NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で、愛すべき偏屈な荒物屋『あかにし』の主人“ケチ兵衛”こと赤螺吉兵衛と、その息子・吉右衛門の一人二役を好演し話題を集めたことも記憶に新しい、俳優の堀部圭亮さん。1986年にお笑いコンビ「パワーズ」としてデビュー後、数々の人気バラエティで芸人として活躍していたが、2000年代以降は俳優に活躍の場を移し、現在は名バイプレイヤーとしてドラマに映画に舞台にと引っ張りだこだ。
6月25日から念願だったというケラリーノ・サンドロヴィッチ作の舞台『室温~夜の音楽~』に出演する。現在56歳の堀部さんに、充実したNEOFIFTYライフを2回に渡って語っていただきます。後編では、芸人から俳優へのキャリアチェンジについて、恩師・萩本欽一さんの言葉、プライベートで大事にしている時間……などを伺いました。
※前編はこちら『堀部圭亮さんが語る、傑作ホラー・コメディの魅力「心の闇もはたから見れば笑いになる」』
16歳、松田優作さんに憧れて
──’90年代までは芸人として活躍され、2000年代以降は俳優に転身されて、現在は名バイプレイヤーとしての地位を確立されている堀部さん。すごくうまくキャリアチェンジされてこられたという印象がありますが、ご自身はどのように選択をされてきたのですか?
「松田優作さんの映画やドラマが好きで、もともと役者をやりたかったので、芸人になったのはたまたまというか……。最初は違うんだよな~と思いながらやっていましたね。16歳のときでした……」
──では、芸人の道に進んだきっかけは何だったのですか?
「早く役者になりたかったので高校に行くつもりはなかったんですが、役者になる方法もわからなかったですし、親にも説得されて進学したんですね。それがまあ不良ばっかりいる学校で(笑)。面白くなかったし、ここにいてもしょうがないと思って中退しました。俳優になるためには環境を変えなければと考えて、松田優作さん=文学座だから、文学座を受けようと思ったら、受験資格が高卒以上なんですよね(笑)。
16歳の高校中退という時点でアウトだから、“どうしよう……”と思っていたところ、入れる劇団が見つかったんですけど。1年分の入所金が必要ってことでまた困って。それで、同じ芸能界の人だから相談に乗ってくれるだろうと、中学の同級生のお父さんで、お笑いトリオ『ギャグ・メッセンジャーズ』の須間一露さんを訪ねたんですね。
そうしたら、“劇団で研究生を1~2年やるより、紹介してやるからすぐ舞台に出ろ!”って言われて。それで、ストリップ劇場でコントをすることになって。でも、ぜんぜん違うんですよ(笑)。僕は松田優作さんのような役者の道に行きたいと思っているわけですから。ただ、だから辞めますっていうのは短絡的だし、一度はやろうと思って足を踏み入れたんだから、とにかく続けてみようと思って。
でも、ストリップ劇場にこのままいたら、ずっとここだなと思ったので、いったん芸人を辞めました。1~2年はアルバイト生活をしていたんですけど、コントを一緒にやっていたヤツがテレビに出るようになったのを見て、“いかん、自分もやんなきゃ”と焦って、また芸人に戻って。20歳の頃に萩本欽一さんの番組のオーディションを受けて、その番組がスタートしても、“なんで俺、ここにいるんだろうな? 役者をやりたいのに”という思いはどこかにありましたね。
だから、1990年代からウッチャンナンチャンさんやダウンタウンさんの番組などいろいろやらせてもらっていた中で、2000年くらいに一旦レギュラー番組が終わったとき、“今、ちょうどいい節目なんじゃないか”と思って。当時、勝俣(州和)くんと組んでいたコンビの『K2』も基本的には個々で活動していたし、映画の仕事がいくつか続けて入ってきたので、“今だ!”と決断して、芸人として所属していた事務所も辞めました」
24歳、萩本欽一さんに言われた言葉
──決断されると、動きは早いんですね?
「そうですね。どこかで思っているからなんでしょうけど。そのタイミングが来たときに、“あ! 今だ”って思ったら、ポンって前へ一歩踏み出しちゃう感じはありますね」
──ご自身の人生を振り返って、大きな転機になったと思われることは?
「もちろんストリップ劇場に出るようになったのが、まず大きいですし、それを辞めたあとに受けた、萩本さんの番組『欽きらリン530!!』のオーディションですね。オーディション期間から、番組もいろいろ形を変えながらトータルで3年ぐらいかな。21歳から24歳くらいまでの時間は本当に大きな3年間でした。だから、後々の自分の役者としての考え方にも大きな影響を受けています。ちょっと話が長くなりますけど、そのひとつをお話しますね(笑)。
3年間お世話になって、最後の番組(『笑うと泣くぞ…ダハ!』)の最終回の収録もこれで終わりというときです。たまたま僕一人だけ控室のモニターで、別のコーナーの収録を見ていたら、ガチャってドアが開いて、萩本さんが入ってきたんです。“タバコくれる?”って言われて。“はい”って渡すと、タバコを吸いながら、じっとモニターを見ているんですよ。だから僕も、一緒に見ているしかないんですけど。だいたい3口くらい吸うと消す人なので、3本くらい吸って、最後に“お前にね、ひとつ足りないものは努力”って言われたんです。“お前ね~、センスだけでやってるから、努力を覚えたらね、すごいことになるよ”って。それでしばらくまた黙って、“うん、以上!”って言って控室を出ていったんですよ。
それから僕の“努力とは何か?”という模索が始まるんですけど(笑)。僕、努力してない?いや、してるんじゃないの? 努力? 努力?……。その疑問が40歳くらいまでずっとあって……」
40歳、生瀬勝久さんの姿を見て
──ずっと自問自答されていたんですか?
