ついに最終回まで残り約1か月となった連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK総合)。さまざまな人の思いを背負いながら、どんなときも大空目指して舞いあがろうとしてきた福原遥さん演じるヒロイン・舞の物語も佳境を迎えています。
作り手の登場人物一人ひとりに対する優しい眼差しが感じられるこの物語に、何度心が浄化されたことか……。特に癒されていたのが、舞と赤楚衛二さん演じる幼なじみ・貴司の恋愛模様です。出会ってから結婚までたくさんの時間をかけ、ゆっくりと関係性を育んできたふたり。そこには、もどかしいけれど見守りたくなるような尊さがあります。
『おかえりモネ』でも描かれた“わからないけど、わかりたい”
そんな舞と貴司を見ていたら、思い出したふたりがいました。2021年度に放送された朝ドラ『おかえりモネ』の清原果耶さん演じるヒロインの百音とその恋のお相手、坂口健太郎さん演じる菅波です。
東日本大震災から10年の節目にあたる年に制作された『おかえりモネ』は、宮城県・気仙沼が舞台。架空の島である亀島で生まれ育ったヒロイン・百音が気象予報士となり、仕事で得た知識と経験を通して故郷に貢献しようとする姿が描かれました。
ただ、第1話で百音がいたのは故郷の気仙沼ではなく、内陸の登米市。高校卒業と同時に実家を離れ、祖父の知り合いである登米市の大山主・サヤカ(夏木マリさん)の家に下宿して、市の森林組合で働いているという設定でした。
多くの朝ドラはヒロインの幼少期から物語がスタートしますが、本作の場合、初登場時の百音の年齢はすでに19歳。百音がなぜ故郷を離れるに至ったのか、わからない状態からのスタートでした。
そして、のちに明らかになるのは百音の後悔と痛み。実は東日本大震災が発生した2011年3月11日、百音は高校受験のために島を離れており、すぐに友人のもとに駆けつけることができませんでした。その日からずっと「自分は何もできなかった」という負い目を感じていた百音。地元を離れたのもそのためです。
だから百音は人一倍、誰かの役に立ちたいという思いが強く、やがて彼女は未来を予測し、起こりうる被害を最小限に留めたり、逆に自然の力を利用することもできる気象予報の可能性に魅入られていきます。
そんな百音の姿を通し、災害に限らず「つらい経験をした当事者に、非当事者はどう向き合えばいいのか」という課題を掲げた本作。そこにひとつの解を与えたのが、菅波のとある台詞でした。
菅波は森林組合に併設された診療所の医師。当初はかなり無愛想でとっつきづらく、夢中になれるものを見つけたいと迷走する百音に対して辛辣(しんらつ)な言葉を投げかけることも。そんな菅波には新人のころ、担当したホルン奏者である患者の命を救うも、肺機能を十分に残すことができなかったという苦い経験があります。つまり彼自身、医師として「自分は何もできなかった」という無力さを抱えていたんです。
菅波にとって、百音は過去の自分を見ているようで気恥ずかしいような、だけど放っておけない存在だったのでしょう。気象予報士を目指す百音に菅波が勉強を教えるうちに、ふたりの距離は少しずつ縮まっていきます。互いに影響し合い、成長し、確実に特別な関係になっていっているのに、どちらも不器用だからなかなか恋人には発展しない。そんなスローテンポで進んでいく恋愛に「あ〜もう、もどかしい!」とヤキモキしながらも、夢中になりました。
そして、ついに菅波から百音に贈った
「あなたの痛みは僕にはわかりません。でも、わかりたいと思っています」
という愛の告白。
それは同時に、本作の大きなテーマでもあります。当事者と非当事者の間には埋められない溝がある。それでも、当事者の痛みに寄り添い、癒したいという非当事者の願いは、ときに重要な“手当て”になる。百音と菅波の関係はそのことを私たちに教えてくれました。
“空気が読めすぎる”ふたりが、互いの幸せを願う『舞いあがれ!』
一方、『舞いあがれ!』の舞と貴司の恋もふたりに負けないほどゆっくり進んでいきました。ふたりはもともと小学校では同じクラス、家も隣同士の幼なじみ。だけど舞は子どものころ、原因不明の熱に悩まされており、学校を休みがちでした。熱が頻繁に出るようになったきっかけは、運動会のリレーで転倒したこと。失敗体験に「母親に心配をかけたくない」という思いが重なり、自分の意志をうまく伝えることができなくなった舞。そのストレスが熱の原因になっていたんです。
かたや貴司はクラスの人気者だったけれど、彼も彼で周りに合わせてばかりの自分にどこか違和感を抱いていました。ふたりとも空気が“読めすぎる”がゆえに、身動きが取れない幼少期を過ごしていたわけです。
だけど、舞は空に、貴司は言葉に心を奪われ、少しずつ自分の気持ちを解放できるようになった。その過程で物理的な距離が離れることはあっても、ふたりは貴司が舞に送った「君が行く 新たな道を照らすよう 千億の星に 頼んでおいた」という短歌のように互いの幸せを願ってきたんです。なんと尊い……!
でも、幼なじみとの恋には今の関係をいったん壊すという作業がつきもの。その勇気がなかなか出ずにいたふたりの関係をいい感じにかき乱してくれたのが、舞の恋のライバル・史子(八木莉可子)です。史子は自身も歌人であり、貴司の大ファン。貴司がつくる短歌に浮かぶ孤独に共鳴した史子は、その孤独を癒せるのは互い(史子と貴司)しかいないと思い始めます。
だけど、貴司は自分の気持ちが相手に伝わらなくて寂しいと思うときはあれど、孤独ではなかったんです。なぜなら、自分の気持ちを知ろうとしてくれた舞がいたから。そしてまた、貴司も舞の気持ちを知ろうとしてきた。好きなことや進む道が違っても、たとえ遠く離れていても、理解したいと思える人がいる、理解しようとしてくれる人がいる。その事実は人を孤独から救ってくれるんですね。
そんなかけがえのない存在に改めて気づいたふたりはようやく結ばれました。貴司がそのときの気持ちを歌った「目を凝らす 見えない星を見るように 一生かけて君を知りたい」という短歌は、『おかえりモネ』の菅波の台詞と同じくらい美しい愛の告白だと思います。
私たちはみんな違う人間。その孤独を「わからないけど、わかりたい」という真心で癒し合う。そんなガラス細工のように繊細な関係に、私たちは心惹(ひ)かれるのかもしれません。
(文/苫とり子、編集/FM中西)