2021年6月に改正された「育児・介護休業法」が、翌年4月より順次施行されたことで、男性従業員が育児休暇を取得しやすくなり、メディアを中心に男性育休への注目度が高まってきました。
実態はどうなのでしょうか。企業や従業員の本音、積極的に取り組んでいる企業の傾向などについて、転職サービス『doda(デューダ)』編集長・加々美祐介さんに伺いました。
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男性従業員が、育休を取らない心理とは
働き方改革や少子化対策の一環により、男性の育休取得の推進が加速されつつあります。2022年4月には雇用環境整備、個別の周知・意向確認の措置の義務化、2022年10月には産後パパ育休制度の導入、2023年4月には従業員数が1000名を超える企業を対象に育児休業取得状況の公表の義務化など、段階的に「育児・介護休業法」の改正が施行されています。
パーソルキャリアが、2021年に調査(※1)をしたときには、育児休暇を取得したことがある男性は全体の15%という結果で、「約8割の男性が取得した経験がない、という実態だ」と、加々美さんは言います。
同時期に行った厚生労働省イクメンプロジェクト調査(※2)でも、男性の育児休暇の取得率が14%でほぼ同じ取得水準なことから、実態に近い数値だと考えられます。これは2年前のデータであり、それから法改正などにより「規模を問わず、国内企業全体をとらえると、現在は2〜3割に増えたぐらいだろう」と、推測されるそう。
※2:厚生労働省育メンプロジェクト、男性育休推進企業実態調査2022
それでも、約7割もの男性従業員がまだ育休を取得していないことになる。このように「男性育休」の取得が進まない理由は、どういう点にあるのだろうか。加々美さんは従業員側の視点で「3つの理由が考えられる」と言います。
「1つ目は、いちばん大きな要因として考えられる“収入面の減少”です。休暇中は手当が支給されるものの、給与の6〜7割程度の額なので、その期間中はどうしても収入が下がってしまいます。
2つ目は、仕事の役割上、同僚に迷惑をかけてしまうという“心理的な壁”です。当社のような“どんどん取得しなさい”という積極的な企業であっても、周りに気を遣いますし、中小企業のように、ひとりで何役もこなしているポジションだとなおさらです。
3つ目は、長い間休んでしまうと、復職したときに業務のキャッチアップに苦労したり、役職が上がりづらいなどの“キャリア昇進への影響”です。会社のカルチャーによりますが、こうしたことに悩む層も、一定数いるようです」
加々美さん自身、昨年お子さんが生まれ、休暇を取得された経験者のひとりだといいます。
「ちょうど去年の秋に生まれ、休暇を取得しました。自分自身、休暇を取得にするにあたって、ふたつめに挙げた、“周りに迷惑をかけるかも”という心理的な壁があり、長期で休暇を取得することには踏み切れませんでした」
パーソルキャリアの2021年の調査でも、男性育休の取得期間は「3週間未満」が約6割を占めており、男性は取得したとしても短期間の場合が多いようです。
経営者は前向きだが、高度成長期に第一線を走っていた世代には理解しにくい
一方、企業側は男性育休について、どのように考えているのでしょうか。このことについて加々美さんは、次のように話します。
「男性育休を前向きに検討する企業が増えていると思います。特に経営者ほど、人的資本経営(※3)のような考えも浸透しており、その取り組みそのものが採用や定着に寄与すると考えているので、従業員が取得できるように環境を整えていこうという企業が多いと思います。
その一方で、高度成長期にバリバリ働き続けてきた上の世代の方たちからすると、こうした時代の変化を受け止めにくい面もあるかもしれません」
※3:人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方。(参考:経済産業省、人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~)
経営者が前向きにとらえる反面、人材や財務の面で考えると、中小企業には課題として大きくのしかかる。
「中小企業の経営者の方々とお話をすると、確かに取り組まなければならないと思いつつも、やはり経営アジェンダ(経営計画)になっていなかったり、男性育休を推進する組織が整っていなかったりなどの、不備がある点が多いようです」
その理由は、やはり“人材不足”だと、加々美さんは指摘します。