「はい。野球選手がバットを振る、キャッチボールをする、走る、これは努力じゃないよね。これは練習だから、これは当たり前だなとか。そういう感覚でずっといたんですけど。そんな40歳のときに、これも大きな転機なんですが、三谷幸喜さんの舞台『12人の優しい日本人』に出演することが決まって。僕は12人のキャストの中で年齢的にはちょうど真ん中くらいだったのですが、演劇作品で舞台に出るのは初めてなので、これはもう自分がこの中で一番下だと思って参加しようと思ったんですね。
なので、稽古場にも絶対に毎回一番に入ろうと思って、稽古開始1時間半前には行くようにしていたんです。でも、あるとき開始時間が変更になっていたのを忘れて、2時間半前に着いてしまったことがあって。仕方なくロビーで本でも読んで待っていようと思ったら、受付の人から、“もういらしているので開いてますよ”と言われて稽古場に行ったら、生瀬(勝久)さんが一人で台詞の練習をされていたんですね。そんなふうに努力をしているところを絶対に見せない人で、稽古場でもほかの役者にちょっかい出しているような感じの方だったので、見てはいけないものを見てしまったなと思ったんですよ。その生瀬さんの姿を見て“ああ~これが努力か”とわかったんです。
生瀬さんほどの人でも陰で努力されているんだなと。24歳のときに萩本さんに言われたことを40歳になって、生瀬さんに見せてもらったというか。だから、それ以降はどんなにちょっとした台詞のワンシーンだけでも、必ず稽古場を自分で押さえて自主稽古をしますし、考えられることは全部やるようにはしています。それをちょっと時間がないからって、やらなくなったらダメだと思っていて。それが努力だと知ってしまったので、やらないってことは努力をしていないということになるというか。あんまり人に言うことじゃないですけどね(笑)」
──56歳の今も努力を怠らないなんて、すごいです。
「ときどき現場で若い役者と話をしていて、“いや、今回は台詞一個だから楽なんですよ~”とか言ってる子を見ると、“それね~、大変だぜ、後々”って思う(笑)」
今は、自分の家にいる時間が好き
──お仕事以外のプライベートで楽しんでいること、大事にしているのはどんな時間ですか?
「いろいろ趣味はありましたけど、バイクとかは子どもが生まれてやめたり……。今は唯一でもないけど、ゴルフが一番楽しいですかね。そもそもジョギングや筋トレも、実はゴルフのために始めたんです(笑)。結果的に、役者としても役に立ってはいるんですけど。あとは、家が好きなんですよ。自分の家にいる時間が好きです。ビデオを見たり音楽を聴いたり、ゴルフのパッティングマットを敷いて練習したり……。筋トレのセットやベンチプレスも置いていて、自分の部屋ですべて完結できるようになっているので。お酒を飲んでいてもそうですけど、自分だけの時間っていうのが一番好きです」
──今後の人生で挑戦したいことはありますか?
「いくつかあるんですけど……。ひとつは、スペイン北部を何日間かかけて巡る、エル・トランスカンタブリコという寝台列車に乗ってみたいんです。もうひとつは、フロリダ州のマイアミ発の豪華客船クルーズ。実は料金もそんなに高くないらしいので、いつか船旅もしてみたいですね(笑)」
(取材・文/井ノ口裕子)
《PROFILE》
ほりべ・けいすけ 1966年3月25日、東京都出身。1986年にお笑いコンビ「パワーズ」としてデビュー。現在は俳優として活躍。最近の主な出演作品は、【舞台】『シラノ・ド・ベルジュラック』(’22)、『ポルノグラフィ』(’21)、『チョコレートドーナツ』(’20―’21)、『ウエスト・サイド・ストーリー』Season1(’19―’20)、『ドライビング・ミス・デイジー』(’19)、『華氏451度』(’18) 【映画】『Fukushima 50』『his』『SHELL and JOINT』『一度も撃ってません』(すべて’20) 【ドラマ】連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(’21-’22)、『共演NG』(’18)など。
●公演情報
舞台『室温~夜の音楽~』
作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:河原雅彦
音楽・演奏:在日ファンク
出演:古川雄輝、平野綾、坪倉由幸(我が家)、浜野謙太、長井短、堀部圭亮/
伊藤ヨタロウ、ジェントル久保田
日程・会場:
【東京公演】2022年6月25日(土)~7月10日(日) 世田谷パブリックシアター
【兵庫公演】2022年7月22日(金)~7月24日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール