まずはこのショート動画を見ていただきたい
キッチンの置物、女の子の表情、カレーをかき混ぜるしぐさや液体のなめらかさ。そのすべてが高クオリティで、一見アニメ制作会社の予告動画にも見えるこの動画は、実はたった1人のアニメ作家の手によって作られている。
今回取材したのは、『カレーを一晩寝かせる少女』や『呪いの人形』シリーズなど、制作したショートアニメがSNSで話題を呼んでいる新進気鋭のアニメ作家・安田現象さん。安田さんがSNSに投稿した作品は、20秒程度とごく短いにもかかわらず、そこにはしっかりとした物語があり、見る者をアニメの世界へと引き込む力がある。
そんな安田さんは現在、満を持して長編アニメーションの制作に取り組んでいる。その作品名は『メイク ア ガール』。2024年夏に公開予定の90分アニメだ。本作品は安田さんが2020年2月8日に公開し、第29回CGアニメコンテストで入賞した自主制作アニメ『メイクラブ』がもとになっている。ショートアニメをつくり続けてきた安田さんとしては、初の長編アニメーション監督作品となる。
アニメ作家・安田現象さんは、これまでどんな人生を歩んできたのか? アニメ制作のきっかけや、自身が考える海外作品の台頭と日本の強み、制作中の長編アニメーションへの思いなど多岐にわたるお話を伺った。本記事は、その第1弾。まずは安田さんのこれまでの人生に迫っていく。
引きこもりから、創作のおもしろさに目覚めた学生時代
──まず基本的なことからお伺いしたいのですが、「安田現象」というお名前は本名ですか?
「いえ、これはアーティスト名です。前にライトノベルの賞に応募したことがあって、そのときにペンネームをいろいろと作ったんです。そのとき生まれた名前が、『安田現象』でした。“安田”は本名ですが、“現象”は自分で考えて組み合わせたものです」
──なぜ、「現象」という言葉を選んだのでしょう。
「最初は名前に何かしらの意味を持たせようと考えていたのですが、誰もがさまざまなハンドルネームを持てるこの時代、自分のボキャブラリーだと、すでに世にある名前にしかたどり着けなかったんです。“安田銀行”とか“安田幼稚園”とか、全部実在しちゃうんですよ(笑)。
でも、自分は誰かと同じ名前にはしたくなかった。そこで、意味のある名前はやめて、“苗字+普通は名前に使わない名詞”の組み合わせでインパクトのあるものを探した結果、『安田現象』にたどり着きました。“現象”であれば小学生でも読めますし、他とかぶらず印象に残るなと思って」
──なるほど。ちなみに、SNSのアイコンがお化けみたいなキャラクターなのはなぜですか?
「これはエジプトの古代神のひとりである“メジェド”です。自分は基本的に絵を描くのが好きではなかったので、アイコンを自分で描くのが嫌だったんですよ。だから、フリーの素材サイトから人外のキャラクターを選んだ結果、最もかわいいと感じた“メジェド”になりました。でも、Twitterのフォロワー数が10万人ほどに増えたときに、さすがにフリー素材を使うのはよくないと思って、今のアイコン画像は自分で描いたものです」
──絵を描くのが好きだったわけではないんですね。そもそも、どうして創作活動の道に?
「大きなきっかけは、受験直前の時期に高校の美術で油絵に触れたことです。かなり本格的な授業で、筆ではなくペンディングナイフで自由に色を塗り重ねて作品をつくっていました。そのとき、苦労して自分で何かをつくることは面白いなと感じて。それで、美大に進もうと決めたことが、ものづくりの原点のひとつです」
──創作のおもしろさに目覚めたのは、受験直前のことだったんですか!
「少し遅いんです。ただこうなったのには、いろいろ経緯があって。
実は自分、教育熱心な親の方針で私立中学に入ったものの、受験で勉強が嫌いになってしまったうえに、アニメやゲームにハマって引きこもっていたんです。将来もいっぱいお金を稼ごうとかも思ってなく、普通に暮らしてゲームで遊べていれば満足だと考えていて、“自分の人生はすでに完成している”と、学校に通う意欲をなくしてしまって。
でも、そんな状態で数年が経過したとき、引きこもりのままではそもそも普通の生活すら送れない事実に気がついたんです。そこから慌てて単身赴任していた父のもとに身を寄せ、学校も転校。ゲームのために、社会復帰したんです」
──なるほど……。そして、転校先の学校で油絵に出合うと。
「そうです。それまでは親の決めた道を進んできた感覚がありましたが、油絵におもしろさを感じて美大に進もうと考えたあのタイミングは、進路について能動的に行動できた分岐点だったのかもしれないと思います」
アニメ作家・安田現象が誕生するまで
──安田さんのアニメは3DのCG技術が使われていますよね。美大に進んでから、3DCGに触れはじめた経緯についても教えてください。
「3DCGに初めて触れたのは、進学した美大でした。そこで“油絵で食べていくことは難しい”という事実を目の当たりにしたんです。それならば絵の勉強を生かしつつ将来の仕事に役立つ技術を身につけようと思い、当時はまだ新しい業界だった3Dに目をつけました。その後専門学校にも通い、大学卒業後はゲーム会社に3Dクリエイターとして就職しました」
──就職先の候補はほかにもいろいろとあったと思うのですが、その会社を選んだ理由は?
