この先どんなふうに働き、どのように人生を歩んでいけばいいのだろう。
コロナ禍をきっかけに、自分のキャリアや人生について改めて見つめ直してみたという方は多いのではないだろうか。リモートワークがしやすくなったからこそ、住む場所や働く場所も選択肢が増え、より「自分らしく生きる道」を選びやすくなっている。
一方で、“大手に行くべきだよ”、“〇〇業界はやめときな”、“安定を選んだほうが絶対いい”……自分らしく生きる道を選びやすい現代でも、キャリアに対する固定観念や風潮はいまだに存在する。「自分らしく生きる」ことへのハードルは、昔と比べてもそこまで変わっていないのかもしれない。
今回の取材では、「自分らしく生きる」を体現し、さまざまな生き方・働き方を紹介する求人サイト『日本仕事百貨』の創業者であるナカムラケンタさんにお話を伺った。取材では終始、自然体で、飾らずにありのままをお話しいただいたナカムラさん。私たちがナカムラさんのように自分らしく生き、働くためのポイントはどこにあるのだろうか。
意識するのは「根っこ」の価値観
伝統芸能・伊勢大神楽の「大神楽師」、1800年続く神社の「神主見習い」、「サバを育てる温浴施設」の支配人……。
『日本仕事百貨』の取材記事を眺めていると、こんなにも多様な仕事があるのかと、いつも新鮮な驚きに包まれる。自分らしい生き方・働き方を求めて多くの人が訪れるこのサイトは、求職者だけでなく、読みもの好きにも愛されている。
なぜなら、このサイトは単なる求人サイトではなく取材記事を通じて、“企業と人を結びつける求人サイト”だからだ。
求人サイトといえば、企業のよい部分ばかりにフォーカスをあてた求人情報をイメージするだろう。だが、『日本仕事百貨』はそのイメージとは一線を画している。なぜなら、企業のよいところも、人によって評価が分かれる部分も、隠さず記事の中に“描く”からだ。
企業目線だけではなく、求職者が本当に読みたい記事を描く。求人サイトとしては珍しいこのポリシーは、創業当時から徹底してきたことだと、ナカムラさんは語る。
「求職者がその会社に入ったとき、イメージに相違がない記事をつくりたいんです。
企業のありのままを描くためにも、取材では会社の未来やビジョンの話を引き出すよりも、過去のエピソードから導き出せる大本の価値観、木で例えるなら“根っこ”の部分を求めて話を聞いています。いい取材ができると、思いついたままのエネルギッシュな言葉がたくさん出てくる。そういう言葉を引き出せるよう、リラックスして安心してお話しいただけるような雰囲気づくりはいつも心がけていますし、企業の根っこが見つかるまでは粘り強く取材しています」
取材で聞くという過去のエピソードも、単に「こういうことがあった」と出来事だけを聞くのではない。経営者やプロジェクト担当者などから、その行動レベルまで具体的に話を聞くことで、根底に流れるスタンスのようなものをとらえるのだという。
もし、そのスタンスが「人によって評価の分かれるもの」だったとしても、それを隠すことなく記事にする。
例えば、『日本仕事百貨』で以前取材したというコーヒー豆のダイレクトトレードを手がけるベンチャー企業は、コアな価値観として“行動すれば、どうにかなる。どうにかする。”というものを持っていた。困難な問題が発生しても、力を合わせ、夜遅くまでかかるとしても解決を目指すという社風。そんなベンチャー企業らしい熱い価値観は、大きく共感できる人もいれば、そうでない人もいる。それでもナカムラさんたちは、この“どうにかする”という姿勢を記事の軸として盛り込んだ。
「仕事に求める価値観は、人によって千差万別だと思うんですよ。だから、その企業の根っこだというものが見つかれば、飾らずに隠さずに、記事の中に書いていきます。企業が大切にする価値観に共感する求職者が来てくれてこそ、良いご縁につながると思っています」
週6日も通っていた中目黒のバーがアイデアの源泉
そもそも、このような求人サイトの構想は、週に6日も通うほど気に入っていた中目黒のバーで思いついたものだった。
「幼少期から転勤族だったこともあり、“良い場づくり”への想いが人一倍強くて。大学院を卒業したあとは不動産会社に就職しました。いろいろな経験を積ませてもらい、本当にいい会社だったのですが、一方で漠然と“このままだと後悔するかも”と今後のキャリアにモヤモヤした気持ちを抱えるようになりました。
