累計発行部数2900万部を突破した『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)、2023年3月にアニメ制作が発表された『怪獣8号』(松本直也)、現在アニメ絶賛放送中の『地獄楽』(賀来ゆうじ)など、Web漫画サービス「少年ジャンプ+(以下、ジャンプラ)」の勢いが止まりません。
そして、同サービスの中でも次のアニメ化が期待されているのが、オカルティック怪奇バトル漫画『ダンダダン』(集英社/龍幸伸)です。
幽霊は信じるが、宇宙人を信じていない女子高校生・綾瀬桃と、オカルトマニアだが、幽霊を信じていない男子高校生・高倉健(オカルン)。ふたりはさまざまな怪現象や不可思議な事件に巻きこまれながら、やがて同級生の愛羅(アイラ)、ジジとともに、奇妙な怪異たちに立ち向かっていきます。高い画力で描かれるアクションは爽快で、軽快なテンポで物語は展開します。
バトルシーンでは主人公たちが超能力や憑依された妖怪の特殊能力を使い、また、敵対(あるいは共闘)する怪異には宇宙人や、都市伝説由来のキャラクター、UMA、幽霊などが登場します。多くの要素が入り交じることから本作は、“ジャンル不在”“ジャンルミックス”と称されることも少なくありません。
ですが原作者は、1970年代に第一次ブーム、1990年代に第二次ブームがあったとされる「オカルト」をモチーフにキャラクター造形や物語を構築しており、不可思議な存在を手当たり次第に取り入れているわけではありません。
この記事では、各年代で語られていた「オカルト」の背景と内容を振り返りつつ、本作の中で現代版に更新され、新しい魅力を獲得したオカルティックなキャラクターたちの特徴を、民俗学の視点も取り混ぜながら紐解いていきます。
現代的にアップデートされたオカルティックな怪異
『ダンダダン』の作者である龍 幸伸(たつ・ゆきのぶ)先生は本作の構想を練っていたときのことを、過去のインタビューでこのように語っています。
《ログライン(作品を一言で表すメモ)を書き溜めたノートがあって、それを読み返していたら『貞子vs伽椰子』が面白いって普通の感想が書いてあって(笑)。「ここから作ってみようかな」という感じで始まりました。》
さらに同インタビュー内で、自身が小学生のころに流行(はや)っていた「オカルト」を作品に取り入れた経緯を語っています。
《もともとオカルトが好きだったかというと、小学校のころ流行ってはいたけど、そこまでではなかったんです。でも、実際調べ始めたらすごく面白くて。「わからないこと」ってけっこう面白かったりするじゃないですか。
オカルトを語る人って、怪談専門、UMA(未確認飛行物体 ※原文ママ)専門とか分かれているんですが、幼いころに見たテレビ番組では全部ひっくるめてなので、自然と幽霊も宇宙人もごちゃ混ぜになりました。》(『日経エンタテインメント』より)
創作のきっかけがホラー映画のクロスオーバー作品だったことや、幅広いジャンルを内包する「オカルト」をモチーフにした流れから、“ジャンルレス”な作品性の基盤が創造されたことは想像に難くありません。
そもそも「オカルト」って?
ここでいったん、龍先生が作中で引用している「オカルト」と「オカルト番組」とは何か、確認しておきましょう。
「オカルト」とは超能力や怪奇現象、霊能力、UFO(未確認飛行物体)、UMA(未確認生命体)といった不可思議で超自然的な現象のことです。1973年刊行の予言本とともに広まった終末論『ノストラダムスの大予言』や、1974年の超能力ブーム、1976年の第一次UFOブーム、1990年の人面魚・人面犬ブーム、2000年代にはスピリチュアルブームなどがありました。
また「オカルト番組」の意味合いについて、『オカルト怪異辞典』(笠間書院)によると、
《今でこそオカルトはサブカルチャー扱いですが、当時はメインストリーム。終末論や神霊番組、超能力、UFO特集など、怪しい番組が当たり前のように放送されていました。》(『オカルト怪異事典』より)
としており、オカルト番組は日本独自の文脈で育まれたものだとされています。
また『オカルト番組はなぜ消えたのか』(青弓社/高橋直子)によると、1970年代は《超自然的・非科学的な〈オカルト〉を真に受けず、真偽をとやかく言わず、とにかく〈見もの〉として提示することを可能にするメディア・フレームが形成》された時代だったと解説しており、70年代当時の番組内では「オカルト」の肯定・否定の対立論争自体が見ものになっていたのだといいます。
『ダンダダン』で、桃とオカルンが自分の肯定する幽霊とUFOについて対立する構造や、桃の祖母がテレビ番組でエセ霊媒師を演じる姿は、それに重なるものがあると言えます。
『ダンダダン』に登場する怪異たち
次に本作でどのようなオカルティックな怪異が登場しているか、振り返ってみましょう。
〇「セルポ星人」
クローン技術で固体を増やす種族で、地球人の生殖機能を研究することを目的に人を誘拐する宇宙人として登場。ひと昔前のサラリーマン像を模したような七三分けの顔立ちが少々不気味なキャラクターとして描かれています。
「セルポ星人」は、アメリカの都市伝説「プロジェクト・セルポ」をもとにしたキャラクターと考えられます。オカルト誌『ムー』と『ダンダダン』がコラボレーションした記事によると、「プロジェクト・セルポ」とは、「1965年に行われたアメリカと惑星セルポの交換留学事業」で「1947年にアメリカのロズウェルに墜落した2機の宇宙船と、生存していたひとりの宇宙人の協力によって実現した」ものとのこと。
