まだよく知られていない「老犬ホーム」の実態に迫る今回の企画。前回(【老犬ホームに潜入取材】愛犬を預けることは「悲しい結末」ではない、“第2のわが家”のような癒やしの居場所)に続き【Part3】では、施設の取材を快諾してくださった老犬・老猫ホーム『東京ペットホーム』代表の渡部帝(わたなべ・あきら)さんにお話を伺いました。
取材時(2022年3月)、東京ペットホームは本館のキャットホームとは別に、わんちゃん専用のドッグホームで一生預かりのわんちゃん15頭と、ペットホテルを利用しているわんちゃん1頭の受け入れをしていました。
渡部さんには老犬ホームの運営を始めたきっかけや、わんちゃんたちとともに生活していてよかったこと、つらかったことなど、ドッグホームの経営者目線で本音を語っていただきました。
見えてきたのは、わんちゃんだけでなく飼い主さんにも寄り添ってくれる愛ある姿勢。
しかし、渡部さんの足元にワラワラと寄って来るわんちゃんたちに温かな眼差しを向けながらのインタビュー……癒やされるなぁ。
離れて暮らしても家族のままでいられる施設を目指して
──老犬ホームは施設によってそれぞれ特性が違うと聞きましたが、東京ペットホームは広いスペースでノーリードのわんちゃんたちが、のびのびと自由に暮らしていて心が和みました。
「どこの老犬ホームももっとガラス張りであってほしいと思っています。第三者にも飼い主さんにもスタッフがどのようにお世話をしているか、筒抜けじゃないといけない。そうすれば老犬ホームのことをもっと広く知ってもらえるんじゃないかなと思うんです」
──東京ペットホームでは、インスタグラム(tokyo_pet_home)のストーリーズにわんちゃんたちのその日の様子を上げてらっしゃるので、飼い主さんも自分の愛犬がどのように過ごしているか知ることができていいですね。
「そういうふうに開けたホームを目指しています。お散歩やお誕生日会の様子など何気ない日常をお見せすることで、毎日自分の愛犬に会えない飼い主さんも様子がわかるので喜んでくださるし、老犬ホームを知らない人たちにはホームの暗いイメージを払拭(ふっしょく)することができると思うんです」
──渡部さんが東京ペットホームを開業したのは、2011年の東日本大震災がきっかけだそうですね。
「被災ペットがたくさんいるというニュースを見て、自分に何かできないかと思ったのが最初です。それまでは工務店を経営していたんですけど、自分も妻も動物が大好きでいつか工務店を畳んで保護犬・保護猫のシェルターをやりたいねって話をしていたんです。そんなときに東日本大震災が起きて、被災ペットのことを考えるようになりました。
みなさん、ペットを飼うときは終生飼養で飼い始めると思うんですけど、天災のように思いもよらないことが起きたら、一緒に暮らしたくても飼育困難になってしまいます。なかには里親に出して、そのまま生き別れになってしまうケースもあります。
保護シェルターはもちろん大事なんですけど、老人ホームのように預かり費用を払って入居させて、いつか一緒に暮らせるまでお世話をする場所があればいいのにって思うようになったんです。飼い主さんの本当の望みは離れて暮らしても家族で居続けられることだと思います。そこで飼い主さんは飼い主さんの立場のまま、私たちが預かって面倒を見させていただくというシステムを作りました」
──工務店からいきなり知らない世界に飛び込むのは怖くありませんでしたか?
「前例がないサービスだったので不安ではありました。でも最初の1年ですぐ相談が来たので、飼い主さんやわんちゃん、猫ちゃんのために妻と二人で精いっぱいご期待に沿えられるように頑張りました。開業してすぐのころはてんやわんやでしたけど(笑)」
“終の住み処”ではなく“第2のわが家”という気持ち
──老犬ホームに預けるのが申し訳ないと罪悪感を持っている飼い主さんもいらっしゃいます。
「この子に申し訳ないという感覚はどんな理由で預けるにしろあって当然だと思うし、基本は誰もが自分の家で最後まで飼養したいですよね。だから老犬ホームがこれ以上増えてほしいとは思っていないんです。それよりも、こういう施設を頼りながら自分の家で命が全うできるようにするためのサポートやサービスができたらいいなと思っています。
飼い主さんからご連絡をいただいたら、ホームを見るだけもいいからいらっしゃいませんか? とお声をかけています。やっぱり内見すると安心してくださるし、すでにそこで生活しているわんちゃんたちの様子や表情を見て罪悪感が薄れていく方が多いですね。
入居相談の際には、お散歩の回数や大好きなおやつ、何をしているときがご機嫌か、わんちゃんの性格など徹底的にヒアリングさせていただいてます。やっぱり預かるとなったら、わんちゃんたちに快適に過ごしてほしいですから」
──渡部さんは2014年に開業されましたが、8年間で何が一番大変でしたか?
