9月5日の夜11時ごろ、神奈川県相模原市の「中古タイヤ市場 相模原店」で男性がハンバーガーの自動販売機を殴って破壊し、そのようすを隣にいた女性が笑いながらスマホで壊れた部品を撮影している──防犯カメラに残された「レトロ自販機破壊事件」の衝撃的な映像はテレビでも取り上げられて大きな話題になり、SNSでは犯人に対する怒りの声や、貴重な自動販売機の修復を願う声があふれた。
35年前の自販機が破損。部品なし、修理できず
「こんなに大きな反響があるとは思いませんでした。実際に壊れた自販機を見たお客さんから、“早く直るといいね”と声をかけてもらうことも多いです。それだけ愛されていた1台だったので、今回のような事件は残念でたまりません」
被害に遭った中古タイヤ市場 相模原店の社長・齋藤辰洋さんは、表情に悔しさをにじませながらそう語った。
防犯カメラには、カップルとみられる若い男女による犯行の一部始終が残されていた。男性はハンバーガー自販機の1台に小銭を投入するが、不具合のためか何度も小銭が返却されてしまい、隣の自販機で試すも同じ結果に。最初は「何これ、マジで」と笑っていたものの、だんだんと苛立(いらだ)ってきたのか、突然自販機のボタンをこぶしで2回ほど殴ってボタンを破壊。割れたボタンに気づいた女は、大笑いしながらスマホを取り出して写真を撮り、ふたりはそのまま現場を去っていった。
悪質な犯行もさることながら、被害に遭った自販機の希少性も、今回の事件が注目を集めた理由のひとつだ。中古タイヤ市場 相模原店は、コンビニが普及する以前の昭和40~50年代に活躍した自販機100台ほどが立ち並ぶ“レトロ自販機の聖地”として人気のスポット。壊された自販機はそのなかの1台で、35年ほど前に製造された貴重な機械だという。
「たとえ犯人が捕まっても、自販機が元どおりの形に戻ることはないので、本当に悲しいです。内部の配線や電気系統の故障ならどうにか修理できるかもしれませんが、もう製造されていない古い機械なので、外装のパネルや同じ部品は手に入りません」(齋藤さん、以下同)
被害に遭った自販機は現在、稼働をとめている。どう修理するか途方にくれていたところ、事件のニュースを見た人から「うちの会社でなら同型のボタンを作れるかもしれない」という申し出があった。
「プラスチックなどの加工をしている会社の方で、今は型をとって複製をしてもらっているところです。2~3週間もあればできるだろうということで、10月中には稼働を再開できるかなと思います。ほかにも“修復の協力をしたい”という声をたくさんいただき、みなさんの気持ちがとてもありがたかったです」
修理できるがレトロさは失われたまま
ただし、新しくパーツを作れたとしても、経年劣化や黄ばみなど、レトロ自販機ならではの“時間の味わい”までは再現できない。
「もともと、ウチにくる自販機はほとんど壊れているような状態。それをどこまで本来の形を保ったままで動くように修理できるか、自分の手で1台1台に時間をかけて蘇(よみがえ)らせていくのが難しさでもあり、楽しさでもあります。そうやって大切にしてきたものだからこそ、たとえ一部だとしても新しいパーツに替えざるをえないのは少し寂しいですね」
今回被害に遭ったハンバーガー自販機は、パネルにコックのおじいさんが描かれ、見た目もかわいらしい1台。「中古タイヤ市場 相模原店」で1位2位を争う人気を誇るが、齋藤さん自身にとっても思い入れのある自販機だった。
「子どものころ、家の近所にあったハンバーガー自販機がこれと同じもので、よく親しんでいた味だったんです。使わなくなって保管していた業者さんから譲ってもらい、なんとか復活させることができました」
今はもともとこのハンバーガーを作っていたメーカーが存在しないため、中身の商品は海老名市の食品会社に特注で作ってもらえるよう交渉した。どこか懐かしい見た目の外箱もオリジナルデザインだという、並々ならぬこだわりだ。
「食品会社さんは“コストもかかるし、そんなに売れないんじゃないか”と渋りぎみでしたが、そこをなんとかお願いしますと、無理を通して作ってもらいましたね。実際に売り出し始めると、その人気に驚いていたみたいです。今ではチーズやテリヤキ、エビカツ、チキンカツなど、ハンバーガーの種類も増えました」
注文ボタンを押すと、機械上部に冷蔵保存されている箱入りハンバーガーが自販機内部の電子レンジ部分に落下し、「加熱中」のランプが点灯。60秒ほどでアツアツのハンバーガーが取り出し口から出てくるという仕組みになっている。箱の中には直径6cmくらいのやや小ぶりなハンバーガーが入っており、週末などには200個ほどが売れる看板商品だ。値段はいずれも280円。もともと同型の機械が2台あったが、現在は被害に遭っていない1台のみが稼働中だ。
