アニメ、漫画、ゲームなど、日本発のエンタメコンテンツは世界的にも大人気……という時代は変わりつつあります。オンラインゲームの『フォートナイト』、ソーシャルゲームの『原神』など、米中ゲーム会社の台頭。韓国発祥『Webtoon』の日本参入など、今や“日本コンテンツ”というだけでは、世界で流行(はや)る時代ではなくなってきました。
そんな時代の真っただ中、海外でヒットする日本のエンタメコンテンツにはどのような特徴があり、世界からどのように見られているのでしょうか。
そこで、コラム連載『推しもオタクもグローバル』や著作『オタク経済圏創世記』『推しエコノミー』など国内外のエンタメコンテンツの変遷や特徴を独自の見解で述べるエンタメ社会学者の中山淳雄さんへインタビューを実施。日本エンタメコンテンツの変遷、そして中山さんが考える“これからの日本コンテンツの戦い方”について教えてもらいました。
【第1弾→『新日本プロレス』『D4DJ』『アサルトリリィ』……エンタメ社会学者・中山淳雄さんが歩んだ10年】
いまだに強い日本アニメを、いかに世界に広げるか?
――動画配信サービスや電子書籍サービスなどコンテンツのデジタル化が進んだことで、世界における日本のエンタメコンテンツの立場がここ数年で変化してきているように感じます。それについて中山さんの見解をお聞かせいただけますか?
「この10年で大きな変化を遂げています。2010年代の前半くらいは“9割は国内ユーザー。残り1割は海外ユーザー”というビジネスモデルでしたが、後半になると『Netflix』や『Crunchyroll』などの動画配信サービスの影響でさまざまな変化がありました。特にアニメにおける景色が変わってきましたね」
──アニメにおける景色?
「というのも、多くの海外の人たちが日本アニメを見るようになった。日本のアニメ市場は’15年前後で頭打ち、そこからは少し衰えているくらいなんですが、海外の市場は伸び続けているんです。ボリュームゾーンがどんどん大きくなっているので、今では日本の3倍は海外で稼げているという作品も結構出てきています」
──海外で人気のあるジャンルと日本で人気のあるジャンルに違いはありますか?
「ちょっとした違いはあるものの、日本のランキングとあまり変わらないと思います。前クールに日本で人気だったアニメ『リコリス・リコイル』はアメリカでも大人気でした。女子高生が銃を持って、悪と戦うお話をディズニーは絶対作らないじゃないですか(笑)。そういう意味でも差別化できていますよね。同じような理由で、日本特有の異世界転生系の作品も人気ですし、コンテンツの好き嫌いに想像するほどの違いはないと思っています」
──海外だと「教養」をテーマにアニメを作るけど、日本は単純に「娯楽」としてアニメを作っているという話を聞いたことがあります。
「たしかに娯楽でなければ作れない作品ばかりですよね。アニメの世界シェアのうち40%がアメリカのハリウッドアニメ、25%が日本アニメ、4%がイギリスアニメ、残りの約30%がその他のアニメと言われています。いちばんのシェアを誇るハリウッドアニメは、キッズやファミリーが見ても安心できる、最初から最後まできっちり練られたキレイなコンテンツです。制作費も膨大で1時間あたり5〜10億円。スタッフの人数も数百人単位の中で作られています。だからこそ、確実にお金になるものを作らないといけない。するとクリエイターの自由度はそこまでないんですよ。海外の脚本はものすごくト書きが多く、監督は配給会社などの指示に従う運用者としての役割を担うことがほとんどです」
──なるほど、海外コンテンツはキレイな反面、クリエイターの自由度が限られていると。日本のアニメはいかがですか?
「日本アニメは、1時間あたり制作費は約5000万円、数十人から数百人の規模でアニメを作ります。その分、当たるか当たらないかは置いておいて、クリエイターの作りたいものが作れる環境がある。ハリウッドだったら怒られるような表現でも、たとえ製作委員会方式(※)であっても出資者がケチをつけないパターンが多い。エログロOK、未成年の生死にかかわる描写もアリ、表現の規制はほぼない。すべてとは言い切れませんが、監督の頭の中にあるものを再現できるわけです。
庵野(秀明)監督の『プロフェッショナル~仕事の流儀~』(NHK)を見た人はわかると思いますけど、アニメは最初に全部決めて作るのではなく、作っていく中で決まることも多い。それが結果的に、作品の面白さや海外アニメとの明確な差別化にもつながっていると感じています」
※製作委員会方式:アニメや映画などの作品を作るための資金調達の際に、単独出資ではなく、複数の企業に出資してもらう方式のこと
──差別化が図れていて、かつ日本アニメは作品数も多いにもかかわらず、ハリウッドアニメの40%と日本アニメの25%の差にはどのような理由があるのでしょうか?
「ユーザーに対するデリバリー(届け方)の問題だと思っています。年間300本は新しいコンテンツが生まれ、作られているコンテンツはとてもよい。それなのに日本アニメは、『Netflix』や『Amazon Prime Video』に“ただ置かれているだけ”の状態なんですよ。海外の小売店での日本アニメの扱いって『HENTAI』(※)のコーナーに置かれているものもあって、積極的に売り出されてはいない。いまだに好きな人がこっそり楽しむコンテンツという現状があります。
※HENTAI:日本のアダルトアニメや成人向け作品の呼称。主に海外で用いられている言葉
にもかかわらず、世界で25%のシェアを持っているのは、実はすごいことなんですよ。ハリウッド映画の10分の1の制作費規模でも日本アニメは負けていない。ディズニーやソニーといった大企業といえど、必ずヒット作を出せるとは限らない。もちろん日本のアニメ制作現場の労働環境をよくすることは政策課題のひとつだと思うけど、だからといってお金をかけたり人を増やしたりすればよいコンテンツが生まれるという考えはあまりなくて。それよりもいろいろ作ってみた結果、たまたますごい作品が生まれるシンデレラストーリーのほうが健全だなと。なので、今いちばん考えるべきはコンテンツの広げ方なのかなと思います」
海外展開が盛んな日本のエンタメコンテンツは「VTuber」
──アニメ以外の日本コンテンツはどうでしょう。例えば、日本で人気のVTuberは海外において新しい経済圏になりえると考えられますか?
「にじさんじ(※)やホロライブ(※)など、Vtuberの勢いはすごく感じます。昨年ニューヨークで開催された『Anime NYC』では、在ニューヨーク日本国総領事館とホロライブのコラボで出展していたり、VTuber達の基調講演ライブを見に来る人がすごく多かった。お客さんが会場に入りきらず、“この日のためにホロライブを見に来たんだ!”とパニックになっていましたよ(笑)。コスプレしている人もたくさんいましたし、ものすごい熱量を感じたんです。
※にじさんじ:ANYCOLOR株式会社のバーチャルライバーグループ
※ホロライブ:カバー株式会社が運営するバーチャルYouTuber事務所
以前、ニッポン放送の吉田尚記アナウンサーが、“VTuberは空気系(日常系)アニメを消した”とおっしゃっていたんですよ。要するに女の子たちが日常の中でワチャワチャして何も起こらないアニメを楽しんでいた人たちが、1時間~2時間と雑談しているVTuberを見るほうへ流れていった。海外でも同じようなことが起こっているんですよ。VTuberの台頭により、日本特有の空気系アニメの需要が減ったという変化も生じています」
──VTuberが海外でも人気を得ているのは、にじさんじの「NIJISANJI EN」やホロライブの「ホロライブEnglish」など積極的に海外展開を行っている企業が多いのも理由のひとつとしてあるのかなと。
「それはありますね。最初にホロライブが海外展開を始めたのですが、それは運営元であるカバー株式会社代表・谷郷(元昭)さんが海外志向のある方だったから。現在の世界最高峰のYouTube登録者数を持つVTuberは、ホロライブEnglishのがうる・ぐら(約420万人)ですからね。海外市場規模の大きさを受けて、にじさんじの運営元であるANYCOLORも海外展開を始めて、ここ1年で約3割の売上が海外勢になっています」
──VTuberは日本独自のコンテンツとして海外へ進出している一方、韓国の漫画コンテンツ「Webtoon」のように勢いを増している海外コンテンツも生まれています。「Webtoon」の登場が、日本の漫画コンテンツにどのような影響をもたらすと考えますか?
