「放送作家」という職業を一度は耳にしたことがあるだろう。テレビやラジオ番組の企画を考え、全体的な流れを組み立てていく仕事だ。しかし、近年コンテンツを発信しているのはテレビやラジオだけでなく、YouTubeや配信サービスなど多岐にわたっている。
そんな中、放送作家の長崎周成さんが注目を集めている。彼が広く知られるようになった仕事のひとつが、人気タレント・フワちゃんのYouTubeチャンネル『フワちゃんTV』だ。フワちゃんを見い出して世に送り出した長崎さんの仕事のフィールドは、その後、さらなる広がりを見せている。
2019年には同世代の放送作家に声をかけ、さまざまな企画やコンテンツをプランニングする株式会社チャビーを設立。Netflixともタッグを組み、「企画」を求められる領域を創造し続けている。
いったい長崎周成さんとは、どんな人物なのだろうか?
王道ルート“お笑い芸人から放送作家になる”は今後減っていく
1991年に兵庫県神戸市にある六甲山の麓(ふもと)で誕生した長崎さんは、高校時代からお笑い芸人を目指していたが、次第に放送作家を志すようになる。テレビ制作会社勤務を経て放送作家として独立したのは2014年、長崎さんが22歳のときのことだった。
執筆に約3年かかり、ようやく2022年9月に発売された初の著書『それぜんぶ企画になる。』(左右社)には、生まれてから放送作家として活躍するまでの経緯が記されている。
「生い立ちについては飲みの場でもよくしゃべっていたことなのですんなり書けたのですが、放送作家としての仕事論については言語化が難しかったです。編集者とおしゃべりしながら書いていったんですけど、“脳洗浄”のような時間で、自分の中でぼんやりしていたものがどんどん輪郭を帯びていき、僕にとってもありがたい経験でした」
企画書や台本を書くという作業は、もともと放送作家の仕事の一部だが、自分がやっていることや考えていることを言語化して書くという行為は、普段使っている筋肉とは違う部分を使った“筋トレ”のようなものだったという。
著書では、長崎さんがどうやって放送作家としての地位を確立していったかがつづられている。何の後ろ盾もなく、いかにして放送作家として実績を積み重ねていったかは、ぜひ同書を読んでいただくとして、そもそもどうやったら放送作家になれるものなのだろうか?
「メディアに向けて番組を作るために、お笑い芸人から放送作家になる人は以前から多かったのですが、今後は少なくなっていくのではないかと思っています。最近は、コンテンツ制作やプロデュースを担う即戦力を育てる“よしもとクリエイティブアカデミー”という学校があり、僕も何度か講師を担当したことがあります。
そこで、なぜ放送作家になりたいかを聞くと、いちばん最初に返って来るのが“芸人さんのYouTubeを作りたい”という人がすごく多かったんです」
かつては、テレビ局や売れっ子芸人との人脈が広がり、放送作家になっていくという流れがあったが、今や芸人側がSNSなどを通して、企画を一緒に考え、動画編集してくれる“座付き”放送作家を募集していることも少なくないという。
長崎さんは今後、こうしたYouTube放送作家が増えていくのではないかと考えているが、懸念も抱いている。
「芸人さんのYouTubeを担当する作家って、ひと言で言えば“最高”なんですよ。好きな芸人さんと密に打ち合わせできて、やりたい企画を本人に直接提案できる。動画ができたらコメントでダイレクトに評価してもらえるし、高評価だったらすごく嬉しいわけです。ある程度人気が出てくると、それ一本で生活できるようにもなる。
テレビ局だと、ほかにも放送作家はたくさんいて、任される仕事の割合も全然違ってごく一部しか関われない。“芸人のYouTubeからこの世界に入ったら、それ以外の仕事に物足りなさを感じてしまうのでは?”と個人的には思っています」
売れっ子放送作家の片鱗と、相方フワちゃんとの出会い
そんな長崎さんが、フワちゃんとYouTubeチャンネル『フワちゃんTV』を開設したのは、放送作家になってから3年後の2018年のこと。その前年に、フワちゃんがある日、長崎さんが暮らしていたシェアハウスに遊びに来たのがきっかけだった。
当時、フワちゃんはフリーのピン芸人で、初対面でもお構いなしのタメ口。でも、言動の端々にパワーを感じ、「この意味不明な魅力を解き明かして世の中に伝えたい!」と思ったという。
「“一見キワモノでも、本質的なものを見たら大勢の人に刺さる”というものがあるんですよ。フワちゃんはそれが顕著でした。ぱっと見、わけわからんことを言ってるギャルみたいだけど、底抜けに明るくて、人の心を動かす力があった。
