「サメ」という生き物は、なぜあんなにも魅力的なのだろう。他の魚類にはないサイズ感とスリリングさ、あまり明かされていない生態。考えてみれば、こんな何十年も映画の主役であり続ける生き物は他にいない。
そんなサメの魅力を「シャークジャーナリスト」という立場から広めているのが沼口麻子さんだ。自著「ほぼ命がけサメ図鑑」(講談社)は2万3500部の大ヒット。自身が運営するオンラインサロン「サメサメ倶楽部」は毎回満員御礼。趣味は「サメのいる場所でのダイビング」、特技は「出刃包丁でサメを解剖すること」という、まさに混じりっけなしの”サメオタク”だ。
今回はそんな沼口さんに「ここまでサメにハマった理由」「知られざる海洋学部のマニアックすぎる日常」などについて聞いた。
ピラニアの飼育に全力を投じた中学生
──沼口さん、今日はよろしくお願いします。
「はい。よろシャークお願いします」
──サメ愛が伝わる挨拶、見事です(笑)。シャークジャーナリストというお仕事はおそらく世界でただひとりだと思いますが、普段はどんな活動をしているんですか?
「みなさんにサメの魅力を伝えることを目的にいろんなお仕事をしています。サメにまつわる書籍・記事執筆とか、メディアへの出演、あとはオンラインサロン『サメサメ倶楽部』の運営、専門学校での講師もしています。
そのために自分でダイビングをしてサメを見たり、ときには解剖したりもします」
──野生のサメと普通にダイビングをしているのがすごいです。なかなか、サバイバルなお仕事というか。
「そうですね。命がけのこともありますが、やりがいや達成感があって楽しいです。活動を通してみなさまのサメ知識・理解が深まればうれしいな、と。私は“シャーキビリティ”って呼んでるんですけど」
──私はまだまだシャーキビリティが低いのですが、そもそもサメのどこに、そこまで惹(ひ)かれたんでしょう。小さいころからお好きだったんですか?
「小学生のころはサメというより、生き物全般が好きでした。ザリガニ、メダカ、あるいは昆虫などを捕っては家で飼うような子でしたね。家族での外出も、水族館や動物園に行くのが大好きだったのを覚えてます」
──まさに今の活動に通ずる小学生時代ですね。
「そうですね。男の子と間違われることもあったり(笑)。その後、中学生になって熱帯魚屋さんに通いはじめました。それでクリスマスプレゼントに待望のアクアリウムセットを買ってもらったんですよ。
75cm幅のアクリル水槽だったのですが、飼う魚を選ぶために、小学6年生から地元の東京・練馬から池袋にある熱帯魚屋さんを全て巡ることを日課としていました。熱帯魚飼育経験ゼロの私でも安定した長期飼育できる魚はどれだろう、と。
熱帯魚飼育の関連本は全て読んで、魚種の選定にはかなりの時間をかけましたね。例えば水質変化に敏感な魚種は初心者にはハードルが高いし、水槽よりも大きく育つものや高価な魚、海水魚も難しいと判断しました」
──たしかに。ちなみに制約なしだと、何が欲しかったんですか?
「熱帯魚屋さんに10センチくらいのピラルクの赤ちゃんがいて、すごく欲しかったですね。毎日毎日熱帯魚屋さんに通って見つめていました。世界最大の淡水魚で大人になったら3メートル以上まで成長するというのがこの上なく魅力的で(笑)」
──一般家庭ではまず飼育できないサイズの魚ですね(笑)。
「そう。でも実際、いま軽い気持ちで飼ってしまって最終的に多摩川に放流してしまう方も増えています。多摩川は外来種が増えて”タマゾン川”と呼ばれているくらい。だから安易な大型魚の購入は環境破壊にもつながることにもなるので絶対NGなんです」
──え~、知らなかったです。沼口さんとしては、当時から巨大な魚に対する魅力を感じていたんですか。サイズ感としてはサメと共通するものがありそうです。
「そうですね、当時はサイズの大きさに魅力を感じたんだと思います。育てる際のハードルが高いほど楽しい、という感覚もあったと思います。
でもすごくいい店員さんで、そうならないように私にピラルクを売ってくれなかったんですよ。それで悩んだ結果、池袋でピラニア・ナッテリーの赤ちゃんを買いました。350円くらいだから中学生でも買えたし、水質にもあまり敏感ではなく、成長しても30センチくらいにしかならないことが初心者向きだと思って」
──ピラニア! 一般には人を食べるイメージがあって、ちょっと怖いかも……。
「そうですよね。でもピラニアっておもしろくてすごく臆病なんですよ。エサ用のメダカや金魚を与えても、私が近くにいると絶対に食べない。そんな姿も含めて、飼っていておもしろかったですね。
結果、8年間ほど生きてくれたので、長期飼育は成功でした。中学時代はピラニアに全力を投じていたかもしれない(笑)」
――沼口さんとしては、当時から巨大な魚に対する魅力を感じていたんですね。サイズ感としてはサメと共通するものがありそうです。
人間関係に悩み、生き物を愛(め)で続けた幼少期
──生き物を飼うおもしろさについては友達と共有していたんですか?
