盲導犬は1日中仕事をしているのか。厳しい訓練を受けて盲導犬になったのか。
盲導犬を見たことがあっても、盲導犬がどんな毎日を過ごしているか、どんな一生を送っているか、まだまだ知らないことがたくさんあります。今回は、盲導犬の人生ならぬ「犬生」に着目。#1に続き、日本盲導犬協会の池田義教さんに盲導犬に関するあれこれをたっぷり伺いました。
#1の記事→【私たちが知らない盲導犬のこと#1】気になるからと盲導犬をじっと見つめるのはNG! 正しい見守り方とは?
盲導犬に多いのはラブラドール・レトリバー
日本国内では、現在848頭の盲導犬が活動しています(2022年3月31日現在)。盲導犬の犬種のうち、多くを占めるのがラブラドール・レトリバーです。
「ラブラドール・レトリバーは人間が大好きな犬種です。人と一緒にいることに安らぎを感じる性格で、目が優しく、作業が大好き。そんな点が盲導犬として受け入れられやすいところかもしれません。また、ゴールデン・レトリバーも多く活動しています」(池田さん、以下同)
日本最初の盲導犬はドイツから来たシェパード犬でした。海外ではさまざまな犬種が盲導犬として活躍しています。日本盲導犬協会は、良質な盲導犬を安定的に育成、訓練士の技術向上を目指し、海外と連携してスムース・コリーなどほかの犬種を導入し、訓練に励んでいます。
では、盲導犬はどのような「犬生」を歩むのでしょうか。流れを見ると、家庭犬とは大きく異なることがわかります。
●誕生:富士ハーネスで親犬(繁殖犬)から誕生
●2か月〜1才ごろ:パピーウォーカーの家庭で過ごす
●1才ごろ〜:訓練センターで盲導犬になるための訓練を行う
●2才ごろ〜:盲導犬として盲導犬ユーザーと過ごす
●10才ごろ:引退
●引退後:引退犬飼育ボランティアの元で家庭犬として過ごす
盲導犬の「犬生」を具体的にみていきます。
協会施設で誕生後、2か月でパピーウォーカーの家庭へ
盲導犬の候補となる犬は、盲導犬の素質を持つ「繁殖犬」から誕生します。
この繁殖犬は、普段は繁殖犬飼育ボランティアの家庭で暮らし、交配をしたのち母犬は出産を前に静岡県富士宮市にある施設「富士ハーネス」に移動します。母犬は産後2か月前まで富士ハーネスで子育てを行います。
「富士ハーネスは2006年にオープンした日本盲導犬協会の施設です。盲導犬の出産から引退後までの一生に責任を持つ場所として、出産や子育て、訓練、引退犬の医療ケアなど多くの機能を備えています。年間で100〜120頭の候補犬が富士ハーネスで誕生しています」
盲導犬の繁殖で大きな判断材料となるのが血統です。
「遺伝的な疾患を持っていないか、目に異常がないか、関節に異常がないかなど、盲導犬に適しているかどうかを大切にしています。盲導犬に向いている素質を持つ犬を選んで繁殖を行っています」
誕生した子犬は富士ハーネスで母犬やきょうだいたちと過ごし、2か月になると「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティアの家庭へ。1才になるまでの約10か月間、家庭で人間の愛情に包まれながら過ごします。人間と生活する喜びを経験し、人間に対する親しみや信頼感を築くとても大切な期間です。
1才を迎えて訓練の日々がスタート
1才ごろになると、パピーウォーカーの家庭とお別れをします。訓練センターに戻り、盲導犬になるための訓練が始まります。さまざまな訓練を経て、盲導犬に向いているかを判断します。
「訓練は人と犬とのコミュニケーションから始めます。まずは遊びの中で楽しみながら、犬に『Good』という言葉の意味を教えます。人が求めることができたら “Good!(グ〜ッド)”と声をかけ、犬は『Good』と褒められることが楽しいことだと学習していきます。さらに、『Sit(座れ)』『Come(来い)』などの指示語を出し、そのとおりに動いたら『Good』と褒め教えます。厳しい訓練というよりも、毎日コツコツと楽しい作業を通して、盲導犬として大切なことを覚えていくのです」
