今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2022年7月時点で4億3300人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
本記事まで3回にわたり、前川清さんのランキングを振り返ってきた。第1弾では「東京砂漠」「雪列車」「男と女の破片(かけら)」など、いずれもレコード売り上げの順位以上に支持されている人気曲について、また第2弾では、近年チャレンジした演歌カバーや、シンガーソングライター系の楽曲について語ってもらった。最終回となる第3弾では、もっと上位になってほしい楽曲や、2023年元日に発売となったデビュー55周年記念シングル「昭和から」について深掘りしていく。
(インタビュー第1弾→前川清デビュー55周年、ヒット曲「東京砂漠」のCM撮影秘話や「雪列車」の作曲家・坂本龍一の“こだわり”を語る / 第2弾→前川清が振り返るヒット曲「ひまわり」プロデューサー・ 福山雅治からの“ダメ出し”「100回くらい歌ったあとに……」)
大人のデュエット「東京シティ・セレナーデ」が人気大!洋楽曲も多数ランクイン
Spotifyの人気曲ランキングからもわかるように、幅広いタイプの楽曲を歌っている前川清だが、梅沢富美男、石川さゆり、藤山直美、チェウニなど同じレコード会社のレーベルメイトや、舞台で共演した俳優などとのデュエット曲がTOP50までに8曲も入っている。中でも人気なのが、川中美幸と歌った第13位の「東京シティ・セレナーデ」。秋元順子「愛のままで…」の作詞・作曲を手がけた花岡優平らしいメランコリックな曲調だが、♪遊びじゃ/冷たい身体/ぬくもらないから と前川が歌ったら、 ♪冷たい身体/あたためて と川中美幸が歌うという、なんとも艶めかしいラブソング。前川のソロ曲には都会的なラブソングが多かったのに対し、近年、幸せ演歌や母を思った歌が多い川中からすれば、かなり意外なナンバーだ。
「これはセクシー路線ですよね。ええ、演歌はエッチな歌が多いんですよ(笑)。美幸さんもご自身の楽曲『二輪草』の自分とは違う女性を演じていて、さすがプロですよね」
ほかにも、石川さゆりとのデュエットは、演歌というよりロマンティックな歌謡曲調のラブソングに仕上がっていたり、梅沢富美男との男性同士のデュエットは、梅沢が谷村新司のように情熱的に歌っていたりと、実際に聴いても期待を裏切らない。こうしたデュエット企画でほかのボーカルとうまく融合するのも、クール・ファイブ(前川がリード・ボーカルとして参加したバンド『内山田洋とクール・ファイブ』)を経験したからなのだろうか。
そして、第48位のジョン・レノン「IMAGINE」を皮切りに、75位まで8曲もの洋楽曲がランクイン。これらはいずれも、2010年代になって原点を振り返るというカバー企画のアルバム『My Favorite Songs』シリーズの第1弾から第3弾に収録されている。
「洋楽カバーは、デビュー前に佐世保の米軍キャンプでさんざん歌ってきました。そればっかり聴いていたので、ここでのオールディーズはほとんどが自分の選曲ですね。ただ、当時は聴いていなかったイーグルスの『Hotel California』(第74位)は通して歌えなくて、少しずつ録音したんですよ。もう二度と歌えませんけど(笑)、とてもいいので、これも聴いてください。
好きな仕事だけしていても、意外と得るものは少ないんですよね。だから今後も、挑戦だけはしていこうと思います!!」
確かに前川は、’70年代には萩本欽一のバラエティー番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジテレビ系)にレギュラー的に出演して三枚目キャラを開花させたし、近年でも、中居正広が司会を務める音楽番組『Momm!!』(TBS系)にトークゲストで出演したり、’22年にはNHK朝の連続テレビ小説『舞いあがれ!』にて島の診療所の医師役を自然に演じたりと、いわゆる演歌歌手の枠を超えた活躍が多い。音楽作品のみならず、テレビ業界全体においても活動の場を広げており、挑戦し続けていることがよくわかる。
前川が推すのは「花の時・愛の時」「おいしい水」。思い入れが深い理由は?
