『らんまん』第21週、万太郎(神木隆之介)は東大植物学教室に助手として招かれることになった。徳永(田中哲司)の教授就任による新体制で、万太郎には15円の月給が支払われる。ほかにも槙野家の家計の変化があれこれ描かれた。流れをつくったのは、寿恵子(浜辺美波)の叔母・みえ(宮澤エマ)だ。
みえは新橋の一流料亭「巳佐登」の女将。独身時代の寿恵子に、「鹿鳴館でダンスを習ってみないか」とすすめた後は出番がなく、久々に登場したらこれがすごくカッコいい“大人の女”だった。そのイケてるぶりを書く前に、少し寄り道。「久々に登場したら、カッコいい」宮澤さんってデジャヴだった。そう、朝ドラ『おちょやん』(2020年度後期)だ。
ヒロイン・千代(杉咲花)の継母・栗子役だった。幼い千代と弟の面倒を見ず、奉公に出せと夫をそそのかす。そんなヒールが一転、失意の日々を送る千代を救う。そして過去を詫びる。宮澤さんの演技力を知らしめた名場面だった。
そんなわけで、借金に追いつめられた寿恵子が「巳佐登」を訪ねた瞬間から、みえのカッコよさが描かれる予想ができた。第一声こそ、「よくもおめおめと顔を出せたもんだね」だったが、すぐに「もっと早く来なさいよー」と寿恵子を抱き寄せる。そこから槙野家の家計問題に切り込んでいった。
「よくおめおめと」は、もちろん鹿鳴館の話だ。みえの推薦から寿恵子は鹿鳴館でダンスを習い、元薩摩藩の実業家・高遠(伊礼彼方)に見染められ、妾というポジションを提示されたが断り、万太郎を選んだ。「鹿鳴館は玉の輿(こし)へのチャンス」という、みえの持論を裏切った形だが、過去の話は第一声でおしまい。みえは槙野家の現在地をどんどん明らかにしていく。
料亭の女将・みえはコミュニケーションの達人だった
姉、つまり寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)から少し聞いている、借金はいくらだと聞く。500円ある、利子分だけでも貸してほしい、という寿恵子に、それではすぐにどん詰まりだと返す。そうなるまで何もしなかったのは寿恵子の甘さだと指摘し、何もしなかったわけではないと寿恵子が反論しかけると、「子育て? 内職? 大変でしたって? ちゃんちゃらおかしい。借金、膨(ふく)らんでるんじゃないのさ」とピシャリと言う。
見ていてスッキリした。問題の本質は寿恵子ではないとわかっていても、「マッチ箱に紙を貼ってるだけじゃなー」と思っていたからだ。寿恵子の「内職だけじゃ追いつけないのわかってたのに、子どもたちから離れるのも怖くて」という台詞を聞き、寿恵子の考え方がわかったから、それもよかった。
みえは寿恵子に100円を渡す。ただし、賃金の前渡しだという。うちにはそこらの芸者より稼ぐ仲居がいる、「あんたの愛嬌、度胸、気働き、ありったけやってみなさい」と発破をかける。途中、みえの夫も登場した。みえは敬語を使い、寿恵子の採用の決済を求める。その様子に「形式上の経営者は夫だが、実際の経営者はみえ」という構図も見えた。
問題のありかを可視化し、解決に導く。上司とのコミュニケーションも自家薬籠中のもので、部下を励ます姿勢も真摯(しんし)さが伝わってくる。みえは令和の会社でも、できる管理職になれる。そう確信した。
みえを演じる宮澤さん、『おちょやん』以上によかった。寿恵子との会話を立ち聞きしている仲居たちを叱ってみせ、ふふっと笑う。その余裕がカッコいい。仕事が終わった後、ひとり事務室(?)でお酒を飲んでいる。白いお銚子に白いおちょこ。少し足を投げ出し、物憂げな様子。疲れた様子が色っぽいし、「わかるぞ」と思わせる。そんないい女のみえ=宮澤さんなのだが、それにしても万太郎だ。
寿恵子に筋違いな嫉妬をする万太郎
なんと、仲居の仕事を始めたという寿恵子の報告に、ぐずぐず文句を言うのだ。「料亭ゆうからには、いろんな客が来るがじゃろう」から始まり、高遠のようにさらわれたりしないかと言い、自分はもう母親だと言う寿恵子に「いや、そうゆうたら、それがええゆう男もおるじゃろう」。最後は「こんなに、こじゃんと可愛い寿恵ちゃん」と言う。「愛ゆえの可愛い嫉妬」で「ラブラブな2人」。そう見せたいのであろう制作意図は、理解した。が、率直な感想は以下だった。
何言ってんだ、ぜーんぶ、おまえが働かないからなんだよ、叔母さんのコネですごい職場に入れたんだ、感謝しないでどうする、子どもすぎるぞ、万太郎。
ふー。悪態をついたので、少し冷静に。この後、詳細は省くが万太郎の採集した菊が300円で買い上げられた。その菊について説明する万太郎は、「花と日本人論」を語った。創意工夫で唐から来た菊を改良した、花を愛する心があるからだと言って、こうまとめた。「みんなに花を愛でる思いがあれば、人の世に争いは起こらんき」。争いが続く2023年の夏に響くだけでなく、万太郎の真っ当さが伝わる台詞だった。偉大な植物学者への道を駆け上がる。その号砲でもあるかもしれない。
そのうえで今の私の願いは、寿恵子が末長く仲居の仕事を続けることだ。「子ども、時々、真っ当」の万太郎のことだ、一直線に偉大な学者にはならないだろう。そして何より、「愛嬌と度胸と気働き」のある寿恵子なのだ。職場における才覚を見たい。みえも、そう願っているに違いない。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。