日本盲導犬協会で教える「指示語」は20語ほど。犬も人も理解しやすいよう、英語を使っています。
「日本語では、『座る』ことを伝える言葉でも、『座れ』や『おすわり』など、人によって言い回しが違ったり方言があったりしますよね。犬は言葉を理解するのではなく、発音で理解しますので、誰もが同じ発音の英語の言葉を使っています」
盲導犬の訓練と聞くと厳しく過酷な訓練をイメージする人も多いのかもしれません。でもこうしてお話を聞くと、たくさん褒められてご機嫌な犬たちの姿が目に浮かんできます。
「指示どおりに行動できたら褒める、できなかったら違うと教えていきます。この繰り返しで、犬は行動を選択していくようになります。例えば、『角で止まる』という作業を教えるなかで、犬は止まらなければ褒めてもらえないわけです。でもちゃんと止まれば、笑顔で『good』と褒めてもらえます。笑顔でなでてもらいながら褒められるのは、犬にとってうれしくて楽しく、いいことだと思うわけです。『角で止まったらいいことが起きる』と、行動と関連づけることで、止まることを『選択』できるようになります」
人間と暮らす家庭犬はもちろん、訓練を受ける犬たちも、楽しいことやうれしいことが大好き。褒められる行動を、ゲームのように選択しながら覚えていきます。
「犬は苦痛なことや嫌なことはやりません。角や段差があったらユーザーに教えられるよう、角や段差の前で止まることをうれしいことやいいこととして選択できるように訓練していくのです」
実際に街に出て、路上を安全に歩く訓練も始まります。取材で伺った日も、訓練に向かう犬を乗せた車が訓練センターを出発していきました。
「新横浜駅などの近隣の駅周辺などで、段差や角を教える訓練や障害物を回避する訓練を行います。段差といっても、3センチのものもあれば5センチの段差もあります。場所を変えてさまざまなパターンを教えていきます。訓練中は、どんなユーザーのもとに行くかはわかりません。訓練のなかであらゆるパターンを試しながら盲導犬に仕上げていきます」
盲導犬の試験(評価)は3回あり、合格するのは訓練を受けた犬の約3〜4割。すべての犬が盲導犬になれるわけではありません。
「残りの6〜7割は、盲導犬ではない道へ進みます。ほとんどはキャリアチェンジ犬として飼育ボランティアの家庭に譲渡され、家族の一員として迎えてもらいます」
盲導犬に向いていると判断された犬は、パートナーとの共同訓練に進みます。
いよいよ盲導犬として独り立ちへ
共同訓練は、ユーザーとなる目の見えない人や見えにくい人と盲導犬が、一緒に生活を始める前に行う研修のこと。ユーザーは訓練センターに泊まり込み、盲導犬との歩行や生活を学びます。
「初めて盲導犬を持つ方は、訓練センターに2〜3週間宿泊し、合宿という形で盲導犬と生活をともにしていただきます。2頭目、3頭目の代替えの方でも、1週間ほど泊まり込みの訓練があります。その後、盲導犬は訓練センターからユーザーの自宅へ移ります。訓練士が出向いて、自宅周辺や歩くルートを一緒に確認していきます」
すべての研修が終わると、いよいよ盲導犬とユーザーだけの生活がスタートします。まさに盲導犬の独り立ちですが、盲導犬協会は「育てて終わり」ではありません。訓練士は定期的にユーザーと連絡を取り、1年に1度は全ユーザーのもとを訪れて安全な歩行をサポートしています。
「犬は“上書き”で学習する動物です。普段の生活の中で少し違ったことを覚えてしまうと、前の学習を忘れてしまいます。そんなときは訓練士が再度教えることで、新しい学習を上書きし、修正することができます」
10才を機に引退。家庭犬として余生を過ごす