「中小企業はどこも人材不足にお困りなので、“推進が必要なのは理解しているが、いますぐには動けない”というのが本音だと思います。それに前例がないため、従業員にとっても“自社で育休が取れる”という発想に至りづらいのもあると思います」
「給与の補助」「業務時間の柔軟化」など独自の制度で子育て支援
男性育休が進んでいない状況ではありますが、その中でも、積極的に仕事と子育てとの両立支援を行っている企業があります。それはどんな取り組みなのでしょうか。
加々美さんは、「3つのトレンドに分けられる」と言います。それをもとに、代表的な事例を調査してみました。
①給与の補助
育児休業中は、最初の6か月間は給付金の支払いは「休業開始時賃金日額×支給日数×67%」で、それ以降は50%しか支給されません。
そこで、残りの分を企業が独自の仕組みとして支給したり、育休取得の当事者だけでなく、それを支える職場の人にも手当を支給し、みんなが気持ちよく働ける環境を整えようとする企業なども少しずつ増えてきています。
<代表例>
〇太陽生命保険:男性が育休取得している間は100%の給与を補償。同社では、この他に男性育休参加のための特別休暇を、最大20日付与。
〇三井住友海上:男女問わず、育休を取得する職場の同僚に「育休職場応援手当」を支給。支給額は職場の規模や、育休取得者の性別を考慮し決定。小規模の職場の場合は、同僚の負担が増えるケースもあるため、手当の額を増やす。
②業務時間の柔軟化
保育園の送迎、銀行や役所の手続きなど、家庭の事情に合わせて業務時間のパターンをいくつか設けたり、時間単位で有給休暇が取得できる企業が出てきています。
<代表例>
〇エレコム:従来の勤務時間のレパートリーに加え、新たに新設し、複数の勤務時間の中から選択可能に。
■従来の勤務時間:
・午前8時〜午後5時
・午前9時〜午後6時
・午前10時〜午後7時
■新たに設けた勤務時間:
・午前7時〜午後4時
・午前7時30分〜午後4時30分
・午前8時30分〜午後5時30分
・午前9時30分〜午後6時30分
〇アイズ:有給休暇を取得する際には、1日の勤務時間(8時間)のうち、2時間だけ有給休暇を取得できる「4分の1休暇」がある。時間単位の有給休暇。
③特別休暇の付与
お子さんのいる従業員向けに、有休のほかに休暇を付与する制度です。家族の誕生日や記念日をお休みにできる「ファミリーホリデー」や「バースデー休暇」などが該当します。
<代表例>
〇コロプラ:お子さんのいる従業員は、通常の有給休暇の他に年間5日間の有給休暇を取得できる制度。お子さんの看護や、家族との旅行などに利用されている。
〇TORIHADA:家族の誕生日(一親等まで)には、特別に休暇を取得できるファミリーホリデー制度がある。
企業が生き残るためには、転職希望者を惹きつける独自の制度が必要に
上記以外にも、ユニークな福利厚生制度を採用し、注目を集めている企業も多いようです。
例えば、鎌倉にある企業「面白法人カヤック」は、長年にわたり毎月サイコロの目によって手当が支給される「サイコロ給」を導入していたり、ペットケア事業を展開している「マース」では、「ペットフレンドリー制度」を作り、ペットと一緒にオフィスに出勤できたりと、働きやすい環境を整え、採用や定着にも貢献しているようです。
こうした状況を受け、加々美さんに今後の企業の福利厚生や待遇はどのように変わっていくのか、聞いてみました。
「少子高齢化などの影響により、ただでさえいまは人を採用しづらい環境になってきているため、採用や定着が経営アジェンダになっていくと考えられます。
中小企業では、今はまだ男性育休の優先順位は低いですが、企業として生き残っていくためには、人を惹(ひ)きつける独自の待遇や福利厚生などを整えていくことが、期待も含めて、もっと増えていく必要があるのではないかと思います」
中小企業が男性育休を推進していくのも、会社の制度として組み込むなどの強制力がなければ、従業員に浸透しないことが予想されます。独自の制度として導入される企業が増えてくることを、ぜひ期待したい。
(取材・文/西谷忠和、編集/本間美帆)
【PROFILE】
加々美祐介(かがみ・ゆうすけ) 総合人材サービスを提供する、パーソルキャリア株式会社の転職サービス『doda(デューダ)』編集長。2005年、パーソルキャリア株式会社の前身となる株式会社インテリジェンスに入社。人材紹介事業、法人営業、マネジメント職において、採用・転職支援に尽力する。以降、新規事業の立ち上げや自社の人事部門に戦略設計から携わり、2019年に本部長、2021年には執行役員を歴任。2023年4月、doda編集長、プロダクト&マーケティング事業本部 事業本部長に就任。長きにわたり、時代や情勢の変化をいち早くキャッチし、人材支援に寄り添い続けている。