さぁ「どうぶつフムフム事典」の恒例行事(?)、クイズの時間がやってきました。白いマロ眉に、もふもふでしましまの長いしっぽを持ち、器用に竹やリンゴを握って食べる、ぬいぐるみのように愛らしい動物園の人気者といえばどの動物でしょうか? ……今回のクイズでも、多くの方が「レッサーパンダ」と答えてくれたことと推測します。
今回は元飼育員の筆者が、国内の動物園におけるレッサーパンダの血統管理を担う、静岡市立日本平動物園(以下、日本平動物園)の飼育スタッフさんに取材をしてきました。よく見かけるけれど意外と知らない、レッサーパンダの“フムフム”に迫っていきましょう!
分類:食肉目レッサーパンダ科
生息地:ブータン、中国、ミャンマー、インド、ネパール
大きさ:体長・50~60cm、体重・5~6kg
レッサーパンダの「レッサー」ってどんな意味?
レッサーパンダは食肉目レッサーパンダ科レッサーパンダ属に分類される動物です。レッサーパンダ科の動物は現存のレッサーパンダ以外すべて絶滅しており、レッサーパンダ属はレッサーパンダの1属1種(2亜種)だけで構成されています。
そんなレッサーパンダの「レッサー」とはどんな意味なのでしょうか? 英語で表すと、“より小さい”という意味がある「lesser」、つまり「(より)小さいパンダ」という意味が込められているのです。
レッサーパンダは1825年ごろに西洋の博物学者に発見され、そのときは世界で唯一のパンダだと考えられていました。しかし1869年にジャイアントパンダが発見され、以前から知られていたパンダは「小さいパンダ」=「レッサーパンダ」と呼ばれるようになったのです。
なおパンダの語源は“竹を食べる者”という意味がある、現地の「ネガリャポンヤ」という言葉だとされています。ポンヤがなまっていくうちに、いつの間にかパンダになった……というのが通説のようです。
ちなみにレッサーパンダは別名「レッドパンダ」(Red Panda)と呼ばれていて、海外ではレッドパンダと呼ぶほうが主流です。
ジャイアントパンダとの違いは?
それではレッサーパンダとジャイアントパンダにはどんな違いがあるのでしょうか?
ジャイアントパンダは「食肉目クマ科ジャイアントパンダ属」に分類される動物で、中国の四川省、甘粛省、陜西省に生息しています。
レッサーパンダとジャイアントパンダはどちらも肉食動物の体を持ちながら竹の葉を主食にしていること、竹をつかむために前脚に6本目の指といわれる出っ張りがあること、歯の形が似ていることなど多くの共通点があります。
しかしレッサーパンダは食肉目レッサーパンダ科の動物であり、分類という観点から見るとジャイアントパンダとはまったく異なる動物なのです。このようにまったく違う動物であるにもかかわらず、似たような形質に進化することを「収斂(しゅうれん)進化」といいます。
レッサーパンダはどんなものを食べているの?
レッサーパンダは雑食性の動物で、竹の葉を主食にしています。野生では小型のほ乳類や鳥類、卵や昆虫などを食べることもあります。
ただし食肉目に分類されるレッサーパンダの体は肉食動物に近く、本来は植物を食べることに適していません。そのため植物を食べると、うまく消化できないというジレンマを抱えています。実際レッサーパンダの糞には、竹や果物の形がまるっと残っていることも多いです。
日本平動物園では竹の葉(毎日1頭あたり約1kg)を主食に、多い順からリンゴ、ペレット(固形フード)、ニンジン、粉末状にした竹のヨーグルト、オレンジ、ブドウ、さつまいも、ビタミン剤を与えているそう。
なぜ2本足で立てるの?
レッサーパンダというと、後ろ脚で立ち上がる千葉市動物公園の「風太」くんを思い浮かべる人も多いはず。なぜ、2本足で立てるのでしょうか?
実は動物の歩き方には足先だけが地面についてかかとが上がっている「指行性(趾行性)」(しこうせい)、足先からかかとまで足裏すべてが地面に触れている「蹠行性」(しょこうせい)、蹄(ひづめ)を地面に付けて歩く「蹄行性」(ていこうせい)の3つのパターンがあります。
レッサーパンダの歩き方は私たち人間と同じ蹠行性であることに加え、長いしっぽでバランスを取れるため、安定して立ち上がることができるのです。なおレッサーパンダは立ち上がることでやわらかい竹の葉を探して食べたり、周囲を警戒したりしています。
日本平動物園のレッサーパンダ担当の飼育スタッフさんに、「特に見てほしいところはありますか?」と聞いてみました。
「レッサーパンダは体の大きさに対し、1日に食べるエサの量がとても多く、他の動物に比べて食べている姿を見る機会の多い動物だと思います。2本足で立ち、器用に竹をつかんで食べる姿はレッサーパンダの進化が凝縮された姿でもあります。また、とても一生懸命で幸せそうな姿でもあります。細い枝を渡る身体能力や、寒さから身を守るため全身フワフワな毛が生えているところなど見どころは多いのですが、エサを食べているときの幸せそうな姿がいちばん見てほしいところですね」(飼育スタッフさん)
レッサーパンダは、実は2種類いるって本当?