次に、Spotifyのランキング表から、もっと上位になってほしい曲を挙げてもらった。
「16位の『花の時・愛の時』ですね。これは、ソロになってから初めてのシングル(1987年)で、当初はメナード化粧品のCMソングとしてサビの部分だけ作られていたんです。それが、とても洒落(しゃれ)た感じに仕上がったので、最初と最後の部分が作られて、ひとつの曲にしてもらったんですが、オペラ歌手の方が歌ってもよさそうな歌で、難しいんですよ。あまりにも自分のイメージとかけ離れているものをなんとか歌おうとするから、つい力が入ってしまう。でも、これも『恋唄』と同様に、カラオケで歌われる中で広がった気がしますね(インタビュー第2弾参照)。今後このランキングでも、もっと上位に来てほしいけど、必ずしもそうならない。だから、ヒットの世界は面白いんですよ」
「花の時・愛の時」は、当時オリコン最高74位ながら、18週間もTOP100入りしたロングヒット作。大きなヒットではないものの、林部智史や青木隆治などカラオケ高得点系で評判の歌手がこぞってカバーしていることから、いかにカラオケ上級者に愛されてきたかがわかる。さらに、もっと聴いてもらいたい曲を挙げてもらった。
「63位の『おいしい水』(’04年)も上位になってほしいですね。ソロとしては阿久悠先生に初めてお願いした、大好きな曲なんです。まず、都志見隆さんのメロディーがあって、NHKからの帰り道に渋谷のスクランブル交差点で、都志見さんが ♪ラララ~ で歌っているデモテープを聴いているとき、汗をかいたサラリーマンの方たちが上着を脱いで帰宅するところだったんです。それを見て阿久先生に“こういう歌を作ってほしい”とお願いしたら、引き受けてくださって。
歌詞の ♪十字路の迷い子たちよ それはおとな~ という部分は、依頼した僕は背景がわかるんだけど、一般の方にはガツンとこないかもしれない。でも、人々が“おいしい水”という癒しがあるところにたどり着く、温かい視点を書いてくださった。そういった人たちを応援したくて書いてもらった歌です」
前川清の作品は、たとえあまりヒットしていないシングルでも、シングルのカップリング曲やアルバムの収録曲でも、丁寧に作られた作品が本当に多いことがわかる。しかも、本人に尋ねてみたら、それぞれの歌に対する思い入れの強さにも驚かされる。
「僕自身、これまで歌ってきたものがいっぱいあるので、実は今度の新曲(『昭和から』)で、新しい曲を歌うのはひと区切りにしようかと考えています。新曲を作っても、そこまで多くの人に聴いてもらえない。だったら、あと何年歌えるかわからないけれど、アルバムなどに入っている曲を歌い直すということをやっていきたいです。昔に作った曲というのは、その時代の背景もあって、今から同じようにはできないんですよ。作家の方も亡くなられましたからね」
新曲「昭和から」作詞・作曲のさだまさしからの“テレビメッセージ”にビックリ!