「自分のルーツである“ゲーム”の分野で最大手の会社だったことと、3Dによる戦闘シーンなど、本腰を入れて良質な作品をつくっている会社だったことが入社を決めた理由です」
──そして、経験を積んだ後にフリーのクリエイターになった。
「そうです。いい会社だったのですが、自分が入社した当時から関わりたかったゲームのジャンルが縮小傾向で、最大手だったその会社をもってしても、これ以上ゲームに投資はできないという判断になってしまったんです。加えて、3Dクリエイターの仕事も、自分のやりたい方向性とは大きくズレてくることがわかりました。“俺のゲームはもうここにはないんだな”と感じて、どうせ仕事をするなら楽しいことがしたいと、独立することに決めました」
──「俺のゲームはここにはない」。熱い想いを感じます……。
「ゲームを通じて描かれる物語に、いちばん惹かれていたんですよ。表現も自由度が高く数十時間分のコンテンツもあって、過激な性描写やグロいシーンなど、かなり突っ込んだ表現ができます。さまざまな表現をもとに、見知ったキャラクターの世界を連載漫画並みに深掘りすることができるんです。ゲームの世界観と物語を体験することが、とてもおもしろかったんです」
──冒頭で、“前にライトノベルの賞に応募した”と話していましたが、その挑戦を始めたのはゲームが原点だったんですね。
「そうです。ゲームのつくり手に回ったとき、自分自身で物語をつくってみたいと思うようになり、ラノベ作家に挑戦しようと決めました」
──当時、ラノベ一本で食べていこうとは思わなかった?
「正直、当時はそういう考えもありました。でも、いくら賞に応募しても箸(はし)にも棒にも引っかからない期間が数年間続いて。そうするとモチベーションが保てなくなってくるんです。
一方で、本業の3Dクリエイターのほうは、ある程度技術を身につけて中堅レベルになっていました。クリエイターとしての自分の立ち位置を振り返ってみて、自分がつくった物語をアニメ化できるのではないかと思ったことが、ショートアニメの制作につながったんです」
──なるほど。ラノベへの挑戦と挫折がきっかけでアニメ作家・安田現象が誕生し、『メイクラブ』の制作につながるのですね。
「そうなんです。ラノベの賞に応募していたときは、たくさんの人から作品を見てもらうことがありませんでした。SNSを通じて多くの人に自分のつくった作品を見てもらえることが、純粋に嬉しかったです。それからは、自主制作アニメをSNSに投稿して、さまざまな方に直接見てもらう方向に意識も活動もシフトしていきました」
初の長編監督作品『メイク ア ガール』を制作
──SNSに投稿するショートアニメは、完全に1人で制作されているんですよね?
「そうです。設定やシナリオを決めて、2~5日間くらいの期間で制作しています」
──お1人でつくっているにもかかわらず、制作スピードがとても早い!
「なるべく時間を優先してつくるようにしているんですよ。こだわるとキリがないので。自分の中で最低限越えなければならないクオリティラインを引いて、そこを越えたらあとはもうこだわりすぎずに投稿するようにしています」
──現在は長編アニメの制作にチャレンジされていますが、どんなアニメをつくっているのですか?
「もともとラノベで書いていた『メイクラブ』という作品を、映画の予告のような自主制作ショートアニメとしてYouTubeなどに公開していました。今作っているのは、この作品を長編アニメ化した『メイクアガール』です。2024年夏の劇場公開を目指して、制作を進めています」
──『メイクアガール』はどのようなストーリーなのでしょうか。
「科学的に彼女をつくりだしたアホな天才高校生・明と、彼が作り出した人造彼女・0号を中心としたストーリーを描いています。長編アニメ化するにあたっては、ラノベで書きたかったテーマにもしっかりと迫りながら、考察の余地を大きく残したアニメになっていると思います。ぜひさまざまな角度から楽しんでもらえたら嬉しいです」
◇ ◇ ◇
第2弾では、長編アニメ『メイク ア ガール』制作への想いや、若手クリエイターとして海外作品について考えること、などに迫る。
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)