『舞いあがれ!』の主題歌『アイラブユー』(back number)が、選抜高校野球の入場行進曲に選ばれた。3月18日の開会式当日、曲に合わせて球児たちが「1、2」などと声を出しながら歩いていた。全出場チームの選手によるグラウンド1周は4年ぶりだそうで、「立派な行進曲になったなー」と母親のような(?)気持ちになった。
『アイラブユー』は大好きだ。朝な夕な、鼻歌で歌っている(難しい)。だけど、行進曲とはおよそかけ離れた曲だと思う。朝ドラ主題歌が行進曲に選ばれるのは「12年ぶり2回目」で、前回は『ゲゲゲの女房』の主題歌『ありがとう』(いきものがかり)だったと書けば、そのことがわかっていただけると思う。
「♪ありがとおーーって、伝えたくてーー」と高らかに元気よく始まった「ありがとう」に対し、「アイラブユー」は低めにこう始まる。
「♪公園の落ち葉が舞ってー、飛ーび方を、教えてくれていーるー」
このまったく勇ましくない歌詞を放映初回に聞いて、心惹(ひ)かれた。落ち葉に対し「親切にどうも」とお礼を口にする続きも好きだし、次に出てくるのが「横切った猫」なのもよかった。ただ見かけるのではない、「横切った猫に不安を打ち明けながら」、君に会いたくなると歌うのだ。
そんなわけで、入場行進らしいとは言い難い歌だということは理解いただけたと思う。それでも選ばれたのは、「さわやかで伸びやかな曲調が高校生をはじめ、多くの世代に親しまれているから」と報じられていた。なるほど曲調だったか。そしてテンポを速め、後半の音程高め部分を強調する編曲がされ、行進曲に生まれ変わった。お役に立てて何よりなのだが、声を大にして言いたいのは、『アイラブユー』も『舞いあがれ!』も勇ましくないからよいということだ。
ドラマと主題歌の世界観が一致した『カムカムエヴリバディ』
なぜ、私は「アイラブユー」に惹かれるのか。考えると、SNSに行き着く。みんなが自分の「成功体験」を披露し合う時代に、落ち葉と猫と話している。「ささやか」という言葉が浮かび、私が聞きたいのは、ささやかな人のささやかな声なんだと気づいた。
そしてこの世界観は、『舞いあがれ!』に重なった。制作順序からいうなら、『舞いあがれ!』の世界観がきちんと主題歌に反映されている、というのが正しいのだろう。とにかく両者の世界観が一致していることが、子役時代からはっきり見えた。小学生の舞(浅田芭路)は身体が弱く口数少なめ。本好きの貴司(齋藤絢永)も生きづらそうな子どもで、久留美(大野さき)は職業の定まらない父と二人暮らし。「真ん中」にいない感じの3人が仲良くなっていく様子がとてもよかった。
そしてこのところ思っていたのが、ドラマの世界観と主題歌の世界観が一致するとき、そのドラマは名作になるということだ。『カムカムエヴリバディ』が大きかった。
主題歌『アルデバラン』は、「♪君とわたーしは、仲ー良くなれーるかな、この世界が、終わるそのまーえに」と始まった。「世界=終わる」という認識に立っていて面食らったが、その厳しさがドラマの空気に合っていた。数々の伏線が最後の「和解」に結びついた展開で、主題歌も伏線のひとつではと思うほどだった。これぞ名曲&名作で、『舞いあがれ!』もこの系譜に連なってほしいのだが、最終週を前に雲行きが少し怪しい。
「ささやかな人」代表の貴司はどうなってしまうのか
3月20日からの第25週は主に、舞(福原遥)の大学時代のサークル「なにわバードマン」の先輩2人が起業したドローン開発会社「アビキル」の話だった。刈谷(高杉真宙)が舞に「倉庫を知らないか?」と電話してきたのが24週の最終日、その回のうちに舞は倉庫を見つけ、25週は「空飛ぶクルマ」の順調すぎる開発が描かれた。
舞の会社「こんねくと」と「アビキル」が業務提携をすると、不安定だった飛行も安定し、出資者も見つかる。現実に2025年開催の大阪万博の目玉が「空飛ぶクルマ」と知ってはいるが、それにしても「こんなにうまくいく?」と思う。ドラマが安直な展開になっていて、どうも白けてしまう。
とはいえ、ギリギリのところで『舞いあがれ!』を見捨てずにいる。心に残る台詞が週に一度くらいは出てくるのだ。25週では刈谷の台詞がそうだった。「開発は孤独やけん、自分でも空飛ぶクルマの実現を信じられんくなるときがあったとよ」。空飛ぶクルマを開発したことはない。でも、仕事とは孤独なものだし、人生もそうだ、それでも少しずつ歩んでいくしかない。そんなことを思ったのだ。最近の『舞いあがれ!』に欠けがちな自省的な感覚とでもいうべきか、つまり落ち葉が舞って猫が横切っている世界観だ。
ところで「こんねくと」大成功の横で、貴司(赤楚衛二)は行き詰まっていた。『舞いあがれ!』の世界観を最も体現していたのは、貴司だと思う。ささやかな人は優しく、そういう人が生きやすくないのが今なのだ。3月24日の放送でパリへと貴司が旅立ったのは、コロナ禍直前。どうなるのかと気が気でないが、残りは1週間。舞の夢の行方も描かなくてはならないだろうから、貴司がどこまで描かれるか。あー、心配だー。
(文/矢部万紀子)