「これまで食べたチロルチョコの総数は7000個を越えますね。私の身体の半分がチロルチョコでできています。食べた種類はだいたい700タイプ。それが私の血となり肉となりました」
チロルチョコレートをこよなく愛す女子大生「チロリスト・チロ吉」さんは、そう語ります。
コンビニエンスストアやスーパーマーケットで必ず見かけるチロルチョコ。福岡県の田川という炭鉱の街で産声を上げたこの小さなチョコレートは、今や全国の誰もが知っている国民のアイドル的存在。また、「いつ見ても新商品が出ている」と思うほどリリースのスピードが速い。次から次へと発売される商品には、ときには「こんなものまでチョコにするの?」と、味への実験精神に驚かされるものもあります。チロルチョコはメジャーでありながらどこかアウトサイダーな香りがするお菓子界の革命児なのです。
滋賀県にある成安造形大学でデザインを勉強するチロリスト・チロ吉さんは、チロルチョコの創造性やチャレンジ精神に強く影響を受けました。以来約700種類、総計およそ7000個ものチロルチョコを実食。さらにSNSを通じて日々ひたむきにチロルチョコへの愛を発信し続け、ついに「チロルチョコとの結婚式」まで挙げてしまったのです。そんな彼女に、小さなチョコレートに潜む大きな魅力をお聞きしました。
多い日で50個を食べるほどチロルチョコを愛する
──毎日どれくらいの量のチロルチョコを食べるのですか。
「少なくとも10個ほど。多い日で1日に40から50個くらい食べます」
──ご、50個! 本当に大好物なのですね。
「大好きです。クリスマスカップやハロウインカップなど、いろんな味のチロルチョコがたくさん入った期間限定のアソートパックがあるんです。そういうタイプだと1日でカラにしちゃう場合がありますね。それにチロルは特別なセットにしか入っていないレアものもあるので、食べる経験は私にとってとても重要。見つけたら食べないと二度と手や胃に入らなくなるから」
──なるほど。いま食べないと、もう出合えないかもしれないのですね。チロルは一期一会に近いお菓子なんですね。
「そうなんです。セットを食べ尽くした日は、さすがに自分でもチロッと“今日は愛が強すぎたかな”と思います。でも、食べていて楽しいから止まらない。甘いの、苦いの、酸っぱいの、しょっぱいの、食感がおもしろいのなど、味にバリエーションがあるので飽きないんです。食べるというより、極上のエンタメを体験しているという感じですね」
チロルチョコは憧れの存在。「将来はチロルになりたい」
──チロルチョコを食べない日はあるんですか。
「あるかな……ああ、真夏の出かけている日は結果的に食べなかったケースはあります。持ち歩くと溶けてしまうので」
──やむをえない事情があって食べられなかった、ということなのですね。とても失礼な質問ですが、「ダイエットをしなきゃ」という気にならないですか。
「なりますよ。ダイエットはやっぱり考えますね。日頃から、ごはんを食べすぎないように気をつけています」
──いいえ、そ、そういう意味ではなく、「チロルチョコを食べる数を減らさなきゃ」とか。
「え! チロルを抜くダイエットですか? そんなの考えたことはないです。たとえ、ごはんを食べるのを忘れても、チロルを食べないなんて考えられない。“チロ食べ”は、すなわち私の幸せ。ですので、チロルを食べない理由がないんです」
──たいへん失礼をいたしました。少なくとも毎日10個は食べるチロルチョコは、チロ吉さんにとって、おやつですか。それとも、別のなにかですか。
「おやつ……。う~ん、おやつという感覚はぜんぜんないですね。チロルチョコは私の“人生のエネルギー源”であり、かっこいい、憧れの存在なんです。疲れたとき、悩んだとき、頑張らなければならないとき、これまでどれだけチロルチョコに励まされてきたか。悔しくて泣いた日もチロルのおかげで立ち直れました」
──チロ吉さんにとってチロルチョコは、目標とする偉人のような存在なのですね。
「チロルは、おいしくて安くて手に取りやすい。見てかわいい。身近にいて、みんなに笑顔を届ける存在。いわば、みんなを幸せにしてくれる人物なんです。そういう者に私はなりたい。“将来は何になりたいか”と聞かれたら、“チロルチョコになりたい”と答えます。本気でチロルチョコになれる人生を目指しているんです」
──まるで宮沢賢治の話を聴いているようです。
「確かに私、チロルチョコを人格としてとらえていますね」
チロルチョコのパッケージデザインに心を打たれた
──チロルチョコに関心をいだいたのはいつですか。
「2010年です。私は幼い頃からレシピや手芸など写真がたくさん載っている本がめちゃめちゃ好きで、図書館へ行っては、そういったビジュアルが多めの本を読み漁る子どもでした。そんな私を見た母が図書館で『チロルチョコ official book』(ワニブックス)を借りてきてくれたんです」
──正方形の判型で、装丁自体がチロルチョコっぽくて、かわいい本ですね。
「この本には、これまで発売されたチロルチョコがずらっと載っていて、1つ1つの見た目のかわいさにハマッたんです。“うわー! いろんな絵柄がある。楽しい!”と思って、夢中で読みふけりました」
──はじめはパッケージデザインに惹かれたのですね。
「そうなんです。そしてこの本を読んだあと母とスーパーマーケットへ行ったら、偶然、お菓子売り場に『カステラチロル』という商品が売られていたんです。遠くからでも目にとまりました。だって、チロルが光っていたから。私には本当にそのチロルが輝いて見えたんです」
──おお! かぐや姫がいた竹みたいな。
「そして近づいて実際に手に取って見ると、パッケージデザインがもうかわいくて、かわいくて。自分の好みとドンピシャでした。大げさではなく、その時チロルに心を打たれたんです。そしてすぐさま、“お母さん、買って!”とねだりました」
──出合うべくして出合ったソウルメイトのようですね。
「運命の出合いでした。あの日のことは忘れられない。そして食べたらしっかり、おいしかったんです。“チョコに本当にカステラが入ってるー!”って感動しました。チロルチョコのパッケージやグッズを集め始めたきっかけにもなった味ですね」
──芸術系の大学へ進学したのは、チロルチョコのパッケージデザインの影響ですか。
「そうです。もともとモノを作るのは好きでした。パッケージデザインに心ときめく日々を過ごすうちに、自分もそんな風に、デザインで誰かをワクワクさせられるようなりたいと思いました」
カレーパン味、明太子味……味へのチャレンジ精神に感動
──2010年以降、12年間でチロルチョコを約700種類も食べたそうですが、味は覚えていますか。
「はい。およそ700種類、すべての味を覚えています。1つ1つ、時間をかけて味わいながら食べますから。忘れないように、じっくりと。だから味だけではなく、いつどこで買ったのかもほとんど覚えているんです。お店で見つけてテンションが上がって、家に帰って食べて幸せな気持ちになったその思い出のすべてがチロルだから」
──特においしかったチロルチョコはなんですか。
「全部おいしいのですが、味だけではなくパッケージも最高なのは台湾スイーツシリーズの『レモンケーキ』です。レモンチョコのなかにザクザクのケーキ生地とレモンピールが入っていて、とっても爽やかなお味。めちゃめちゃおいしくて、目の前がぱあっと明るくなりました。同じ台湾スイーツの『マンゴーかき氷』とともに、とにかくパッケージもかわいい。ぜひ復刻してほしいですね」
──「かき氷」をチョコレートで表現するなんて、なかなかの挑戦ですよね。
「そうなんです。チロルは味へのチャレンジ精神がすごい。そして、ひねっているようで、ちゃんとまっとうに“おいしい”のがすてきなんです。食べるエンタメというか、絶対に満足させてくれる。だから新商品が出るたびに狂喜乱舞。気持ちがブチあがります」
──チャレンジ精神を感じた商品は、他にどのようなものがありますか。
「カレーパンでしょうね。カレー味のチョコレートではないのです。あくまで“カレーパン味”なんです。“カレーパンがチョコレートになったら楽しいのに”って誰しも一度は夢見た経験があるじゃないですか。でもそれを本当に実現するなんて。普通はさすがにできないと思いますよね。けれどもチロルは私たちの夢を叶え続けてくれている。それがリスペクトできるところです」
──カレーパン味のチロルチョコ……おいしいんですか。
「おいしいですよ。スパイシーな風味がして、パン粉が入っていて、カレーパンの外側のカリッと揚がったあの皮の部分もしっかり再現していて。“やってくれたなー!”って感心してしまいました。参りましたね」
──カレーパン味のチョコレートを発想するセンスがすごいし、実現する技術力の高さに驚かされますね。
「そうですよね。チャレンジングチロル(※)ですと、他には『ゆず胡椒』『ブルーチーズ』などが酸味もしっかり再現されていてびっくりしました。これだけチャレンジングな商品でもちゃんとおいしく仕上げてやるっていうパッションが素晴らしい。泣けてきますよね。あと、辛子明太子を使う福岡銘菓『めんべい』とのコラボチョコが発想も味も、ともに絶品でした」
※チャレンジングチロル……既成概念にとらわれない発想のチロルチョコ。称賛の気持ちを込めて彼女はそう呼ぶ。
──辛子明太子のチョコ……おっしゃるようにパッションは感じます。けれども、さすがにチョコレートと魚卵は合わないのでは。
