現代日本の売れっ子劇作家の1人が、舞台『刀剣乱舞』『鬼滅の刃』そしてオリジナル作品であるTRUMPシリーズと、次々に人気作を手がけている末満健一さんだ。
とりわけTRUMPシリーズは、何千年もの時間を生きるヴァンパイア(劇中では「吸血種」と呼ぶ)を主人公に上演を繰り返し、幻想的なビジュアルや音楽、作り込まれた伏線で多くのファンを虜(とりこ)に。作品ごとに伏線が絡み合ったストーリーで、一度ハマると離れられないというファンが続出した。
4月15日から上演の最新作『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』は9年前の人気作『LILIUM -リリウム 少女純潔歌劇-』を加筆・修正などを加えて再演する。誕生から15年目を迎えたシリーズの生みの親・末満さんは、なぜこの生死にまつわる物語を描こうとしたのか。シリーズ誕生にまつわる秘話を聞いた。
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──1976年生まれの末満さんですが、演劇に携わる前はどんな少年時代だったのでしょうか。
僕は、生きているうえであまり人生を楽しいなと思える瞬間が極端に少なかったんです。幼稚園に通っていたころから、なんだか人生が面白くないし、このつまらない日々を過ごしながらを歳を重ねていくんだろうな、と幼心に感じていたんですね。全然、幼稚園児らしくない(笑)。『三つ子の魂百まで』と言いますけど、僕は本当に3歳のときにこのことわざを知ってしまって、そのとおりの人生になりそうだなと、ひどく諦観していた人生観を持った幼稚園児でしたね。
──3歳で本当にそのことわざを覚えていたんですか!?
そうですね(笑)。これが100歳まで続くんだなという虚しい感情がありました。その後小学校時代は平凡に過ごしていたんですが、中・高時代の記憶がほとんどないんですよ。友達がひとりもいなかったし……同級生の顔や名前も誰ひとり覚えていません。存在感を消しながら教室で目立たないようにしていました。自分を殺しながら生きてきたので、いわゆる青春時代の思い出はほとんどないんです。
──一般的にイメージされる青春時代とは正反対の日々だったようですね。
でもその時期からマンガやサブカルは好きで、小学生時代に放課後に通っていたそろばん塾に置いてあった手塚治虫さんの『ブラックジャック』に出合ったのがきっかけで、手塚さんの作品は読みあさっていました。ほかにも少女マンガも好きで、憧れて自分でも描いたこともありますが、こちらは才能のなさに気づいて早々に諦めました。
TRUMPシリーズは吸血種(ヴァンパイア)を主人公にしたことから、萩尾望都先生の『ポーの一族』の影響かと聞かれることがよくありますが、実はその作品は読んだことがなくて。ギミックして「吸血鬼モノ」という題材を選び、そこに自分の死生観という根幹部分から出てきたテーマで作品としての軸を通しました。気づいたらライフワークになっていましたね。
TRUMPの誕生に、テニミュもかかわっていた!?