ここからは、’23年の元日に発売されたデビュー55周年記念シングル「昭和から」について語ってもらった。本作は、同郷であるさだまさしが作詞・作曲を担当。’95年の「終着駅 長崎」以来となるタッグだが、どのように決まったのだろうか。
「高校の後輩なので、頼みやすいんですよ(笑)。さだやんも、僕のことを“先輩!”って呼んでくれるので。さだやんとは長く親しくさせていただいて、番組で一緒になったときに“俺にも1曲お願いできない?”、“うん、いいよ!”みたいなノリが以前からあって、今回、55周年を迎えたので出すことになったんです」
「終着駅 長崎」は、マイナー調で前川のロングトーンがビシッと決まる感じなのに対し、今回の「昭和から」は、いかにもさだまさしが歌いそうな優しいフォーク調の楽曲で、これを前川が歌うのもとても新鮮だ。
「今回の曲は、まるっきり“さだまさし”の世界ですね。実は、このデモテープを聴いていた夜、12時過ぎにNHKで『生さだ(今夜も生でさだまさし)』が始まったんです。“ああ、忙しいのに作ってくれたんだなぁ”って思って見ていたら、“前川さん、見てる? もし今度の歌、気に入らなかったら全部変えるから連絡して!”っていきなりテレビで言われたんですよ(笑)。そこで、もう絶対にこのまま歌いたいと思いました。さだやんも50周年ということで、力が入っていますからね。
これはレコーディングに3日もかかりました。さだやんが歌ってくれたデモテープが、またいいんですよ。さだやんにも、中島みゆきさんのように(インタビュー第2弾参照)、“ああ、こんな風になるんだ”って言ってもらえたら成功ですね。さだやんの歌もめちゃくちゃすてきなんだけど、そのよさを生かしつつ、いかにそことは離れて歌うかということを考えました。今回、坂本昌之さんに初めてアレンジをお願いしましたが、さだやんの楽曲も手がけていらっしゃるので完成度も高く、とても満足しています」
ちなみに、カップリング曲「思い出は恋しくて、見た夢は儚くて」は紘毅による詞曲で、コンサートのラストで歌われそうな穏やかな楽曲。こちらは前川いわく、クール・ファイブのことが書かれているそうで、「いつまでも 手を貸して」や「いつまでも 手を貸そう」という歌詞と、前川の温かな歌声がハマっている。
最後に、ストリーミングサービスで自身の歌を聴いているリスナーに向けてメッセージをもらった。
「ふだん演歌を聴いていない方や若い方に聴いていただけるのは、とてもうれしいことです。今、ユーミン(松任谷由実)がデビュー50周年で、とても話題になっていますよね。福山(雅治)さんもそうだけど、ふたりとも、いつの時代に聴いても通用するいい歌が多い。演歌ってどうしても、そこまでは広がっていないという気がしていたけれど、こうして多くの方々が聴いてくださっているというデータを見せてもらって、今後の自信になりました。ありがとうございます!」
前川のインタビュー中、何度も感じられたのは、“挑戦し続ける”というスタンスと“謙虚な姿勢”だ。グループとソロで合計29回、NHK紅白歌合戦に出場し、テレビのレギュラー番組も、各地方での演劇と歌謡ショーを組み合わせた舞台も順調なのに、新たなジャンルに果敢に挑戦し、それでいて決して大御所感も見せない。だからこそ、さまざまな化学反応が生まれて、後世に残る面白い作品がたくさん残っているのだろう。ふだん演歌の世界を敬遠しがちな方も、ここでのランキングを参考に、前川清の楽曲を気軽に聴いてほしい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
前川清(まえかわ・きよし) ◎演歌歌手。1948年8月19日生まれ、長崎県佐世保市出身。1969年にグループ『内山田洋とクール・ファイブ』のメインボーカルとして、シングル「長崎は今日も雨だった」でデビュー。「噂の女」「そして、神戸」「東京砂漠」などのヒット作を多数リリースする。’87年よりソロ活動をスタートし、シングル「男と女の破片」がヒットを記録。’02年には福山雅治プロデュースによる「ひまわり」、’17年には加山雄三作曲「嘘よ」をリリース。歌手活動以外にも舞台・テレビ番組への出演など、幅広く活動を続けている。
前川清の芸能生活も55周年目に突入。
本作品は、盟友である、同じ長崎県出身のさだまさしが楽曲を提供した意欲作!
◎前川清オフィシャルHP「前川清にゾッコン!」→https://maekiyo.com/
◎前川清公式YouTube「前川ちゃんねる」→https://www.youtube.com/channel/UCsE_YLa-s_PLNj6KHDa02Kw
◎各音楽配信サービスはこちら→https://