかね?
「私なんか、ほとんど謳歌できていない最低人生だけど(笑)。謳歌できるかはわからないけど、容姿が悪かったり、不潔感があってもモテる人も知ってますよ」
──教えてください!
「すっごい男にモテるの。全然美人とはいえないけれど、結婚・出産後も、相も変わらずモテていて、全然掃除してない部屋に相手を招いているみたいですけど(笑)。いろんな女性がいるから」
──美人じゃなくてもそんなに需要はあるのか…(羨ましい)。需要がない馬鹿ブス貧乏はどうしたらいいでしょうかね(涙)。
「需要がないの? 本当に需要がないのかなぁ? 相手のレベルを下げてみるとかさ。女性用風俗を使ってみるとか。打てる手はあるんじゃないですか?」
──どんな身体的特徴でも需要はあると先生はブログで書いておられます。
「そうそう。多様性。あると思いますよ」
仕事での生き残り方
つらい職場からは逃げていい。大学教員時代の「逃走」
──今、人間関係で仕事がつらいという方が多いようです。転職についてアドバイスをお願いしたいです。
「私も結果的に大学を4回も変わってるんだよね。1か所で勤めあげたほうが退職金も上がるし、得だってわかっていたんだけれども」
──職場を変えた理由は具体的に何でしたか?
「ここにいたら自分が壊れると思って逃げました。人間関係の中でマウンティングを取り合うのがイヤだった。私、気が弱いから。人と競り合って勝てるような人間じゃないんですよ。人と闘い続けなきゃいけないとなると、“あぁもう、めんどくさい”って思っちゃう。それでどんどんどんどん職場を変わっていっちゃう。逃げるしかないじゃん」
──でも、それは覚悟が要る選択でもありますね。
「うまい具合に次の受け入れ先があって、採用してくれたからよかったのは事実です。他人は“条件のいいところへ変わってるのはすごいですねえ”って言うけど、馬鹿言ってんじゃねえと(笑)。大学を移った実際の事情はそんなんじゃないんですよ。逃げたんですよ。
人間関係の面では、働きやすい職場(大学)もあったんです。でも、そこは仕事量がものすごく多かった。一生懸命やってはいたけど、55歳を過ぎたあたりからしんどくなってきた。それまではガンガンやってたんだけどね。私、優秀じゃないけど、ほかの先生が嫌がる出張とか、各高校への営業まわりなんかも嫌がらず、積極的にやりましたから。学校を辞めるときも、あんまりひどいことをして辞めてないですよ。ここにいたら自分が壊れると思ったから逃げたんです」
──やることはきっちりやる。そのうえで駄目だと思ったら逃げる、と。
「ある大学では、私が辞めたら、英語の入試問題で10か所以上の間違いがあったみたいですからね。私がどれだけチェックしていたか、やっとわかったか! って感じです(笑)。
そんな経験もあって、世の中には仕事で手を抜く、世間なんてちょろいと思っているやつが多いんだなって思いました。人生なめてかかってる人が一定数いるんですよ。だから考えようによっちゃあ、世間ってそんなものだから怖がることないんだなって思います」
馬鹿ブス貧乏の仕事はAIと競い合いになるのか?
──先生は、馬鹿ブス貧乏の仕事はAIに奪われると思いますか?
「こんな程度でカネになるんだという、とても単純な仕事は、そらぁAIに取られちゃうでしょうね」
──残る職業、生き残りやすい人について教えてください。
「いろんなシチュエーションを考えて動いている人はどんどん成長していく。そういうタイプの人っていうのは、私は絶対に需要があると思っています。
AIがいちばんできないのは、やっぱり感情労働です。人のケア仕事。ケア仕事は奥が深いですよ。そのタイプの仕事が消えることはないと思いますから。そのためにも、女性も男性も関係なく、日々、自分を向上させることを楽しんでいかないといけないでしょうね」
──向上心がある人間はAIと主戦場が違う、と。
「人間がやるしかないことは多いですよ。よほど高い意識を持っていないと、人間相手のことはできない。だから生き残るためにも高い意識は必要ですね」
──「高い意識」について、具体的に教えてください。
「相手を大事にできる人たち。その意識が社会的スキルとして認められる時代が来ると思います。人間はみな自分のエゴイズムには鈍感ですが、人のエゴイズムには敏感。あぁ、この人は私を計算づくで使っているなとか、ただ口先だけだなとか、どんなに鈍い人でもわかるから」
──先生も「馬鹿ブス貧乏」の中にも鋭い読者がいるとおっしゃっています。そのためか、今回の新刊は、ゲラ確認の段階ですべて書き直したと話しておられました。
「ボツにした原稿とどっちがいいかわからないくらいですけれども、これではカネを取って出せるものではないと思ったので。やっぱり、自分に恥じないようにやるしかないですね。それがいかに古臭く見えても、それしか手がないでしょう」
──実直に働きながらも、現在、報われない思いをしている方も多くいると思いますがどうでしょうか。
「仕事って、評価されなくてもね、どこかで誰かが見てくれているかもしれないので、手を抜かないできちんとやることですよね。カネにならなくとも。あぁ、手を抜いちゃったなと自分で思わなくてすむように、自分が納得いくまで。それから、仕事っていうのは、継続性がないといけないですね」
―─先生の先ほどの「逃げていい」発言とは別の意味の継続性でしょうか?
「まず、自分が続けられる仕事を考える。続けられそうな職種を見つけたら継続するということです。
適性、自分の向き不向きを考える。継続できる仕事を考える。人間なんて、まったく別種の仕事なんか簡単にはできないので。自分に適した仕事を手を抜かないで、地味だろうが、やっていく。それしかないでしょう。ごくごく普通のことです。新刊に書いたとおり、『似非(えせ)帳簿文化』的な現代で、なんでも短絡的に考えがちだけど、やはり長期戦でものを考えようと言いたいですね」
もっと長期的に自分の人生を構築していったほうがいい
―─「似非帳簿文化」とは、具体的に言うと?
「本来の『帳簿文化』というのは、短期の損得ではなく、初期には設備投資、研究開発費、いい人材の確保などの投資が必要でした。それが正しい資本主義のあり方で、資本主義は帳簿文化で繁栄してきたはずです。
ところが今は、すぐに利益、すぐに損得でしょう? それが新刊でも書いた『似非帳簿文化』というものです。その場ですぐに快楽を求める。その場ですぐに自分の得になることを取るという。これはものすごく短絡的だなと思いますね。それだけ自分の感覚、自分の人生を信用していないのかな? と思います。
長期投資みたいな感じで人間関係を考えてもいいわけ。人間関係がものをいうのは月日なんですね。いいものっていうのは時間の蓄積がいるんですよ。友人でもなんでも、時間の中で淘汰されていくので。女性同士の友達でも10年、20年続かないと、本当のよさはわからないです。男なんて、本当は20年くらい付き合ってみないとわからない(笑)。例えば、今はこんなだけれども、10年後にはうまい具合にいくんじゃないかとか考えながら付き合ってみるのも大事でしょう。
長期的視野に基づいた計算が、今は弱くなったのかなと感じます。もっと長期的に自分の人生を構築していきましょうよ」
(取材・文/七尾びび)
《PROFILE》
藤森かよこ(ふじもり・かよこ)
大学教員を経て著述業にいたる。1953年、愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程満期退学。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義者)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』『利己主義という気概』(ともにビジネス社)を翻訳刊行した。著書に『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。』(ともにKKベストセラーズ)や『優しいあなたが不幸になりやすいのは世界が悪いのではなく自業自得なのだよ』(大和出版)がある。