僕の仕事では、接する人やモノすべてを因数分解して見ていく必要があるので、食わず嫌いしないようにしています」
実際、長崎さんの直感は当たった。
当時、アルバイト先がつぶれて収入ゼロだったフワちゃんに、毎月お金を貸し、YouTubeの動画を作るための機材購入費や撮影経費も、すべて貯金から持ち出した。
それでもフワちゃんへの投資なら必ず回収できると信じていたし、『フワちゃんTV』のコンテンツ制作で自らカメラを持って撮影したことが、長崎さんの新たな強みとなった。2022年末には久々の海外ロケも敢行し、『フワちゃんTV』での発信は現在も続いている。
「更新頻度が減ったとよく言われるんですが、実はそんなに変わっていません。以前から3〜4か月更新なしというのもザラ。YouTubeは再生回数などアクセス解析ができるのですが、解析結果を見るのが精神衛生上よくない。動画やチャンネルに対する数字なのに、テストで点をつけられているような気分で、自分の価値が数字化されているような気がするんです。
だから、『フワちゃんTV』も、その数字にとらわれ過ぎず更新しています。という理由が、頻繁に更新しないことへの正当化にもなっていますが(笑)。でも、ショート動画は毎日更新しています!」
企画をつくる際に意識するのは「王道」と視聴者のパラダイムシフト
フワちゃんと出会ったころ、長崎さんは放送作家としてブレイクスルーの時期を迎えていた。
独り立ちして2年目までは、企画書を何百枚も書いても採用されず、お金にならないコント作家をするなど、厳しい時代が続いていた。しかし、3年が過ぎてようやく指名で依頼が来るようになり、テレビの企画書もするすると通るようになったという。
「嫌みな言い方に聞こえるかもしれないんですけど、ここ最近企画の採用率がぐんと上がった。自分の頭の中では、くそ意味不明な企画とかまったく成立していない企画を1000本ノック的にいろいろ考えていても、それは外には出さないですし、企画書に落とし込むときに自分で赤ペンを入れまくる。
“これ通らないでしょう”というものはハナから書きません。企画には“ハマる場所とハマらない場所、出すべきタイミング”があります。それがわかっているから、企画を無理に出すことはせず、出すべきときに出すからボツにならないんです。くそ意味不明な企画も、いつかタイミングでハマることもあるから、引き出しに忍ばせておく」
今回、長崎さんが2019年に書いた、貴重なボツ企画書を見せてもらった。NHKの人気番組『着信御礼! ケータイ大喜利』のような大喜利番組の企画案で、芸能人の写真や動画をお題として公開し、それを視聴者が自由に画像加工してSNSに投稿してもらい、面白さを競い合うというものだ。
「タレントの写真をフリー素材化するというところなど、いろいろなハードルがあってできませんでした。この企画書は2枚で、企画書としてはかなり短いほう。基本的には10枚くらいあって、見せ方もコンテンツに合わせて変えています」
長崎さんは著書で、企画をつくるとき常に「王道」を意識しているという。これは、すでにある王道を後追いするという意味ではない。
世間一般の多くの人たちが「面白い!」と感じているエンターテインメントを意識しつつ、その王道から最も遠いところと思われていたものに着目して時間をかけ、徐々に王道をひっくり返し、価値観を転覆させていく。
そこに放送作家としての醍醐味を感じているというのだ。
「フワちゃんのときもそうでしたが、原石と思えるものを見つけたとき、“こうやったらいいところまで持っていける”って、どれくらい想像力を働かせられるかだと思っています。面白さを感じて賭けるかどうかはその人次第だけど、常にアンテナを張っていないといけない仕事だなと思っています」
(取材・文/吉川明子、編集/本間美帆)
【PROFILE】
長崎周成(ながさき・しゅうせい) 1991年生まれ。放送作家。株式会社チャビーCEO。芸人、テレビ制作会社勤務を経て、現職。地上波テレビ番組の企画構成を担当しつつ、2018年にYouTubeチャンネル『フワちゃん TV』/『フワちゃん FLIX』をフワちゃんとともに開設。2019年に20代放送作家を中心とした企画会社チャビーを設立。お笑い・バラエティを中心に、『ZIP!』(日本テレビ系)『週刊さんまとマツコ』(TBS系)『ドラえもん』(テレビ朝日系)など、さまざまなメディアを横断して企画。Twitter→@shuuuuuusei