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【10代を生き抜いて、いま#2】場面緘黙症の私が、話せなくなる前の記憶──心にあり続ける“寂しさ”の理由は

SNSでの感想
6歳のころの筆者。当時は自分の寂しさを言語化できなかった
目次
  • 実父の顔と名前は26歳まで知らなかった。幼少期の遠い記憶
  • “見捨てられ不安”のはじまりは6歳、母が再婚したころから
  • 幼稚園で受けた体罰、「消えたい」と初めて思ったあのとき
  • 痛みは今も残るが、自分が弱いからこそ見えてくるものもある
 フリーライター・若林理央さんによる短期連載【10代を生き抜いて、いま】。幼少期から思春期にかけて病気や両親の離婚、いじめや不登校などを経験し、大きな「生きづらさ」を抱えながら生きてきた若林さんが、忘れがたいエピソードの数々をつづります。
 第2弾では、場面緘黙症(ばめんかもくしょう)になる前の、幼少期に感じた孤独や寂しさ、そこから生まれる“また別の感情”について──。 
◇   ◇   ◇

実父の顔と名前は26歳まで知らなかった。幼少期の遠い記憶

 1歳になるまで私は、実の両親と大阪の南部にあるマンションの一室に住んでいた。室内の白い壁や、ベランダにつながるリビングの内装が映像のように思い浮かぶのだが、もしかすると成長してから見た夢かもしれない。 

 1歳になるとそこを離れ、母といっしょに祖父母が住む実家で暮らし始めた。

 両親が離婚をして、母が私の親権を持ったからだ。

 父が写っている写真は、母の兄である私の伯父が保管することになり、私は26歳のときに初めて実父に会うまで、顔も名前も、どんな理由で母と別れたのかも知らなかった。

 今からつづる幼少期がなければ、10代の私だけではなく、30代になった今の私もいなかったと思う。

 10代は「もう消えてしまいたい」と常に思っていた。初めてそう思ったのは、もしかしたら幼児期だったかもしれない。一方で、大人になってからだいぶ経っても、私の中には潜在意識としての“寂しさ”がある。異常なまでに、孤独を恐れる自分がいる。

実の両親と住んでいた白い部屋が最初の記憶なのか、今もわからない
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