「毎日です。わんちゃんや猫ちゃんの健康の悪化は、突然来るので毎日が不安で。病気について私たちは素人ですから、自分たちで勝手な判断はせず体調がいつもと違うと思ったら、飼い主さんにご報告をしてかかりつけ医に連れて行ったり、一緒に不安になって心配しての繰り返しで、あっという間に7年が経ってしまいました」
──ホームを見学させていただいたときに、わんちゃん1頭1頭のケアプランが書かれた用紙が壁に貼られているのを見ました。老犬ともなるとごはんの準備から排便介助や投薬など大変なことが多そうですね。
「うちではスタッフひとりひとりがケアマネージャーとしてケアプランを立てていくんですけど、そのケアプランで1か月やってみようではなく、日々体調が変わっていくので毎日観察して毎日工夫してやっています。
1頭ずつ体調も性格も違いますから、1人のスタッフが1日にお世話できるわんちゃんは最高で10頭までだと思っています。なのでうちでは20頭までお預かりするという上限を決めています。なかにはすべて受け入れて多頭崩壊してしまう施設もあるんです。
うちもスタッフを増やせば預かる頭数も増やせますけど、自分自身がわんちゃんの名前や顔を知らずに預かるというのがイヤだという思いもありますね」
──お世話をしているわんちゃんたちは高齢犬が多いと思うので、残念ながら亡くなってしまうこともあると思います。
「私たちはペットたちの“終の住み処(ついのすみか)”ではなく、“第2のわが家”という気持ちで寄り添っています。なので、わんちゃんたちが亡くなったときは本当にショックです。8年間のうちに100匹もの犬と猫をみとりました。スタッフのなかには精神的なダメージを受けてやめていく人もいます」
──愛情をもってお世話をしていたらなおさらですよね。逆に老犬ホームをやっていてうれしかった出来事はありますか?
「それも毎日です(笑)。大変ですけど、わんちゃんたちが何も変わらず1日を過ごしてくれるのが一番。今日みたいに誰も病気じゃない、誰も危篤じゃないだけで幸せですね」
──命を預かっているお仕事だからホームにお休みはないと思うんですが、渡部さんにオフの日はあるんですか?
「自分が病院に行くとか以外は8年間休んでないです(笑)。老猫ホームはうちの妻がやってるんですけど、妻も休みなしですね。でもそれは、自分にとって全然ストレスじゃないんですよ。半日みんなの顔を見ないだけで、今日も元気にしてるかな? ってそっちのほうが気になってしまって。
でも、出勤時間は自由にさせてもらってますし、具合が悪い子がいたら夜間付き添ったりすることもあるから、日中は眠たかったら寝たりしてるし(笑)。スタッフのほうがすごいですよ。休みの日はなるべく休んでスイッチを切るようにという話はしてるんですけど、なんだかんだ具合の悪い子がいたら顔を出してくれますから。
一番はわんちゃんたちが心地よく過ごせる“第2のわが家”であることですが、プロとしてお金をいただいて命を託されているという責任感はつねに意識しています」
◇ ◇ ◇
《取材後記》
「こういう施設があることをみなさんに知ってほしいんです」
取材を終えて帰り際に、渡部さんが言った。
そうなのだ。施設の存在すら知らない人がまだまだ多い老犬ホーム。そのために、泣く泣く保健所へ連れて行ったり、里親に出してしまった人もいるはず。
老犬ホームがあることを知っていれば、ペットも飼い主さんも笑顔で過ごせたかもしれない。今、ペットと一緒に暮らしてる人、これから飼いたいと思っている人、ひとりでも多くの人にペットが年老いたときに悩まず、助けてくれるところがあるんだよということを、頭の片隅に留めておいてほしいと思った。
いずれ、わが家のわんこも老犬となる日が必ず来る。愛犬との残された時間を明るく充実した日々にするためにも、ペットたちとの命の向き合い方を改めて考えるいい機会になった──。
*取材協力/老犬・老猫ホームと介護対応ペットホテル『東京ペットホーム』
ドッグホーム:東京都大田区東糀谷1-13-22
キャットホーム:東京都大田区大森南1-23-5
(取材・文/花村扶美)