本当です。あまり知られていませんが、実はレッサーパンダには「シセンレッサーパンダ」と「ネパールレッサーパンダ」の2亜種が存在しています。
動物園でよく見かけるのはシセンレッサーパンダで、日本は全世界で最も飼育頭数が多いことで知られています。一方のネパールレッサーパンダは欧米を中心に飼育されていて、日本では静岡県の熱川バナナワニ園でのみ飼育されています。ネパールレッサーパンダはシセンレッサーパンダよりも小柄で、茶色が薄いといわれています。
なおレッサーパンダの繁殖計画・情報交換の司令塔である日本平動物園では、日本で飼育されているすべての個体や血縁関係を把握しているそう。そこで飼育スタッフさんに、レッサーパンダの繁殖に取り組む際の注意点を聞いてみました。
「繁殖は『ペアリング』『妊娠』『出産』『仔育て』の時期にそれぞれ気をつける点があります。
『ペアリング』では相性を見きわめ、観察を行いながら同居させます。『妊娠』と『仔育て』の時期は、日本平動物園ではこまめに体重測定を行い、なるべく体に負担をかけないエサの用意を心がけています。
また、『出産』『仔育て』の時期の母親は非常に神経質です。レッサーパンダが安心して『出産』『仔育て』ができるよう、産後1週間は人の気配を感じさせないよう掃除も厳禁で、離れた部屋から巣箱に設置したカメラで親子の様子を見守ります。仔どもの健康がいちばん大事なので、お客様への仔どものお披露目も生まれてから3か月以上後になります」(飼育スタッフさん)
レッサーパンダはペットとして飼えるの?
レッサーパンダは見た目も動きも愛らしく、動物園で特に人気のある動物ですが、ペットとして飼育することはできるのでしょうか?
その答えは「飼育できない」、そして「飼育してはいけない」となります。
レッサーパンダは絶滅危惧種であり、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは野生で非常に高い絶滅のリスクに直面していると考えられる「EN」に分類されています。またワシントン条約の「付属書I」に掲載されているため、国際的な商業目的の取引ができません。
現在野生のレッサーパンダの生息数は2500~1万頭とされていて、このままでは数十年内に絶滅してしまうと考えられています。レッサーパンダが生息数を減らした主な原因は開発による生息地の減少と密猟ですが、残念ながら現在も毛皮やペット目的での密猟が絶えません。かわいいから、飼いたいから……どんな理由であれ、レッサーパンダをペットとして飼うこと=レッサーパンダを絶滅に追いやることであり、許されることではないと知ってもらえたらと思います。
またレッサーパンダは不思議なことに、竹の葉を食べないと健康を保つことができません。レッサーパンダ用のペレットはあるものの、完全に竹の代わりとなる食べ物は見つかっていないのです。毎日1頭あたり1kgもの竹を用意することは動物園でも非常に大変な作業であり、個人では不可能と言い切ってもいいでしょう。
日本平動物園でも、レッサーパンダの飼育には細心の注意を払っているそう。
「マーキングとしてあちこちに少量のおしっこをつけてまわること、暑さに弱いので夏は屋外では飼えないこと、爪が鋭く牙もあるので飼育員を含めたいろいろなものを自覚なく傷つけて歩きまわること、小さな体のわりに縄張りが広いため運動量が多いことなどを考えると、レッサーパンダの健康に配慮して飼育することはとても大変です。また、動物園ではレッサーパンダの獣舎に感染症を持ち込まないように、毎日こまめな靴裏の消毒を行っています」(飼育スタッフさん)
最後に、飼育スタッフさんからメッセージをいただきました。
「人知れず山奥でひっそりと暮らしてきたレッサーパンダが、実はこんなに魅力的な生き物だと知ってもらいたいです。そして現在進行形で人知れずひっそりと絶滅に近づいているレッサーパンダのために、“私たちも何かできることがないだろうか”と考えるきっかけが生まれたらいいな……と思っています」(飼育スタッフさん)
(取材・文/三日月影狼)
●静岡市立日本平動物園
〒422-8005 静岡市駿河区池田1767-6