そんな中、近所のバーに定休日以外はほとんど通っていました。ある時ふと、“こんなに通うなんてよっぽどだな”と、通い詰める理由を考えてみたんです。そうしたら、私はバーのお酒や食事、お店の雰囲気よりも、本音で話せる店主や常連客に会いたくて通っていることに気がついて。仕事で考え続けてきた良い場づくりには、“人”が大切な要素であるとわかったのです」
それまで不動産業界で良い場づくりに挑んできたナカムラさん。その事実に気がついたことで、これまでとは全く異なる“人と場所をすれ違いなく結びつけ、良い場をつくる”アプローチとして、求人サイトの運営にたどり着く。
あこがれの仕事ではなく、「しっくり」となじむ仕事
しかし、この取り組みを始めようと考えた当初は、周囲の多くの人に反対されたという。
「日本仕事百貨のアイデアを説明しても、だいたいの人に理解してもらえなくて。会社でいちばん信頼できる人に相談しても、“無理だからやめたほうがいい”と言われてしまったんです。そのとき、誰かを説得するよりも、自分で始めてしまったほうが早いと感じました。それで、最初は個人事業主としてサイトの運営を始めました。どうやってお金を稼ぐかは……あまり考えてなかったですね」
周囲の反対といった困難に遭遇しても、今日まで『日本仕事百貨』を続けてこられたのは、自分のアイデアへの自信と、取材して記事にするという仕事に“しっくりとなじむ感じ”があったからだった。
「はじめてサイトを立ち上げたときは、掲載料はもらわずに取材をしていました。ただ、実績も少ないサイトに求人を載せることを嫌がる方も多く、自分も取材して記事にすることは未経験。“こんな文章でよく仕事ができるな!”と、お客様に怒られることもありました。
それでも15年続けられたのは、この仕事をしているときの自分がしっくりときたから。仕事の選び方もいろいろありますが、あこがれて就く仕事って、実際にやってみると意外とイメージとのギャップが大きいことも多い。恋愛でも、熱烈に恋焦がれる人よりも、背伸びせずに一緒にいて楽な人のほうが長続きします。私自身、我慢強く何かを続けられるタイプではないんですよね。だから、“やっていて苦ではない”ことを仕事にするという観点も、大切なのではないでしょうか」
焚火の前なら、かしこまらなくて済む。ありのままの合同企業説明会
やっていて苦ではない、自分らしく働ける仕事を、あくまで自然体で“生きるように”手がけていく。ナカムラさん自身が体現し、求職者にも届けたいこの価値観の源泉は、幼少期にのびのびと育てられたことにあった。
「自分の子どもを見ていて、よく思います。私の小さいころに似ているなあと(笑) 。私も息子のように、制限されることが嫌いで、自由でありたいタイプでした。アグレッシブに動くというか。今でこそ少し落ち着きましたけど、若いころはその感じが強かったと思いますね。やりたいことに近づいて、もっと自由になりたいと思っていました」
自由に、自然体に、ありのままに。この価値観を体現する採用イベントも、日本仕事百貨では実施している。『かこむ仕事百貨』という、焚火を囲んだ合同企業説明会だ。スーツを着てかしこまるのではなく、北軽井沢のキャンプ場で、焚火を囲みながら普段着の企業担当者と求職者が場を共有するという異色のイベント。本音を語りづらい現在の就職・転職イベントに風穴をあけたかったのだという。
「説明会って本来は企業や人がありのままにつながれる場であるべきなのに、現状ではお互いがかしこまっているように感じます。オルタナティブなものをつくりたくて始めたのが、このイベントなんです。焚火があれば、ぼーっとしていてもいい。きちんと落ち着いて、その人のペースで話せますから、企業と人が自然体で関係性を育みやすいんです」
最後に、キャリアに悩む多くの方へのアドバイスを聞いてみた。
「そうですね……自分の子どもがキャリアに悩んでいたとしたら、いろいろな人と話しなさいと伝えると思います。義務教育から高校、大学、会社と社会に敷かれたレールのままに生きていくと、どうしても似たような人としか関われないんですね。
でも、運転免許を取りに行ったり、成人式に行ったり、横丁で飲んだりするとわかるように、社会には本当にいろいろな人がいます。そういう人たちを知ることで、どんなふうにでも生きていけそうだと勇気が湧いてくる。多様な人と出会って、いろんな場所に飛びこんで、自分の世界を広げてほしいです。おすすめは……近所に通えるバーをつくることですかね(笑)」
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)