働く人のランチ、親子のレジャースポットに
また、うどんやそば、ラーメンが調理されて出てくる麺類自販機も人気だ。現在は富士電機製と川崎製鉄製の2種類の機械が稼働しており、外観はもちろん、機械内部の湯切りの方法などにも違いがあるという。湯切りの過程で具材や麺が容器からはみ出ることもあるが、そこもレトロ自販機ならではの“ご愛嬌”。プラスチックの容器にスープが並々と注がれたダイナミックな一杯を楽しめる。機械による湯切りの天ぷらうどん、天ぷらそば、きつねうどん、ラーメンは各300円、チャーシューメンは400円。また、川崎製鉄製の麺類自販機を転用した「お茶漬け自販機」で鮭茶漬けを楽しめるのも、世界でここだけだ。
自販機の近くでラーメンを食べていた、近隣の工場に勤務する田辺裕也さん(仮名)に話を聞いてみたところ、「忙しい日はよくここでうどんやそばを食べています。安いし普通においしくて、手軽に昼食をとれるのがいいですね。仕事の休憩がてら、後輩と一緒に来たりすることもあります」と答えてくれた。近所の人の憩いの場にもなっているようだ。
ここでしか見られないかき氷の自販機も齋藤さんオススメの1台だ。味はイチゴ、メロン、レモンの3種類で各150円。注文ボタンを押すと、取り出し口にカップが落ちてきて、一度シロップが注がれる。ガリガリと氷を削る豪快な音とともに、かき氷がカップに山盛りに降り注がれていき、最後にもう一度シロップがかけられて完成。その一連の動きがなんともユニークで楽しい。
この日、親子で遊びにきたという貝瀬すみれちゃん(4歳)も、このかき氷の大ファンだ。お母さんの貝瀬千影さんは「家にもかき氷器があるのに“ここの自販機のかき氷じゃないとヤダ”って聞かなくて、スーパーに買い物に行く途中に立ち寄りました。機械から自動で出てくるのが面白いみたいです」と話す。親子連れの家族にも人気のスポットなのだ。
ほかにも、焼きおにぎりや焼きそばなどのホットスナックやアイスクリームにはじまり、今ではほとんど見かけない乾電池や使い捨てカメラの自販機など、数々の貴重な自販機がまるで博物館のように所狭しと並んでいる。古いタバコの自販機にはシガレット型のお菓子が陳列され、おでんやカレーなどの缶詰、全国のご当地ドリンク、さらにはプラモデルやおもちゃまで、自販機に並ぶ商品のセレクトにも遊び心が満載だ。
「それぞれの自販機の特徴に合わせて、“こんな商品が入ってたら面白いんじゃないか”とスタッフとも相談しながら、そのときどきで品ぞろえを替えています。多種多様な商品が並ぶため、どうしても売り切れのままになってしまうことも多いですが、その場限りの出会いを楽しんでもらえるとうれしいです」
始まりはタイヤ交換の時間つぶし
この「レトロ自販機の聖地」が生まれたのは、2017年。今では自販機コーナー専属のスタッフも雇い、齋藤さん自らも本業の傍ら、商品の補充作業に大忙しだ。さまざまなメディアやYouTubeなどでも頻繁に取り上げられ、遠方からもレトロ自販機ファンが足を運ぶ。
「もともとは、店先でタイヤの交換作業を待つお客さんへのサービスのために自販機コーナーを開設しました。そのときはこんなに大きくするつもりはなかったんです。ただ、昔から趣味で自販機を集めていたこともあり、修理が完了したものは実際に稼働させたくなってしまって、台数がどんどん増えていきましたね」
レトロ自販機の魅力をたくさんの人に知ってほしいとの思いもあり、齋藤さんが築き上げた一大聖地。お客さんが増えるほど、一部にはマナーの悪い人も出てきてしまい、そんななかで今回の自販機破壊事件も起こってしまった。
「壊した人への怒りはもちろんありますが、使い方の注意書きや古い自販機を扱う際のマナーをしっかりお客さんに伝えられていれば、こんな事件は起きなかったかもしれないと後悔もしています。一度壊れてしまうと修理をするのが難しいので、コインが詰まらないように1枚1枚ゆっくりと入れたり、ボタンをやさしく押したりなど、ていねいに扱ってもらえるように、こちらもこれまで以上にしっかりとお客さんに伝えていかなければと思っています」
30年以上活躍してきた希少な自販機の数々は、筐体(きょうたい)を眺めているだけでも楽しい。コンビニやインターネットショッピングでなんでも買える時代に、レトロな自動販売機でモノを買うという体験は、それ自体が貴重なものかもしれない。古い機械である以上、故障や不具合が多くなってしまうのは仕方がないが、齋藤さんは「お年寄りをいたわるように、広い心でやさしく扱ってほしいです。不具合があれば、叩いたりせずにすぐに管理者に連絡をしてほしい」と語った。
(取材・文/吉信 武)
神奈川県相模原市南区下溝2661-1
電話:042-714-5333
営業時間:10:00〜18:00(中古タイヤ市場)
※自販機コーナーは24時間営業