誰しも一度は食べたことがある国民的スイーツ『プッチンプリン』。底のつまみをプチっと折るだけで、中からプリンが飛び出す仕組みに、子どものころは胸を躍らせたもの。
かく言う私もプッチンプリンのファン。日頃から小学生の娘と一緒に食べているのですが、最近になって1972年に発売されたプッチンプリンが今年で50周年と知り、驚きました。老若男女に長く愛される秘密は、一体どこにあるのでしょうか?
そこで今回は、プッチンプリンのマーケティングを担当する江崎グリコの柳澤香さんにお話をお聞きしました。時代が変わっても変わらない味の裏には、隠された工夫や努力がありました。
アイスピックで底をついて出すゼリーを見てひらめき
──今年で発売から51年目を迎える『プッチンプリン』ですが、最初からこの商品名だったのですか?
「1972年に発売した時は『グリコプリン』で発売しました。パッケージのふたの部分には、“底のポッチをプッチンしてね”ってポイントが書いてあったんです。そこから呼びやすい名前にしようということで、1974年のタイミングで『プッチンプリン』に改名しました。当時はまだ、スーパーなどの売り場ではほとんどプリンが市販されていなかった時代。デパートやパーラーで食べる『プリンアラモード』というような、ごちそうでした。最初の商品は、小ぶりな110グラムでした。今、コンビニなどで販売している『Bigプッチンプリン』は、160グラム。それがスタンダードになっています」
──当時から、自宅で食べるプリンとして知名度はあったのですか?
「1974年の改名とほぼ同じタイミングで、プリンとしては初めてのCMを放映しました。そこから徐々に認知されていきましたね」
──そのような時代背景の中、プッチンプリンはどのようにして生まれたのでしょうか?
「会社からは“ヨーグルトを売りなさい”と言われていたのですが、チルド商品の担当者にはプリンを作りたいという思いがずっとありました。でも、社長はプリンに見向きもしない。そこで担当は、社長の昼食のお弁当に競合他社のプリンを付けて、社長がプリンと接する機会を作っていたらしいです」
──逆境からのスタートだったのですね。
「すでに何社かがプリンを販売していましたので、グリコは後発になる。社長は“そんなのやっても意味がない”という姿勢でした。そのため、新規のプリン開発は、案件としては却下されていました。でも、諦めきれない社員が市場調査などをしたそうです」
──プッチンプリンと言えば、なんといっても底にあるつまみをプチっと倒すのが楽しみの一つですが、この容器はどのようにして生まれたのですか?
「当時、レストランや喫茶店で食べられているプリンが上がカラメル、下がプリンだったので、一番おいしいプリンの形はこれだ! と思ったことが、この容器に着眼する出発点でした。そこから、普通にスーパーで売られていたプリンとの差別性を見出したいと、容器が生まれていきました。
カラメルが上になるやり方を探しましたが、なかなかアイデアが浮かばずじまいでいました。でもあるときパーラーで店員がゼリーの型の後ろにアイスピックで穴を開けて空気を入れ、ポトンッとゼリーの中身を落としていました。それを見た担当者が“これでプリンを容器から落とせるかも”と思いついたんです。そこで、容器メーカーと開発をしたそうです」
──偶然の発明だったのですね。それだけ柔らかいプリンなのに、自転車で商品を運んでも崩れないですよね。
「容器と中身の接着の部分はかなり研究していて、落ちにくいようになっています。結着性が高いため、容器とぴたっとくっつく。くっついているからプッチンできるんです」
プリンカテゴリーは3つ。プルン、焼き、あと1つは?
──容器以外にも開発でこだわった部分はありますか?
「ミルクのコクと食感にはかなりこだわっています。発売当時は西洋の文化が普及して、ケーキも流行していましたが、洋菓子店ではショートケーキよりも売れていたのがプリンだったそうです。でも油を使った味の濃いものは飽きるのも早い。だからこそ、プッチンプリンは飽きのこない味に一番意識を置きました。開発時にはシュークリームの味をお手本にしていたそうです」
──確かに、甘いのですがどこか懐かしい味がします。
「開発当時も、ずっと食べていただける味を目指していました。味の開発には苦戦し、一から原料メーカーに入ってもらって作ったそうです。プッチンプリンは、カスタードのようなミルクの味がするのですが、練乳やミルクのコクをうまく再現して味わいを作っています」
──プッチンプリン独特のプルンとした食感がありますよね。
「プッチンプリンはあの食感じゃないと、一番おいしい味を感じられないと思います。今、スーパーなどで売っているプリンはだいたい3つのカテゴリーに分けられるんです。プッチンプリンみたいなプルンとした食感のもの、焼きプリンと呼ばれる焼き系、あとはトロッとした食感のなめらか系。最近では、コンビニや喫茶店で硬めのプリンもはやってきていますが」
ステイホームがもたらした甘いもの需要
──プッチンプリンを製造している工場は、いくつあるのですか?