「それが、小・中と学校で友達ができなかったんですよね。人間関係にはずっと悩んでいました。だから生き物を飼うのは自分だけの楽しみでした。ひとり遊びのプロというか(笑)」
──「ひとりで楽しめる強さを得た」ともいえますね。ちなみに生き物以外にハマっていたことはあるんですか?
「いえ、習い事もしていたんですけど、夢中にはなれなかったです。ただ友達が欲しくて自分で見つけた新聞広告の劇団オーディションを受けて、テレビのエキストラの仕事をやっていたことはありました」
──え! そうなんですね。びっくりです!
「例えば学園ものの現場って、カメラが回っていなくても演者のみなさんが仲良しのクラスメイトという雰囲気なんですよ。それを横目に、私もこんな学園生活を送れたらどんなに楽しかっただんろうと脳内でひとり楽しんでいました(笑)」
──(笑)。
「あとは、同じ劇団で馬に乗って時代劇に出ている男子がいて、それがうらやましくて乗馬を始めたこともありました」
──そこでも「乗馬」という動物関連のほうに興味があったのがいいですね。
「そこはブレなかったですね。馬は大きくて魅力的な生き物で。それから高校1年生のとき“アフリカのライオンの写真を撮りたい”と思って親にチケットを買ってもらい、ひとりでジンバブエに行ったこともありました」
──それもすごい経験ですね。高校生でそんなサバイバルな空間に……。
「そうですよね。アフリカの広大な土地で過ごしたら“人間関係で悩むのなんてばかばかしいな”と思えたんですよ。“同じクラスの子なんて、家が近所で偶然会った人ってだけじゃん”って。当時の私は、学校が全世界だと思っているくらい狭い世界で生きていたので、気持ちがすごく軽くなりました。
その結果、人間関係の悩みが解消されて“高校生からはどんどん飛び込んでいこう”って。それで高校で生徒会長になったんですよ」
──それまた、すごい行動力ですね(笑)。ピラニア、馬、ライオンといった生き物が人生の転機になっていたんですね。
「誰もやらない”隙間のポジション”に入るのがうまいんだと思います。生徒会長とか誰もやりたくないじゃないですか(笑)。
生徒会長になったら、何をするにも私の許可がいるので、自然と会話が生まれて友達もできていきました。思えば、このときにも動物がきっかけで悩みが解消されたんですよね」
「授業中、常に誰かが濡れている」知られざる海洋学部の日常
──動物愛、思い切って飛び込む力、空いているポジションを見極める力をここまで伺って、「すべて沼口さんのお仕事につながっているなぁ」と思いました。
「そういわれると、確かにそうですね」
──サメとは大学で出会うんですか?
「はい。生き物が好きだったので静岡県の東海大学・海洋学部に進学しました。そこで『水族応用生態研究会』という、もう魚が好きな人の中でも特にオタクしか集まらないようなサークルに入りまして……(笑)」
──(笑)。
「海洋生物を素潜りで獲り、自宅で飼育して学園祭で水槽・標本展示するのが主な活動なので、毎日のように素潜りをして“何が獲れたの?”と成果を見せ合っては盛り上がってましたね。早朝に海に行くと、一限の授業までに着替えが間に合わなかったりして、“授業のとき常に誰かが濡れてる”のが日常の風景でした。
それまで生き物を観察する楽しさをほとんど共有できなかったんですが、サークルには私と同じような人がたくさんいた。それがすごく心地よかったんですよ。
私の部屋も8畳にベッドと水槽が10本ある感じでした。でもサメなど大きな魚を採集したときは水槽に入らない……だから浴槽を使うんです。“サメを飼っていて、お風呂に入れない”という人が普通にいたり。みんな生活より魚を優先するくらいな仲間たちでした」
──すごい世界だ……。もう全員が魚に夢中なんですね。
「すごく楽しかったですね。そんななか卒論のテーマを考える時期が来るんです。1年という限られた期間なので、どの魚を研究するかが非常に重要になってきます。サンプリングしやすいとデータを集めやすいので、個体数が多くて、比較的小型の魚種をテーマにする同級生が多かったです。
でも私は魅力を感じなくて、もっと大きい生物を研究対象にしたかったんです。初めはクジラのストランディング(※)にも興味が湧いたんですが、1998年当時“女性は足手まといになる”という理由で、捕鯨船にすら乗せてもらえなかったんですよ」
※何らかの理由でクジラが座礁したり浜に漂着してしまう現象。
──なるほど……。いま考えると、古い感覚ですね。
「そう。それでクジラは諦めて、テーマ選びに迷っていた大学3年のときに、小笠原諸島の『父島』に行く機会があったんですね。
そこで潜ったときにシロワニというサメが、2メートルくらいの距離まで来たんですよ。自分の身体より大きなサメに初めて出会ったこともあって、すごく感動したんです。それで“サメを研究したい”と思いましたね」
──そこで「やろう」と前向きに思えるのがすごい。普通は「怖い」が勝っちゃいますもん。
「恐怖よりも好奇心のほうが勝ったんです。小笠原のサメの研究は進んでいなかったので、これだ! と思いました。
何より現地でサメを研究する学生が他にいなかったので“ひとりでやれる”というのもよかったかもしれません」
──幼少期に得た”ひとり遊びを楽しめる能力”が発揮されたわけですね。
◇ ◇ ◇
後編では、絶滅の危機に瀕しつつも研究がなかなか進まないサメの現在地を聞いた。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)