『らんまん』第11週、舞踏練習会発足式で高藤(伊礼彼方)は寿恵子(浜辺美波)にフラれ、妻・弥江(梅舟惟永)に「みっともない!」と一喝された。寿恵子には「どうして生まれ変わらなければいけないんですか?」と追及され、弥江からは「この国の行く末を描くのに、女の考えを聞こうともしない」と見破られていた。「不平等条約を撤廃し、わが国が他国へ出ていくのです」と侵略志向を露(あら)わにすると、ダンス教師・クララがすかさず異議を唱えた。
マッチョ思想にノーを突きつける女性たち。脚本の長田育恵さんの決意が伝わってくるシーンだった。エンジン全開で、女性の真っ当さを描く。そんな意気込みに満ちていた。が、それだけで済ませないのが、長田さんの上手なところ。女性の強さを見せたのち、男性という「高い壁」を描いてみせる。そう、東大教授の田邊(要潤)だ。
彼の本性が見えてきた。度外れた図々しさ。自他ともに認める自己中心主義者。そこで五分の戦いを見せているのが万太郎(神木隆之介)だ。まっすぐで、物おじしない“おぼっちゃまパワー”が、彼を五分に戦わせている。だが、やっぱり田邊が一枚上手では。そう思わせるのが、舞踏練習会発足式のシーンだった。
女性たちが全員退出してしまい、男性たちは多少うろたえていた。「夫人を同伴せねば、一等国と見なされません」とトンチンカンに引き留める人もいた。そこに聞こえてきたのが、「フッフッフ」という笑い声。「何がおかしいのですか、教授」という声で、田邊とわかる。アップで、こう言う。「やはりこの先、女子への教育は急務だと」。余裕しゃくしゃくだった。
田邊教授が抱く、女子教育への野心
田邊は以前、政府の役人らしき人物から「今度開校する御茶ノ水の高等女学校」の校長になればよいとすすめられていた。きっと引き受けるであろうその役職で、どんな「女子への教育」をするつもりか。彼の台詞を本音に翻訳してみる。「男に口答えをする女がこんなにいるのでは、女子の精神を叩き直さねば」。55話を見ていた全女性が、きっと同意してくれるはずだ。
11週の田邊を見ていて思ったのは、出世する男ってこういうヤツだよなーということだった。万太郎が中心となって作る植物学会誌について、「水準に達していれば、認める。そうでなければ、1冊残らず燃やさせる。無論、金も出さない」と言い切る。刷り上がり、よい出来だと知るや、「私が雑誌を思いついたからこそ、こうして形になったわけだ」と堂々と言う。
思いついたのは万太郎だとみんな知っているから、微妙な空気になる。すると「学会誌にしようと言ったのは私だろう」。万太郎が「そのとおりです」と答えると、「私が雑誌作りを許したおかげで、こうして見事、作ることができたじゃないか」と肩を叩く。「私が雑誌を思いついた」はウソだが、そこから微妙に修正して、最後は万太郎から「ほんまにありがとうございます」という言葉を引き出す。田邊の剛腕さが、全員の印象に残る。こういう図々しさが出世街道の必須アイテムで、この人はそのうち、雑誌を思いついたのは自分だと本当に信じるようになるだろう。
田邊って社長になるかは別として、専務くらいはなるだろうなー。そんなふうに私が思ったのは、長かった会社員生活でかなりのサンプルを得たから。田邊はすでに政治力がものをいう世界の住人だろう。そちらにはそちらで予見できないことが待っているに違いないから最後の最後はわからない。だけど、かなりの線まではいくだろう。だから彼のパワーがあれば、寿恵子や弥江、クララの真っ当さなど平気で踏みにじる「女子教育」が実現してしまう。そう想像できて、無念さを先取りさえしてしまう私だ。
田邊と互角に渡り合う万太郎。その一方で徳永助教授は…
ところで、万太郎が五分の戦いをしていると書いた。田邊との交渉をうまくやってのけていたのだ。研究室にあった未分類の標本を4か月で整理し、名前のわからないもの、つまり新種かもしれないものをロシアに送る。そこに自分が土佐から持ってきた標本も加える。その許可を得たのだ。そこで万太郎、田邊をこう定義していた。「核心はただひとつ。教授に利があるかどうか」。田邊も「exactly right」と認め、「君と私は似ている」と言っていた。
学会誌が完成し、そこに自分の名前と植物画が掲載されることが、万太郎にとっての「利」。田邊は出来のよい雑誌を「自分由来」だと周囲に喧伝することが「利」。だから万太郎は、「雑誌を思いついた」ことは田邊に譲った──。ここまでのところは五分と五分だが、かなりきわどい戦いだ。最後は「権力」の有無で勝負が決まる。そんな気がするのも、長かった会社員生活ゆえだ。
心配なのが、助教授の徳永(田中哲司)だ。万太郎の標本をロシアに送るのはおかしいと騒ぎ立てながら、「出来が悪ければ燃やす」という田邊の言葉に動揺し、「学生と年の変わらぬ者に、すべてを負わせるのはいささか」とつい口にする。「矛盾のかたまりだな、君は」という田邊の言葉はそのとおりで、こういう根は善人なのに出世も諦められない人がいちばん苦しい。
などと思うのも……と、繰り返しになるのでやめる。『らんまん』11週は「組織と人間」の授業みたいだった。あー、12週、万太郎&寿恵子の結婚が待ち遠しい。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。