「グリコの工場は日本各地にあるのですが、プッチンプリンを作っている工場は全国で2つです。佐賀県佐賀市と東京都昭島市にあります。東日本で販売されているものはだいたい昭島工場で作られています」
──ちなみに、プッチンプリンの売上はどれくらいですか?
「2013年時点で、シリーズ累計販売個数が51億個です」
──51億個ですか!?
「2013年に、世界一売れているプリンとしてギネス世界記録に認定されたときの数字です。それ以降は、きちんとした数字を追いかけていないのですが、プッチンプリンのブランド自体はこの10年ずっと売上が伸びているんです」
──もしかしたら、2020年や2021年のステイホームの時期は特に売れましたか?
「コロナ禍の時期はプリンの売上の調子がよかったです。今もよいので、お客様も甘いものを求めているのだと思います。スイーツ自体が、なくてはならない存在になっている。他社の手作り系のスイーツも売れ行きがいいし、スイーツ市場全体の調子がいいです」
──以前よりも自宅でスイーツを食べる機会が増えたということでしょうか。
「そうですね。コロナウイルス感染拡大の影響で飲み会が減って、飲み屋で締めに食べていたデザートを家で食べるようになった方が多いみたいです。また、在宅ワークや在宅授業になったことなどで、単純に食べる機会が増えたというのもあります」
──その中でも、プッチンプリンが選ばれている理由はどうしてだと思いますか?
「商品自体が愛されているのが大きいですね。プッチンプリンは定期的に販促施策を行っていますが、ただ陳列棚に並べるだけではなく、季節のイベントに合わせて販促を行っています。ただおいしいだけではなくて楽しいっていうところも評価されているのではないかと思います」
パッケージに秘められた思い
──直近で販売されていたシリーズの中には、期間限定の『プッチンプリン 苺ミルクショコラ』という商品もありました。
「苺味以外にも、今までもフレーバー商品を出してきたのですが、コロナで定番回帰というか、新しい味にチャレンジするよりも、昔からある味にお客さんが戻られたりもしています。オリジナルのプッチンプリンは好調で、ずっと支持していただいています」
──プッチンプリンのパッケージはリニューアルされていますか?
「パッケージは大きくは変わっていないです。パッケージのオレンジと虹、ロゴの赤は当初のままです」
──リニューアルは考えたりはされなかったのですか?
「直近でもガラッと変えるというアイデアが上がっていました。でもお客様が、ロゴの赤とオレンジとプリンの写真で『プッチンプリン』を認識されている。この3つの要素は外せない。そして虹もブランドのイメージとして発売当初からつけていると考えると、意外と変えられないんです(笑)」
──変える理由が見当たらないんですね。ちなみに、グリコの定番商品である『ビスコ』のパッケージは変わっていますか?
「ビスコの形は変わっていないですが、ビスコ坊やの顔は変わっています。今のビスコは5代目です。1代目、2代目の顔と今の顔は結構、違いますよね」
──時代に合わせているのですね。
「あと『カフェオーレ(180ml)』のパッケージも結構変わっているんですよ」
──気づかなかったです!
「今は白と茶でスタイリッシュなデザインです」
──伝統あるお菓子が多いグリコの中で、プッチンプリンの立ち位置はどういう印象でしょうか。
「人気者というか、元気で明るくて楽しい! っていう言葉が本当に合う商品だと思います。宣伝の施策もその考えに乗って組み立てています。プッチンプリンを食べてお客さんに笑顔になっていただける瞬間がうれしいんです。“あの味がほっとする、安心できる”という、いつでも帰って来られる場所っていうのがプッチンプリンの立ち位置かもしれません」
第2弾では、グリコ創業のエピソードや、プッチンプリンを支えるスイーツ男子の存在についてもお聞きします。
(取材・文/池守りぜね)