2022年1月、栃木県の那須サファリパークで飼育員3人がベンガルトラに襲われ、負傷するという事故が発生しました。
今回のニュースを見て、小さな動物園の飼育員として働いた経験のある私は「またこのような事故が起きてしまったか」と思いました。そして正直なところ、「これは起こるべくして起きた事故なのかもしれない」とも思ってしまいました。
そこで今回はあまり知られていない飼育員の仕事内容や楽しかったこと、つらかったことを振り返りながら、飼育員が死傷する事故が絶えない理由をお話ししていきます。
“動物を生かす仕事”の楽しさ
私が考える飼育員という仕事の最も楽しいところ、それはトラやライオン、ゾウやサイなど「自宅では絶対に飼えない動物と関われる」ことです。動物が好きな人、特に野生動物が好きな人にとって動物園は“大好き”が詰まった憧れの場所。これらの動物と関わっていけるということだけで、飼育員の仕事が楽しくて仕方ないものだといっても過言ではありません。
また「仕事として動物と一緒に過ごせる」というのも、楽しいところです。動物が好きな人は自宅で犬や猫、ウサギやハムスターなどの動物を飼っていることが多いのではないでしょうか。私の同期である飼育員たちも、ほぼ全員が自宅で動物を飼っていました。プライベートはもちろん、仕事の時間も動物と過ごせるうえ、「その動物に関する生きた知識・経験が得られる」点も楽しいところでした。
さらに「動物と信頼関係が築ける」ということ。動物園で飼育されている動物は種類や個体の差はありますが、一般的なペット向けの動物よりも警戒心が強く、神経質なことがほとんどです。そんな動物たちもじっくりと付き合っていくと、彼らなりに少しずつ心を許してくれるようになります。私も警戒心が強いレッサーパンダが心を許し、体にさわらせてくれたときはとても嬉しく、感動しました。
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最後は少し重たい話になってしまいますが、「動物を生かすことでお金がもらえる」ということも、動物が好きな人にとっては楽しい……というより、ありがたいと感じるところです。
動物に関わる仕事は飼育員だけに限らず、犬や猫を販売するペットショップや牛や豚などを育てて食用にする畜産関係、マウスやモルモットなどの実験動物を育てる仕事など多岐に渡ります。動物の命を売買したりする仕事が多い一方で、動物園のように“動物を生かすこと”、そして“同じ動物と関わり続けること”を目的とする仕事は意外と少ないのです。そのため「動物を生かすこと」でお給料をもらえる飼育員の仕事は動物が好きな人にとって楽しく、憧れる仕事となっています。
野生動物が突然死んでしまうつらさ
逆に飼育員という仕事の最もつらいところは、「動物が病気になる、死んでしまう」ことです。野生動物はどれだけ体がつらくても痛くても、基本的に弱さを見せません。なぜなら野生において弱っているところを見せることはイコール、死を意味するからです。飼育されている動物たちもこの性質が強く、前日まで普通に過ごしていたのに突然死んでしまった……ということは珍しくありませんでした。
飼育員は動物のわずかな変化も見逃さないように日々、目を光らせていますが、それでも動物の発する小さなSOSに気づけないこともあります。そんなときはとてもつらく、どうして気づいてあげられなかったのかと自分を責めました。
また「動物のことだけに集中できない」というのも、つらいところでした。実は飼育員の仕事はただ動物にエサを作って与えるだけでなく、動物の寝室や展示場の掃除や修理をはじめ、展示物(看板やポスターなど)の作成、イベントの企画など多岐に渡ります。そのため動物のことに集中したくても、他の業務が忙しくて動物と一緒にいられないことも多く、歯がゆい思いをしました。
