「毒親って聞くと、“命に関わるようなひどい虐待をしている”というイメージがありますが、すべての毒親がそれに当てはまるわけではないんです。そのことを知ってほしいし、今まさに毒親に苦しんでいる方の力になればいいなと思います」
そう語るのは、「毒親の力を借りずに大学を卒業した」という旨のツイートが21万いいねを超え、当時のエピソードを振り返って投稿サイトにつづったエッセイが反響を呼んだ、ゆきこさんです。
思春期のころに母が家を出て父子家庭で育ち、周囲への人当たりはいいが家の中では暴言や暴行を繰り返す父親から、妹とともに暴力をふるわれる日々を送っていたといいます。
虐待の報告数が増加の一途をたどっている現代。2019年度は表面化した事態の通報だけでも19万件に及び、水面下では潜在的な虐待がさらに多いと考えられています。今や社会問題とも言える「毒親」という存在に苦しめられ続けたゆきこさんに、悪夢の日々から脱却するまでを伺いました。
周囲からは「いい親でしょ」と言われ理解が得られない
外遊びよりも家で遊ぶことが好きで、4歳からはピアノを習い始め、本をよく読む文学少女だったというゆきこさん。
衣食住は保証され、習いごともしていて親の世間体はいい。「だからこそ、周りの人や自分自身すらも、異常だと気づけない側面がある」と、ゆきこさんは言います。
「毒親って聞くと、子どもを命の危険にさらしたり、衣食住も与えないみたいな、ひどい虐待をする親だというイメージがあると思うんですけど、私のように、そのあたりは担保されつつも家のなかでは暴言や暴力をふるわれるっていうケースもあります。この場合の毒親は、周囲からは”いい親でしょ”と言われてしまって、理解してもらえないのが問題です」(ゆきこさん、以下同)
子どもだから知識が乏しく、どこに助けを求めればいいのかわからない。児童相談所に相談しても、即座に命に関わる問題ではないぶん相手にしてもらえず、周囲からの理解も得られずに孤立してしまう危険性が高いということを、ゆきこさんは繰り返し主張していました。
馬乗りで首を絞められるも、助けを求められない日々
「私の父親は仕事ができ、世間体も非常によかったものの家では横暴で、食事の味つけひとつで、母親に対して怒鳴ったり暴力をふるったりすることが日常茶飯事でした」
母親が父親の言動によって精神的に病んでしまい、次第に衰弱していく様子を幼いころから間近で見ている中で、ゆきこさんは父親の異常性に、だんだんと気づいていきます。
ゆきこさんが中学生のころ、「このままでは、あなたたちを殺して私も死んでしまうから」と、父親に耐えられなくなった母親が家を出ていきました。
この事態に父親は怒り心頭で、ゆきこさんと妹への態度がさらに悪化していったといいます。
「ビンタだったり、数時間、正座させられたりなどがよくありました。また、2日に1度は機嫌が悪くなるし、“誰のおかげで生活できてると思ってるんだ”、“母親はおまえらを捨てたんだ”というのが口ぐせで、常に言われ続けていました。父に対しては、そもそも何を言っても通じないという感じでしたね」
父親の言動に反抗すると、さらに激昂し態度が悪化。最終的には馬乗りになり、首を絞められたといいます。しかも、それは完全に力を入れているわけではなく、手加減をしている状態だったそうで、ゆきこさんは、なおさら追い詰められました。
「思いっきり絞められて気絶して病院に運ばれたり、跡が残るくらい強くやられていたら、警察にも行けたと思います。けれど、そこまでの力は入れられず跡が残らないぶん、周囲には信じてもらえないんですよね」
さらに、外部に悟られないよう、殴られるときも見えるところにはあざを作らないようにされるなど、ゆきこさんたちが助けを求められない期間は10年以上続きました。
18歳以上の毒親に悩む人々を苦しめる“福祉の空白”
妹とともに、なんとか我慢して過ごし、実家から近い国立大学に進学しましたが、ついに父親の態度に耐えきれなくなり、19歳で家を出ました。父親は玄関先まで罵詈雑言を吐き続けて追ってきたものの、「とにかく今、逃げるしかない」と思ったゆきこさんは、最小限の荷物をまとめて飛び出します。
残りの学費を自分でまかなうため、バイトを始めようと労働契約を結ぼうとしたり、奨学金の申請を試みたりしますが、未成年という理由でさまざまな契約に親の同意が必要なため、思うように進まなかったそうです。
「未成年だと新たに家を借りることもできないし、携帯電話も契約できません。私の場合、携帯電話を父に解約されたので電話番号が使えませんでした。それでも、私は自宅に泊めてくれる友人がいて、そのあと運よく学生寮に入れたし、家を出た母親とも連絡が取れたのでなんとかなりましたが、ほとんどの人が逃げ出せても路頭に迷ってしまうんです」
と、ゆきこさんは訴えます。事実、19歳という年齢は、18歳未満が該当する“児童虐待”や、配偶者や恋人からの暴力を対象とする“家庭内暴力(DV)”にも該当しないため、親から暴力をふるわれても相談できる公的機関がないという“福祉の空白”の存在に苦しめられます。この状態が子どもたちの泣き寝入りを誘発していると、専門家からも問題視されました。
その影響もあってか、2022年4月に法律が改正され、成人年齢が20歳から18歳に引き下げ。福祉の空白に関する問題は多少、改善されたものの、完全な解決には至っていません。
「成人年齢が引き下げられ、18才以降は毒親について弁護士にも相談ができるようになったので、確実に以前よりマシにはなりました。とはいえ、まだまだ充分とはいえません。苦しんでいる被害者をこれ以上増やさないために、声を上げていくべきだと考えています」
毒親からの脱出方法についてまとめた文章を公開して被害者の手助けになる情報を共有し、毒親問題を解決できるよう弁護士を目指すなど、自身の経験をバネに新たな道を切り開こうとする様子が印象的なゆきこさん。
学生寮に入寮してからも、奨学金や学費免除の申請に奔走しながらアルバイトをし、食費を極力削り、なんとか生きながらえる日々だったそう。その後、奨学金の貸与や学費の免除が決まり、バイト代と奨学金とで多少は余裕のある生活が送れるようになったとのことですが、結局、両親からの援助は一切受けないまま、2022年の3月、無事に大学を卒業しました。
インタビュー第2弾では、そんなゆきこさんに「親だから」という言葉の重さや、当事者として虐待に苦しみながら生きる「毒親サバイバー」に向けた言葉を伺いました。
(取材・文/翌檜佑哉)
【参考文献】
◎『毒になる親』(毎日新聞出版刊/スーザン・フォワード著/玉置悟訳)
◎『わたし、虐待サバイバー』(ブックマン社刊/羽馬千恵著)
【INFORMATION】
◎ゆきこさんTwitter→https://twitter.com/kkym_yukiko
◎ゆきこさんnote→https://note.com/fujitoko