このキャラクターの逸話が生まれたのは、スプーン曲げで知られるユリ・ゲラーが来日し、超能力などを取り上げたオカルト番組がテレビで頻繁に放映されていた1970年代の第一次オカルトブームのとき。1976年に「日清焼きそばU.F.O」が発売、1978年にピンクレディーの「UFO」がミリオンセラーを記録するなど、「UFO」をテーマにしたコンテンツが大衆の心をつかみ、楽しまれていた時代です。
〇「ターボババア」
こちらも第1話から登場している妖怪で、かけっこで競走して負けると呪われるという同名の都市伝説が元ネタです。作中では、トンネルに集まった地縛霊を使役して巨大なお化け蟹に変身し、桃とオカルンを追いつめますが、桃の祖母で霊媒師である星子の結界術で、招き猫の中に封じられました。
ターボババアは都市開発で各地に高速道路が建設されていた1990年代に生まれた、近代妖怪です。前出の『ムー』の記事によると、「ターボババア」は地域によって「100キロババア」「ジェットババア」と呼ばれることもある都市伝説のひとつで、出現するエリアによって特徴や逸話は異なります。
本作では招き猫に封印された後、使い魔的な愛らしい姿になっていますが、トンネルでの対決で見せた禍々しい老婆が本来の姿。そのギャップは印象的です。
〇「ギグワーカー」
第21話で登場。セルポ星人に雇われた宇宙人で敵対していましたが、現在は共闘する仲間に。登場時に桃たちと対峙(たいじ)したときは、「キャトル・ミューティレーション」をアレンジした設定を取り入れた展開が見ものでした。
「キャトル・ミューティレーション」とは、1960年代の全米で牛の死体が内臓や血液を失った状態で見つかる怪事件を指します。当時のオカルト的解釈では宇宙人が生物データを収集するためにさらったとされていました。
作中では、ギグワーカーの体液が牛乳と同じで、輸血が必要な病気の子どもがいるギグワーカーに星子が牛を一頭ゆずってやり、救うという展開に。牛の血が抜かれた怪事件が元ネタだと知っている読者の中には、このアレンジにほっこりした人もいるかもしれません。
このように『ダンダダン』では「オカルト」の文脈を引用しつつ、脚色してスタイリッシュに描いています。そのためキャラクターたちは、懐かしい世界観を感じさせつつ、奥行きのある存在感を放つのです。
オカルトと民俗学に見られる共通項
では、『ダンダダン』ではオカルトをどのように描いているのでしょうか。民俗学の分野における価値観を手がかりに考察してみましょう。
まず、当時の「オカルト」が持つ求心力や時代背景を明確にとらえている、ミュージシャンでオカルトマニア(UFOマニア)の大槻ケンジ氏によれば、「オカルト」は風変わりな人たちの癒しや受け皿として機能していた面があったようです。また評論家の荒俣宏氏は過去の文献において、「オカルト」とは「もともと反社会的で超ヒューマニズム的な要素を持って」いるもので、「異端の文化」なのだといいます。
次に民俗学の分野はどうでしょうか。たとえば鬼は、馬場あき子氏の『鬼の研究』(1971年)にもあるように、祖霊や地霊、邪鬼、地獄卒など、宗教的価値観から生まれた怪異だけでなく、放逐者や賤民とされた異端の人々も「鬼」とされていたとしています。社会的弱者や迫害された人々にも着目し、分析されてきた分野です。
イタい趣味とされる「オカルト」に傾倒していたいじめられっ子のオカルンをはじめとするはみ出し者たちが数多く登場する『ダンダダン』には、差別されていた人たちの歴史もすくい取る民俗学と似た価値観が見受けられるのです。
ターボババアが「理不尽な死をとげた少女たちの霊を慰めて回っていた者」として登場したことや、災害を鎮(しず)めるための供物として殺害された不遇な過去を持ち、呪いとなった怪異「邪視」にジジが同情し、歩み寄った描写も同様です。『ダンダダン』では、こうした異端たちにスポットを当て、フラットな協力関係を結ぶ設定が多く取り入れられています。
加えて本作について特筆しておくべき設定は、恋愛の関係性です。桃はいわゆるギャル。愛羅は女子力高めのキャラクターです。そんな彼女たちから健(オカルン)がモテている構図は、以前のよくあるオタクへの態度からすれば、あまりリアリティを感じられないものだったかもしれません。しかし今やオタクへの偏見などは薄まってきた現代。不可思議な怪異たちも、読者が共感を寄せる異端である主人公たちと同様の立場として描かれています。
このように「オカルト」の特性を反映しながら、アップデートした設定が本作のキャラクター造形の特徴でもあり、また、ボーダレスな価値観が『ダンダダン』の最大の魅力である軽やかさを後押しし、“ジャンルレス”と称される作品性を強固なものにしたのでしょう。
(文/石水典子)
参考資料:
◎『オカルト番組はなぜ消えたのか 超能力からスピリチュアルまでのメディア分析』2019/1/29、青弓社
◎『オカルト怪異事典』2021/9/7、 笠間書院
◎『日本懐かしオカルト大全』2017/12/15、辰巳出版
◎『平成都市伝説』2010/10/4、中央公論新社
◎『ダンダダン』1〜10巻 (集英社)
◎『鬼の研究』(ちくま文庫) | 馬場 あき子
◎『日経エンタテインメント』2022.5月号、p.26「最注目作 マンガ家インタビュー『ダンダダン』龍 幸伸」
◎『月刊ムー』オリジナル小冊子(2023.3 | ワン・パブリッシング)