そして動物園にもよりますが、「担当替えがある」のもつらいところといえるかもしれません。担当替えがあるかどうかは動物園や担当の動物次第ですが、実は動物園にも一般的な企業と同じように数年に一度、部署替えがあるのです。担当替えをすると新しい動物への知識や経験が得られる、慣れがリセットされて新たな気持ちで仕事に臨める、といったメリットはあります。しかしそれまでずっと一緒にいた動物と離れなければならないのは、つらくて寂しいことです。ちなみにゾウやゴリラなど、非常に繊細な一部の動物については担当替えが実施されないこともあります。
なぜ動物園で事故が絶えないのか
冒頭でもお話ししましたが、今年1月に那須サファリパークにて、飼育員3人がベンガルトラに襲われてケガをするという事故が発生しました。実は「動物園で飼育員が動物に襲われる事故」は毎年のように発生していて、2019年には東京都の多摩動物公園で、2018年には鹿児島県の平川動物公園でそれぞれ男性飼育員が1名ずつ死亡しています。それではなぜ、動物園でこういった事故が起きるのでしょうか。
動物園で事故が起きる最大の理由は、「動物舎の施錠や戸締りを行う・確認するのが人間」だからです。動物園において動物が暮らす場所は動物が逃げ出さないように、外部の人が内部に入らないようにどこの扉も何重にも、かつ厳重に施錠されています。トラやライオンなどのいわゆる猛獣が暮らす場所については、動物と飼育員が同じ空間に入らないような仕組みになっていて、扉を開閉する手順なども決められています。
報道によると、今回の那須の事件は、開園に向けて担当飼育員がトラを屋内の飼育施設から屋外に移動させる準備をしていたとき、本来、トラがいないはずの移動用の通路付近で鉢合わせをして襲われた可能性があるとのことです。
実際に飼育員の仕事に就くと、まず「動物舎の鍵は確実に閉めること、何度でも確認すること」を徹底的に教えられます。私が勤めていた園でも、「飼育員として最も恥ずべきことは動物を逃がすことだ」と教えられました。
しかし飼育員も人間です。人間である以上、どれだけ意識していても注意していてもうっかり鍵を閉め忘れる、手順を間違えるといった初歩的なミスは必ず起きるものです。みなさんも外出先で「家の鍵を閉めたかどうか」と、不安になったことがあるのではないでしょうか?
また上記の理由の他に、「飼育員は(正規職員以外では)基本的に給料が安く、長く続けることが難しい職業である」という点も、動物園で事故が起きる理由の1つだと考えられます。特に臨時職員では最低賃金レベルの給料しかもらえないため、結婚や子育てなどを考えて辞めてしまう人が非常に多いのです。そのため動物園では経験豊富なベテラン飼育員が育たず若手飼育員ばかりになり、その結果、判断が甘くなりミスが増える……という負の連鎖が起きています。
憧れの職業だが、なれる人はひと握り
一見、華やかで楽しそうに見える飼育員の仕事も、実はもどかしいことが多いものであるということが伝わったでしょうか。
さまざまなことを書きましたが、「動物園の飼育員」は非常に楽しくやりがいのある仕事です。飼育員として働いていた当時は動物たちが日々、元気に過ごしている姿を見たとき、繁殖したとき、お客さんに動物について聞かれて「そうなんだ!」と言ってもらえたときなど、事あるごとに「飼育員になって本当によかった、楽しいな」と思っていました。
実は飼育員は憧れる人が非常に多い反面、(特に正規職員の)求人数が非常に少ないことから、なること自体が難しい職業です。しかしもし飼育員になりたい! と考えている人がこの記事を読んでいたら、ぜひ情熱を持ち、全力で夢を追ってみてください。いち動物好きとして、元飼育員として、夢を追いかけるみなさんのことを全力で応援しています。
(文/三日月影狼)
《PROFILE》
三日月影狼(みかづき かげろう) フリーライター/動物イラストレーター。東京農業大学の畜産学科を卒業後、牧場(養豚)・商社・動物園を渡り歩いてきたヘンテコ物書き。好きな動物はトラとブタとウサギで、47都道府県の動物園水族館制覇を夢見ている。