初版が即完売し、2022年10月には実写ドラマ化もされた『北欧こじらせ日記』(世界文化社)の著者であり、Twitterアカウントのフォロワー数が2022年10月現在、10万6000人を超える週末北欧部 chikaさん(以下、chikaさん)のインタビュー第2弾。
日本で自身のキャリアに悩んでいたころから、大好きなフィンランドに移住するという夢を叶(かな)えたあとの現在に至るまで、chikaさんにはたくさんの大変なことがありましたが、困難を乗り越えるコツは「準備はネガティブに、やるときはポジティブに」と言います。この言葉の真意や今後の展望について聞きました。
(chikaさんとご家族との関係や、寿司職人になるために修業を積んで13年越しのフィンランド移住の夢を叶えた経緯などについては、第1弾で語っていただいています→【週末北欧部chikaさんに直撃】「うれしがり」のフィンランド好きが、寿司職人になって移住の夢を叶えるまで)
事前のネガティブ思考に助けられた部分も。夢が負担になった時期もあった
──まずインタビュー第1弾の続きをお聞きします。念願のフィンランド移住後、現地の寿司店で働き出してから2週間目に、とんでもない激務になってしまったそうで、私だったらすぐにホームシックになりそうですが、chikaさんは日本に帰ろうとは思わなかったのですか?
「日本人の従業員が自分だけの状態で連日13時間ほど働いて、体力もメンタルも限界に近づいていました。でも、こういう修羅場も含めて“夢の向こうにある景色”なのだと思ったし、職場でたったひとりの日本人として働くことになると知ったときや、翌朝に出勤するとき、自分の置かれた状況が“なんだか映画みたいだな”とドラマチックに感じることもありました。
まずは3年頑張ろうと決めていたし、日々感じる喜怒哀楽も、ここでしか得られない学びだから、目の前の出来事を一つひとつ楽しもうと思っていたんです」
──chikaさんって、ものすごくポジティブな方だなと思ってしまうのですが、夢を叶えたあと思いがけない過酷な現実に直面したほかの人たちも考えようによっては、chikaさんのようにできるものですか?
「私のモットーは“準備はネガティブに、やるときはポジティブに”なんです。山登りで山頂に行くまで景色がわからないのと一緒で、夢を叶えたあとも何があるかわからないから、あらゆる準備をしなければならないと思っていて。ネガティブな視点を大事にしながら、移住後に起こるマイナスな出来事を想像して期待しすぎないようにしていました。
だから、何が起きても“まあそうだよね”と思えたし、このモットーはフィンランドに移住する前からありました。実は、日本での寿司修業中にくじけそうになったこともあったのですが、“落ち込んでいたらフィンランドでやっていけないぞ”と自分に言い聞かせつつ、予行練習のようなつもりで乗り切っていました。
今フィンランドで予想よりスムーズに暮らせているのも、事前にネガティブに考えすぎてしまったおかげと言えるかもしれません」
──chikaさんと「ネガティブ」という言葉は結びつかないと思っていたので、びっくりしました。
「実は、日本にいるときに自分を苦しめたのは、フィンランド移住の夢をずっと追うことだったんです。初めてフィンランドに行って一目ぼれしてから13年のあいだ、“まだ夢を叶えていないの?”と何度も悩んだし、夢のためにかけた時間のことを考えると、“どうして”と自分を責めてしまうこともありました。
夢を追求しているはずなのに、その夢が負担になるような瞬間もあって、そういった場合の対処法も著書に描けたのでよかったなと思っています」
──私自身、夢を追うのは楽しいことのはずなのに、いつの間にかそれにとらわれすぎて苦しくなることが、たびたびあります。「もう30代になってしまった」と年齢のことを考えて、まだ夢を叶えられていない自分に悔しくなったりもして。
「ありますよね。私がそういうとき大切にしていたのは、寄り道をして“夢が叶わなくたって人は生きていける。違う選択肢だってある”と確かめながら進むこと。それによって、好きなことを好きでい続けられました。
悩むのは悪いことではなくて、悩みがあったからこそ楽しみながら夢を叶えられたんです。悩むたびに“なんで苦しいのかな?”と原因を書き出しながら考えました。
夢を叶えた今も、その夢と心地よい距離感をとって、自分らしい暮らしをしようと考えています」
時には“寄り道”も大事。中国赴任を経験し“どこでも生きていける”と確信できた
──年齢や夢にかけた時間について悩んだときはどう乗り越えましたか?