ユーザーの元で過ごした盲導犬にも、引退のときがやってきます。
「盲導犬の引退は、約10才。人間でいうとちょうど定年ぐらいの年齢です。まだまだ元気な時期ですが、引退後の新たな生活に向けて、まだ余力のある年齢で引退し、次の犬を迎えられるようにしています。引退後は、ボランティアの家庭で、愛情に包まれながらのんびり暮らします。重篤な疾患がある場合は、設備が整う富士ハーネスで職員のケアのもと余生を過ごします」
こうして見ると、盲導犬の“犬生”には、誕生から最期のときまで、どの場面を切り取ってもさまざまな人が関わっていることがわかります。盲導犬は、ユーザーやボランティアの家族、訓練士、訓練センターのスタッフなど、たくさんの人の愛情に触れながら生きているのです。
まだまだ誤解の多い盲導犬の現実
盲導犬の一生を知ると、目の見えない人や見えにくい人のためだけに生きるのではなく、たくさんの人から愛情を注がれる姿や楽しく遊ぶ姿など、さまざまな側面が目に浮かんできました。
「盲導犬は“ずっと働かされて大変だね”などと誤解をされやすいのですが、24時間盲導犬として過ごしているわけではありません。盲導犬が仕事をするのは外を歩くとき。家の中ではハーネスや首輪を外し、家庭犬と同じように暮らしています。家の中のことをいちばんわかっているのは人間なので、盲導犬が家の中でユーザーを案内することはありません」
日本盲導犬協会が毎年行っているユーザーへの聞き取り調査結果によると、盲導犬として歩行する時間は1日平均2時間ほど。これ以外の時間は、ユーザーの仕事先で過ごしたりお気に入りのマットで寝たり、ユーザーの家族とボール遊びをしたり、家庭犬と同じように過ごしています。
「厳しい訓練をしているのではないか」という声もあるそうですが、1回の訓練時間は30分〜1時間ほど。午前と午後の訓練を合わせても、訓練時間は長くて2時間だといいます。パピーウォーカーの家庭から訓練センターに戻ったばかりのころはほんの数分で、犬の集中力を見ながら、徐々に時間を延ばしていくのだそうです。
「共生」するユーザーと盲導犬の絆の深さ
盲導犬の犬生のなかで、最も長く一緒に過ごすのは盲導犬ユーザーです。盲導犬と人との絆はとても深いといいます。
「ユーザーができない部分を盲導犬が補い、その代わりにユーザーは盲導犬の幸せと健康を守ります。決して犬だけが人間に与えているのではなく、人間も犬に幸せを与えているんです。まさに共生ですね。あるユーザーの方からは、盲導犬と一緒に歩くことで、ちょっと失敗しても笑って過ごすことができるようになったと聞きました。また、ひとりで歩いているときはなかなか声をかけてもらえなかったのが、盲導犬といると声をかけてもらえるようになったという方もいらっしゃいます。盲導犬をきっかけに、周囲に人がいる環境ができ、安心感も得られるのかもしれません」
盲導犬がいれば、今まで行けなかった場所にでかけられるようになり、行動範囲も広がります。池田さんはユーザーの笑顔を見るたびに、「この仕事をやっていてよかった」と感じるといいます。
「これからも視覚障害者に正しい情報を届けていきたいと思っています。日本盲導犬協会は、盲導犬の訓練を行う訓練部以外にも、視覚障害者の生活などをサポートする部署などがあり、目の見えない方や見えにくい方をさまざまな形で支えています。盲導犬に対する理解は少しずつ進む一方で、盲導犬の入店拒否はまだ起こっています。盲導犬に対する世の中の誤ったイメージが変わるよう、今後も頑張っていきたいです」
(取材・文/鈴木ゆう子)
ホームページ:https://www.moudouken.net/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCgMFOlFDeKasiqlEttT4f9g