今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年6月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、シンガーソングライターの白井貴子に注目する。インタビュー第1回は母親の在宅介護について、第2回では自然との共生について前向きに語ってくれたが、第3回はSpotify人気曲を本人と共に考察していきたい。
(インタビュー第1弾:“ロックの女王”・白井貴子「痛みこらえるママを見て 何もできずに泣いた夜」母の介護15年と自宅で看取った経験を振り返る / 第2弾:白井貴子が精を出す環境保全活動は曲作りやファンにも好影響、30年以上も前に始めたワケと活動がつないだ“良縁”)
大人気曲「Chance!」の収録アルバムが大人気! 今でも大切に歌い継いでいる曲
まず、Spotify第1位は1984年のシングル曲となった「Chance!」。当時、シチズン『リビエール』CMソングとしてサビの《Chance》と連呼される部分が大量にオンエアされたので、50代~60代の方ならファンでなくとも知っている人が多いだろう。白井本人は、シングルでオリコンTOP10入りしたことがないことを気にしているのか、やや自虐的に“オリコン12位の壁”に触れつつ本作の最高位を語ることがある。
「約33万回も再生されているんですか! ’84年の『Chance!』発売以前から『夜のヒットスタジオ』に何度か出ていましたし、2年後に発売した『Next Gate』では、『ザ・ベストテン』の“今週のスポットライト”(次週以降のベストテン入りが期待される注目作を本人が歌うコーナー)にも出ているので、私も周囲も、暗黙の了解でベストテン入りすると思っていたんじゃないかなと。事務所的にも当然、どうにかシングル・ヒットが欲しい状況でした。あのころはレンタルレコードも急速に普及し始めた時代。そのうえでレコード、カセット、CDとチャートが分散し、ヒットが見えづらい状況でしたね」
ちなみに、アルバムに関しては、「Chance!」が収録された『Flower Power』から’88年に渡英するまでコンスタントに週間TOP10入りしているので、この曲が白井のブレイクするきっかけになったのは確かで、また現在も、彼女を代表する楽曲となっていることがわかる。
「『Chance!』は今でも必ずライブで歌うようにしています。この間なんて、『母の日』のイベントを亡き母の故郷、大阪・豊中市にある茅葺(かやぶき)の古民家の中で開催したのですが、やはり歌っちゃいました!(笑)」
第2位の「ピローケースにさようなら」は、前回の記事で触れたように海外のリスナー比率が約9割という異例のヒットとなっている(詳しくはインタビュー第2弾を参照願いたい) 。
続く第3位は、今でもライブの定番となっているアッパーチューン「Next Gate」。こちらは、原曲のドラムとギターの8ビートの刻みに加え、バイオリンの生演奏を乗せ生命の躍動感を表現した最新版「Next Gate 2022」も現在、再生回数が急上昇中だ。
佐野元春のカバーは事務所社長のひと声で決定。「Foolish War」は大好きな曲
そして、第4位に佐野元春の楽曲をカバーした’82年のシングル「SOMEDAY」がランクイン。
「当時の事務所の社長から受けた“(関西弁で)この曲はエエから歌え!”のひと言で決まりました。佐野さんは事務所の先輩だったのですが、この曲をカバーすることに抵抗がなかった、と言えばウソになります(笑)。あのころは私も、“何がなんでも自分の曲で!”と思っていましたから。でも佐野さんのバックコーラスにも参加させていただいていたので、(社長の提案に)納得しました。
私の歌で『SOMEDAY』を知ったというみなさんの声もたくさんいただいてきましたし、当時、佐野さんの素晴らしい曲を歌わせてもらえたのは本当にありがたいことだったのだと、今はとても感謝しています」
さらに、第6位の「Foolish War」は、’85年のアルバム『Flower Power』収録のミディアムロック。サウンド自体は煌(きら)びやかで、’80年代の洋楽ロックの影響を受けている曲だが、《さよなら Foolish War! (中略) もうこれ以上 悲しい想いはたくさん わかってほしいの》という歌詞は、まるで近年の世界情勢を冷静に見つめたかのような内容で、当時からまっすぐ真実を追い求めてきた白井貴子らしい。しかも、声高らかな感じではなく、強いメッセージソングなのに、優しさが感じられるのも白井流だ。
「この曲が多くの方々に聴かれていることは本当にうれしいですね! 収録アルバムのテーマとも言えるような、私も大好きな自慢の1曲です。’86年に神宮球場で開催された『ライヴ・エイド』(20世紀最大のチャリティー・コンサート)でこの曲を歌えたことは、とても意味深い出来事でした。若いうちにこういった経験をして以来、“人間の行いのせいで病んでいる、私たちの命の源・地球を守るため、次世代に少しでもいい背中を見せなきゃ”という責任感がすごくありました。やはり、ここにも(自分が好きだった)ジョン・レノンの影響が強く出ていますね」
ドラマ主題歌「名前のない愛でもいい」の裏にあった“タイアップの制限”を明かす
意外なところでは第7位に、’97年にアニメ『逮捕しちゃうぞ』のエンディングテーマとなった「空を見上げて」がランクイン。広大な大地を思わせるようなロックナンバーとなっている。
「アニメのパワーはすごいですね。ちなみにもう1曲、アニメ『幕末機関説 いろはにほへと』のタイアップである『愛の剣』は、実に男気あふれる曲です。私は幕末の日本を支えた坂本龍馬はじめ、当時のクレイジーボーイズの大ファンなので、そんな彼らの生き方を曲に投影しました」
タイアップといえばもう1曲、現在ストリーミングサービスは未配信曲であるが、’94年に発売され、2時間ドラマ『火曜サスペンス劇場』のエンディングテーマ曲となった「名前のない愛でもいい」(作詞:秋元康)を思い出す。こちらも白井貴子が作曲を手がけているのだが、正直に言って彼女が作曲したとは思えないほど、他の“火サス曲”とあまりに似通った印象だけが残る。ゆえに、よほど“制約”が大きかったのではと想像してしまうのだが……。
「そう! あの曲は本当に大変でした。番組サイドの要望で何度も作り替えたのを覚えています」
そして、白井のデビュー曲「内気なマイ・ボーイ」が第15位にランクイン。作詞は、当時のヒットメーカーである竜真知子と白井の共同名義となっている。
「もともと詞・曲ともに私だったんですが、ヒットを目指し詞を補強していただくため、プロデューサーが竜真知子さんに依頼しました。竜さん作成の部分が多いですが、曲のイメージを決める《シャラララ~》の部分は私のオリジナル。“もっと強気に他の部分も作らせてもらったらよかったかな〜”とも思いますが、当時、そんな判断は私にはとてもできませんでした(笑)。最近のライブでは、場が和むように《シャラララ~》を、ちょっとコミカルになる感じで歌っています(笑)」
推しアルバムは『COSMIIC CHILD』! ’80年代の白井貴子の魅力がたっぷり
さらに、意外と低い順位で、もっと聴いてほしい曲を尋ねてみると、
「’87年のアルバム『COSMIIC CHILD』はオリコン3位で、私の中でも誇りとなっている作品ですが、Spotifyの再生回数TOP30には収録曲がほぼ入っていないんですね。特に『COLOR FIELD』は私の代表曲で、今でもライブで必ず歌っています。あと、『住所のないLove Letter』の骨太なロッカ・バラードも、日本の女子はほぼ書かないような作品だと思います。
でも、作詞・作曲は作家の方が担うという歌謡曲スタイルの女性ロック・ボーカリストが次々と大ヒットするなかで、私はシンガーソングライターにこだわった分ヒットしづらいのだと自覚し始めたころ、渡英しました。体力的にも時間的にも、“このペースでやっていたら終わる!”と限界を感じたんです。“もっと女性として健康的に生きて、そして曲をつくろう!”と、30代からの白井貴子をイメージしての移住でした」
『COSMIIC CHILD』は、白井貴子&CRAZY BOYS名義のバンドサウンドながら、とても多彩で当時の白井貴子の集大成的な作品となっている。全体的に再生回数が少ないのは、2枚組のオリジナル盤ゆえに、ストリーミングサービスに多い初心者には手が届きづらいことも原因かもしれない。だが、’80年代の白井貴子を知りたい方におすすめの1枚だ。
『涙河』は手売りの効果大! 今後も「ひらめきを信じあるがままに生きていく」
なお、’16年にリリースされたアルバム『涙河』は、ファンから絶賛されていながらも現状ストリーミングサービスでは未配信となっている。本作では、作詞家で精神科医でもある北山修/きたやまおさむの作品を歌い継ぐ歌手として白井が抜てきされ、白井自身、幼い頃大好きだったという北山ソング(「あの素晴らしい愛をもう一度」や「悲しくてやりきれない」「さらば恋人」など)をカバー。
また、きたやまおさむ作詞・白井貴子作曲という、ふたりのコラボレーションによる新曲3作品も収録されている。中でも注目は、《泣いて泣いて 怒り狂って 泣いて泣いて 生き延びてゆく》という歌詞に人生の年輪を感じさせるミディアム調の表題曲「涙河」。オリコンでの発売週の売り上げはわずか274枚。しかし発売以来、全国200か所をまわるライブでの即売会などで地道に売り上げを伸ばし、実売はすでに6000枚を超えている。これも、データだけでは読み取れないヒットと言えるだろう。
「『涙河』はその大半が私の“手売り”で、チャートにカウントされないらしいのです。この体制については、私自身も意欲的に改善を訴えていきたいと思っています。手売りでの売り上げがどんどん伸びていることには、北山修さんもとっても喜んでくださっています!」
ちなみに、本作のスーパーバイザーは今年6月に逝去された音楽プロデューサー兼作家の佐藤剛氏ということからも、その真摯(しんし)な制作ぶりが想像できることだろう。
最後に、人生を楽しく生きるコツを白井に尋ねてみた。
「ロックアーティストはアスリートに似ていて、常に体力的にも限界に挑戦という感じですが、私は少なくとも自身の45周年(3年後の’26年)を見据え、“未来への希望”が見えるような、幸せへのロックショーを展開していきたいです。若いころ、ライブなどで“今夜は今夜しかないのさ!”ってファンのみなさんと一丸となって盛り上がった日々から早40年ですが、さまざまなご縁を“未来への力”にしたい、と願う気持ちでずっと歌ってきました。これからも、ひとりの大人として、何よりも大切な“命の尊さ”を伝えつつ、“自分たちの命の星は自分たちの手で守る”という信念を歌に込め、また歌以外の場でも実践して、活動していきたいと思います。
まずは来年1月に『FLOWER POWER』完全再現ライブを開催する予定です。ぜひお越しいただき、“なくしてはならない熱い思い”をもう一度確めに、そして、あのころの自分にもう一度会いに来てください。私のエコ活動にも興味を持っていただけると、さらにうれしいです!」
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平和を愛し、自然と共生しつつ、親の介護にも前向きに取り組んできた白井貴子。そのスタンスからCMやテレビ番組、各地域のイベントへの出演まで次々と決まっていくエピソードを伺うと、これらは偶然ではなく、彼女の人間力が引き起こした必然としか思えなくなってくる。現代を楽しく生きるには、ひとつの専門性だけではなく、トータルとしての“人間力”を磨くことが大切だと、柔らかな風のように彼女の言葉が教えてくれる。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
白井貴子(しらい・たかこ) ◎1959年、神奈川県生まれ。シンガーソングライター。フェリス女学院短期大学音楽科卒。卒業時期よりアマチュアバンド活動を開始し、1980年、ソニーSDオーディションにて、初の女性アーティストとして合格し翌年デビュー。’84年、『Chance!』のヒットを機に“ロックの女王”と呼ばれ、日本の女性ポップロックの先駆者的存在となる。’88年、ロンドンに移住。帰国後、音楽活動を再開し、作詞・作曲活動やアルバム制作、ライブ活動などを行う。また、環境保全にまつわる活動にも積極的に取り組み、神奈川県環境大使も務めている。’23年5月には、母の介護生活についてつづった初の著書『ありがとう Mama』(カラーフィールド出版刊)を発売。同時に「Mama」の楽曲&MV配信。
さらに……『FLOWER POWER』再現ライブ&SDGsイベントを開催!
アナログ盤復刻:2023年11月1日再発売
再現ライブ&SCGsイベント:2024年1月20日開催@KT Zepp Yokohama
→詳細は公式HPにて
◎白井貴子 公式HP→
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◎白井貴子 公式twitter→https://twitter.com/