──演劇との出会いは、佐々木蔵之介さんらが所属していた「惑星ピスタチオ」の舞台を観たことだったそうですね。
無味乾燥な高校時代だったんですが、テレビの深夜番組で惑星ピスタチオの公演を放送していて、それをバイト先の先輩がビデオに録画していて貸してくれたんです。演劇なんて、学校の演劇鑑賞会でしか知らなかった僕にとって、惑星ピスタチオの作品は「こんなに面白いものが世の中にあるんだ!」と衝撃的なもので、自分の中で価値観の大転換が起こりました。僕というひとりの人間の中で演劇の常識がパラダイムシフトしたんです。
そのころ中3でちょうど進路を考えないといけない時期でもあり、(惑星ピスタチオの)この人たちと一緒に何かやりたいという一心で劇団の門を叩(たた)きました。何度か断られましたが、なんとかかんとか「制作業務のお手伝いでなら」と見習いとして末席に加えていただきました。
──惑星ピスタチオが2000年に解散した後、自身で「ピースピット」を主宰し、俳優・脚本・演出と何役もこなしながら、2009年に『TRUMP』が上演されます。このとき、なぜヴァンパイアを主人公に据(す)えたのでしょう。
登場人物たちが支配する、支配されるの主従関係のドラマを舞台で描こうと考えたときに、(支配関係が生まれる)きっかけとして、「咬(か)む」という行為が思い浮かんだんです。
それがまず前提としてあって、あとから「吸血鬼モノ」という要素が加わりました。そのような流れもあり、咬む・咬まれるという行為で生じる「イニシアチブ」という設定はTRUMPシリーズの中でも象徴的なものとなっていきました。「吸血鬼モノ」はそれ自体が書きたい主題ではなくあくまでパッケージであって、描きたいものはもっと根幹部分に潜んでいるテーマのほうですね。
──「イニシアチブ」は劇中でヴァンプが他のヴァンプを咬むことで、咬まれたヴァンプを服従させる、TRUMPの重要なキーワードですね。
結果的に多くの「吸血種モノ」についてまわるゴシック・ファンタジーの要素も取り入れれ、世界が重厚になり、作品のひとつの魅力となりました。そこの部分は、お客さんにもエンタメ要素のひとつとして楽しんでいただけているようです。
それと当時、僕は大阪の小劇場で活動していたのですが、動員数の低下などで業界は低迷傾向でした。『TRUMP』初演の際は、ストーリーや配役にかなり仕掛けをして、若い新規のお客さんを呼び込もうと試みていました。そのころに耳にしたのが、当時台頭し始めていたテニミュの噂でした。
──ミュージカル『テニスの王子様』も影響を与えていたんですね。
東京ではテニミュというものがすごく流行(はや)っていて、若い俳優たちが注目されて毎公演チケットが完売するほどの人気らしい、と芸能ニュースか何かで知りました。それに倣(なら)って自分たちも、そういう集客の見込める公演を打ってみようと考えました。でも僕の周囲には当時、演技は抜群にうまいけど平均年齢30オーバーのベテラン役者しかいませんでした。それを逆手に取り、芝居がむちゃくちゃできるベテラン役者たちにあえて美少年の役をやってもらったら、それはそれで演劇として面白いものになるだろうなと考えました。そこに関しては若手役者の登竜門と呼ばれるテニミュとは、また別のアプローチですね。
演劇って、歌舞伎や宝塚のように、役者が本人と全然違う年齢・属性の役も演じられる面白さがありますよね。『TRUMP』の初演作で僕もそういう演劇的効果を狙って、もう中年といっても差し支えのない年齢の役者たちに10代の美少年役を本気で演じてもらいました。もちろん、実力者ぞろいの役者たちだから芝居そのものも見ごたえも十分でしたし、そこに若い女性客に興味を持ってもらえるような要素を随所に織り交ぜたものだから、小劇場では異例といっていいほどの熱狂的な盛り上がりを見せた公演となりました。
話題性だけでないクオリティの高い舞台を作って、大阪から演劇業界を盛り上げるヒット作にしたいという野心があったし、その後にこの作品を東京でも展開していけたのはとても有難かったですし、戦略がうまくハマったという手ごたえもありました。
アイドルだけで演劇に挑戦、衝撃で客席が沈黙した『LILIUM』
──その後もシリーズが続いていきますね。3年後に『TRINITY THE TRUMP』では男性だけ・女性だけのダブルキャストで上演したり、今度は本当に若手俳優の方々でヴァンプの少年を演じた『TRUMP』(通称Dステ、2013年)として再演したり。
2009年の初演作で描いた、ソフィとウルというふたりの少年を主人公にした脚本は、再演のたびに出演者が異なり、5つのカンパニーでの役者さんに演じていただいてきました。初演・再演と同様に、再々演であるDステ版でもTRUTHバージョンとRIVERSEバージョンという、関係の深い登場人物が互いに役を入れ替えながら演じる、なんてこともしましたね。シリーズものとはいえ、演じる役者によってまったく解釈が違ってくるところも興味深いチャレンジでした。