「『Webtoon』は“海外の日本食レストラン”と同じだなと思っています。海外の日本食レストランって、ここ10年で約5倍程度になっているんですよ。’00年代前半は約2万店舗だったのが、’10年代後半のデータだと10万店舗を超えている。だけど、日本人が料理を作っているお店は1割もないそうです。アジア圏の人たちが、“日本食っぽいもの”を作っている。それはそれで美味しいと食べる人もいる。Webtoonに限らず、NFTやアニメ、ゲームもそれと同じ状況になってきているとは感じています。“日本っぽいコンテンツ”を日本ではない人たちが作っているという感覚ですね。
最近だと、制作費に100億円くらいかかった中国のゲーム『原神』なんかはすごく人気がありますよね。そういう意味でも、どんどん海外で人気が出る日本っぽいコンテンツが増え続けていくのだろうなと思っています」
日本エンタメの海外展開のカギは、作り方ではなく「広げ方」
──日本コンテンツをもっと世界へ広げていくためには、これから何をすべきなのでしょうか?
「2つの方向性があると思っています。
1つ目は、コンテンツ力の強化に徹して、韓国や中国、アメリカなどチャネル(※)がすでにある外資メディア(Netflixなど)と直接組むこと。2つ目は、作品別にファンを固めて複数メディアを横断できる“キャラクタープラットフォーム”を生み出すことです。
※チャネル:集客するための媒体や経路のこと
日本のテック企業(※)が海外チャネルを作れていたらよかったのですが、中韓のテック企業に比べてずいぶん後れを取っているんですよね。従来は国内向けに、テレビ局も出版社もレコード会社もコンテンツを出したらそれで終わり。利益は最初だけというのがスタンダードでした。メディアもテックも国内が盤石だったために海外にそのチャネルを広げず、そこに従属するようにコンテンツ企業・クリエイターが制作だけに徹してしまっていた。8割方のエンタメ系企業が、“海外事業に力を入れないと……”という流れになっていますが、実際に積極的に推進しているのは1〜2割くらいしかない印象です」
※テック企業:ITテクノロジーを活用してビジネスを展開している企業のこと
──なぜエンタメ業界は海外進出に踏み切れないのでしょう。
「いちばんわかりやすい理由としては、経営陣の海外経験が少ないことですね。ここは中韓企業とは愕然とするような違いがあります。みんな、海外重視というのは頭ではわかってますが、そこに手ざわり感がないんですよ。海外でないにしても、新規事業を一から作り上げた経験者がいれば結構違うんですが。
『SmartNews』や『メルカリ』のように、トップの強い意思で海外展開を推進し続けるような企業が、エンタメのメディア・コンテンツ系にももっと生まれてきたらと思います。とはいえ優先されるのは、クリエイター側が直接外資のメディアと交渉できる経験を積んでいくことだと思います。せっかくコンテンツ力は強いので、そこは他人任せにするべきではない。問題なのはコンテンツ力でなく、圧倒的にプロモーション不足のほうですから」
──日本のコンテンツ力を上げるのではなく、日本コンテンツのプロモーション力が重要なんですね。
「はい。海外はIP(※)が少ないから、海外のプラットフォーマーは日本コンテンツをもろ手を挙げて取りに来てますよ。でも窓口がわからない、コンタクトしても遅い、意思決定が見えなさすぎる、などなど。まずはそこの改善とダイレクトな外資協業ですね。
例えば、韓国のゲーム会社・ネットマーブルのアプリゲーム『七つの大罪 〜光と闇の交戦〜』は、それまでの国内企業が出してきた同作品ゲームとは全然違う、日本外の市場が大半の売上になっています。それをきっかけに原作マンガの売上も北米で伸びるわけです。現状はプロモーション力に不足があるものの、今後そこを補うことができれば、日本のコンテンツはまだまだ世界へ広がるのではないでしょうか」
※IP:知的財産。Intellectual Propertyの頭文字をとった用語
(取材・文/阿部裕華、編集/FM中西)