「私は今年34歳になるのですが、励まされたのは『北欧こじらせ日記 移住決定編』にも出てくる50歳でフィンランドに移住した方と、寿司学校で出会った、60代でセカンドキャリアを考えて学び直しをしている方の存在でした。
そういう先輩たちを見ていると、人は何歳になっても新人になれるし、新しいことが始められると思えたし、これはフィンランド移住に限った話ではないですよね。自分自身、何歳になっても、新しい興味が出てきたら学び直せる。将来を考えても期待が膨らみます。きっと、何をするにも遅いということはないと思うんです。
悩んでいる方は、私にとっての50代や60代の先輩たちのような“マイヒーロー”を見つけると励みになるし、勇気づけられると思います。世界は広いので、絶対に見つけられます」
──chikaさんはフィンランド移住のだいぶ前に、お仕事で中国赴任も経験していますよね。フィンランドと中国、そして日本は言語も文化も異なりますが、赴任の話があったときはどんな気持ちでしたか?
「計画どおりに人生を進めようとして夢を追い続けていると、次はこれをして、その次はこれをして……というふうに、生きることがタスクになってしまいます。実現できないタスクで人生が埋まっているのがしんどいなと思っていたころ、残業中に先輩から“中国赴任の話があるけど受けてみない? 15分後には締め切りだから”と電話がかかってきたんです。
そこで、ふっと力が抜けて、気持ちもすっと楽になりました。
人生にはいろいろな道があるし、夢からそれた寄り道も経験になって、その経験を好きなことと掛け合わせると自分ならではのキャリアになります。先ほども言ったように、計画しすぎないことによって、夢との心地よい距離感を作れるのではないでしょうか。
中国赴任は自分にとって予期せぬ出来事でしたが、そういった考え方を得るきっかけになったし、“あえて寄り道を取り入れてみるのも今後の人生のためになるかもしれない”と思えました」
──中国赴任は1年間でしたよね。中国での生活が始まってからはどうでしたか?
「想像以上に楽しくて、“私はどこにいっても生きていける”と確信できた1年間でした。中国は日本ともフィンランドとも異なる文化で言葉が通じないのですが、友達もできましたね。
赴任中、日本に一時帰国したあと中国に戻るたびに、部屋のどこかが壊れているのも面白かったですね。例えばカーテンレールが壊れたときは、“夜景が見られていいね”と友達とキャンドルナイトをしました。
こんな感じで、“どこに行っても生きられるのが私の強さ、スキルのひとつなのかもしれない”と中国赴任によって気づけたんです。フィンランドに行っても大丈夫かもしれないと考えるようになりました。時には中国赴任のような予想外の道を歩んでみることを、今も大切にしています」
今は今後のことを決めていない。3年後にしか見えない景色がきっとあるはず
──chikaさんが先ほどおっしゃった「準備はネガティブに、やるときはポジティブに」にもつながる話だと思いました。寄り道って大事なんですね。
「フィンランドの友人の言葉もターニングポイントになりました。10代のころは、誰かからしかられると“なんで?”と思うこともあったのですが、大人になってからその友人が日記の書き方を教えてくれたんです。“1日の終わりに、うれしかったことと、ありがたかったことを書くんだ”と言っていて。
日記を前にして考えたとき、しかられたことや失敗したことは一見、ネガティブな出来事ですが、長期目線で見たらありがたいことだなあと改めて意識しました。どんな出来事も見方によって変わるのだと、そのときに気づけました」
──『北欧こじらせ日記』が多くの人を勇気づけているのも、chikaさんのそういった観点があるからですね。
「もちろん悩みもあって、書きなぐるようにつづった日記を書籍の担当編集さんにお送りしたとき、編集さんが“こういうのも読みたいです”とおっしゃったんです。
続けて“chikaさんとお会いして話すまで、人生がスムーズで、物事を前向きに進めていく人だと思っていましたが、話していたらその裏には苦しいことや悲しいこともあって、乗り越え方を学びながら今に至るんだということを知れて勇気をもらえました”と言ってくださったおかげで、等身大の悩みも著書に描くことができました」
──私もchikaさんの著書を読んで勇気をもらいました。chikaさんは3年単位でしたいことを考えるとおっしゃっていましたが、今の時点で3年後はどうなっていると思いますか?
「フィンランドに来る前も、夢の先にある景色がまったく想像できなかったので、あえて今は何も決めないでいます。3年後にしか見えない景色の中で、また見つかる新しい夢が絶対にあるはず。そのとき何をしたいと思っているのか、実際に何をするのか、自分でも楽しみです」
(取材・文/若林理央)
【PROFILE】
週末北欧部 chika ◎大阪府出身。フィンランドが好きすぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修業を始め、2022年4月、ついにフィンランドで寿司職人に! モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、ねこ、酒、1人旅。著書に『北欧こじらせ日記』『北欧こじらせ日記 移住決定編』(ともに世界文化社)かもめニッキ(講談社)など。
Twitter→@cicasca、Instagram→https://www.instagram.com/cicasca/