「いいえ、いいえ、合うんですよこれが。チョコレートのなかから海鮮の香りがふわっとして、すてきな時間でしたね。チロルの味をつくる担当の社員さん、きっと神の舌を持っているんだろうな」
──明太子とチョコをマッチングするテクニックがあるなら、チロル化できない食べ物はないのではないかとすら思えますね。「こんなチロルチョコがあったらいいのに」と考えた経験はありますか。
「いつも考えています。特に“絶対にヒットするよ”と思ったのがビーフシチューです。ビーフシチューってチョコ化したらきっとおもしろいはず。でもある日、テレビでチロルの特集があって、没ネタのラインナップにすでにビーフシチューが入っていたんです。“ああ、没になっちゃっていたのか……”って。自分がいいなと思うアイデアは、とっくにチロルの社員さんが考えていらっしゃるんですよね。私はまだまだ甘いな」
ついにチロルチョコとの結婚式を挙行
──チロ吉さんの刮目(かつもく)すべき点は、チロルへの愛をアートやデザインで表現しているところにあります。そういえば、チロルチョコが主催したコンテストで受賞されていましたね。
「はい。普通のチロルチョコの24分の1サイズという小さな“プチロル”を活用して遊ぼうっていうキャンペーンのコンテストがあって、金賞をいただきました。私と、私が会長を務める成安チロルチョコ同好会の共同制作です。300カットくらいコマ撮りましたね。冬だったので手が凍えてたいへんでしたが、社員さんからのコメントがうれしくて、うれしくて」
──チロルチョコへの愛がないと、このコマ撮りアニメーションはつくれないですね。愛と言えば、チロ吉さんはついにチロルチョコと結婚式まで挙げていましたね。“ここまでするのか!”とたまげました。
「私が生きるためのエネルギーの源になってくれたチロルにありがとうの気持ちを伝えたくて。そしてチロルをきっかけに進んだ大学4年間の卒業制作として『チロル・チョ婚』を催しました。私にとってはこの4年間というだけではなく2010年からの12年間の集大成という気持ちでした」
──このインスタレーションには、どれだけのチロルチョコのパッケージが使われているのですか。
「ドレスにはチロルチョコ約800個。会場装飾には5200個以上のパッケージを使いました」
──計約6000個ですか。これまで食べてきたチロルチョコに近しい数で、まさにチロ吉さんの12年間の集大成ですね。
「チロル・チョ婚の“チョ婚”には『チロルがちょこんとそばにある人生』という意味もかけたんです。集大成という意味だけではなく、これからもチロルとともに人生を歩みたい。それを宣言するためのセレモニーでもありました」
──そんな祝いの席に水を差すようで心苦しい質問なのですが、これってチロルさんの許可はおとりになっているのですか。
「もちろんです」
──チロルチョコの公式Twitterアカウントが結婚式に祝福の言葉を添えてリツイートしていたのも、心が広いなと感じました。企業によっては「やめてくれ」と言ったり、怒ったりするところもありますよね。
「寛容に見守ってくださっていて、感謝の気持ちでいっぱいです。結婚式の許可をとるとき、そして無事に終わったことを連絡したときも、長文の温かなメッセージをいただきました。寛大な対応で、本当にありがたいです。ますますチロルが好きになりました」
──卒業後はデザイン関係に進まれるのですか。(編集部注:取材は2022年3月の卒業以前に行われた)
「はい。もしもチロルチョコの求人があったなら、入社試験を受けたかったですね。でも、いつかデザインや広報などでつながって、チロルの魅力を伝える人になりたい。それが私の夢です」
──わが人生に悔いなし、ですね。
「そうですね。悔いがあるとするならば、もっと早く生まれたかった。チロルチョコは昭和37年(1962年)に生まれました。記念すべき1作目のミルクヌガー味が発売されて今年で60周年なんです。私はチロルが歩んだ歴史の5分の1しか知らない新参者。それを悲しく思うときもあります。60年前に生きていて、初めて発売されたレジェンドチロルを味わってみたかった。それが心残りなんです」
チロルチョコの製造元である松尾製菓の三代目であり、企画・販売を主とするチロルチョコ株式会社を設立した現会長の松尾利彦さんは著書『チロルチョコはロックだ!』(幻冬舎)において、「ブランドづくりはマーケティングからではなかった」「チロルチョコはロックな自分を表現する唯一の手段、楽しみであった」と記しています。
中学時代にビートルズやポップアートの旗手アンディ・ウォーホルに影響を受け、CMソングにはロックを、パッケージデザインに現代美術を採り入れた松尾氏。お菓子の既成概念を覆し、驚きを提供し続けたそのスピリッツは、デザインを志すひとりの女子大生に、しっかりと届いたようです。
(取材・文・撮影/吉村智樹)