原作ありの舞台では、所作から声色から何もかもを原作キャラクターに寄せるという演技方法もありですが、『TRUMP』は作品ごとにキャスティングが変わりますから、同じキャラクターでも演じる役者によって違ってくる表現を楽しんでもらえればと。『LILIUM』再演もオーディションでキャストを一新しました。初演のときは叙述トリックなどでお客さんに大きな驚きをお届けできました。
でも、今回の再演では多くのお客さんが話の内容を知っている。それはタネがバレている手品をするようなものですよね。だから再演の新約版ではギミックに頼れない分、密度とクオリティで勝負しなくてはならないと考えています。初演の衝撃は、初演だからこそできたことですから。
──そんな衝撃を与えた『LILIUM』はそれまでのTRUMPとはまったく違うものになりました。モーニング娘。とスマイレージ(現・アンジュルム)のメンバーでの上演で、アイドルが吸血種を男役、女役ともに演じるのも初めてでした。
まだあの時代、アイドルが演劇に出演したり、アイドルだけで舞台を演じること自体が珍しかったですね。今はかなり定番化してきましたが。僕はアイドル演劇黎明期ともいえる当時のタイミングで、『LILIUM』をほとんどが10代のハロプロメンバーで上演するという機会をいただきました。
TRUMPシリーズって、観ていただいたらわかるんですがどの作品もダークでハードな作風なんですよ。だからアイドルファンのみなさんにとっては、アイドルがそういった演目に挑戦するということ自体がセンセーショナルだったのかもしれません。大きな反響がありましたし、そのときのインパクトがあったからこそ、後にシリーズ15年目でのリメイク上演にもつながったのかなと思います。
──初演の際、クライマックスが衝撃的すぎて初日に客席がしばらく沈黙してしまった、というエピソードがありました。
あれはハロプロファンのみなさんが、アイドル演劇という枠組みでは初めて観るような悲劇的な内容の舞台に唖然(あぜん)としていたのと、(初日だったので)カーテンコールのタイミングを客席側も取り損ねてしまったのかと。真相はわかりませんが、拍手が起きなかったこと自体は事実で、終演後のキャストはみんなが戸惑っていましたね。“お芝居が面白くなかったから拍手がなかったのかな?”って不安になっていました。
──その後もTRUMPは上演が続いて、今年で15年目を迎えました。いつごろからご自身のライフワーク的存在になってきたのでしょうか。
2017年の『グランギニョル』あたりですね。それまでも単発的に吸血種たちの物語を描いてきてはいたんですが、明確にシリーズものとして続けていこうという認識は薄かったんです。当時のマネージャーが企画を通してくれて、TRUMPシリーズの新作として『グランギニョル』を上演したのですが、その後のシリーズを継続していく足掛かりとなりました。
その次の『マリーゴールド』(’18年)はシリーズ初の本格ミュージカルで、『グランギニョル』に続いて反響が大きく、商業的にも継続して上演できる見込みが立ってきたので、TRUMPシリーズを人生をかけて描き続け、すでに構想だけはある最終作までなんとか継続させていきたいと考えています。
演劇をやっている身として生と死、われわれはどこから来てどこへ行くのか、というのはどんな作品でも問うていくべきテーマだと僕は考えています。何千年もの時代を行き来するTRUMPシリーズは、この主題を考えるのにぴったりになりましたね。
《PROFILE》
末満健一(すえみつ・けんいち) 1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。’96年、惑星ピスタチオに入団。2002年に演劇ユニット・ピースピットを創設。’09年に「TRUMPシリーズ」第1作の『TRUMP』を上演、以後TRUMPシリーズは最新作『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』まで13作を上演する。’16年からは「刀ステ」こと舞台『刀剣乱舞』シリーズの脚本・演出を担当し、舞台『鬼滅の刃』を’20年の初演から’22年の『其ノ参 無限夢列車』まで演出を手がける。
『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』
作・演出/末満健一 音楽/和田俊輔
出演:内田未来/浜浦彩乃/大森未来衣/斎藤瑠希/白鳥光夏/河本彩伽/北御門亜美/齋藤千夏/加藤弘美/真弓/アイザワアイ/岡本美歌/川崎愛香里/中原櫻乃/黒木柚衣奈/八尋雪綺/能勢うらら <スウィング>金井菜々/渡辺菜花
【東京公演】2023年4月15日(土)〜23 日(日)/サンシャイン劇場
【大阪公演】2023年4月28日(金)〜5月3日(水・祝)/梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