二次元でも三次元でも”推し“を応援できる時代。このいささか特殊な支え合う関係で、ファンと推しは、それぞれ何を感じているのだろうか?
地下アイドル業界を舞台にした『推しが武道館いってくれたら死ぬ』。平尾アウリさんのマンガからメディアミックスが進んだ作品で、ドラマと劇場版で伝説的なファンのえりぴよと、アイドルグループ「ChamJam(チャムジャム)」のメンバー・市井舞菜を演じてきた松村沙友理さんと伊礼姫奈さん。 “推すこと” “推されること”への本音をふたりに聞いてみた。
(※インタビュー前編:劇場版『推し武道』松村沙友理×伊礼姫奈、撮影現場ではリアル“えりぴよ&舞菜”? 生まれた絆と、それぞれにとっての憧れ)
違和感なく伝えたかった、えりぴよの“リアル感”
──まず、『推し武道』の原作にはどんなイメージがありましたか?
伊礼 この作品のお話をいただいたときは最初、不安だったんです。原作がアイドル好きのみなさんに人気でしたし、実写化されたものを見たときの“違和感“には私も共感できるので。好きな作品だっただけに余計に思ってしまいましたね。
──原作マンガやアニメのイメージがありますから、そこから逸脱しないように、と。
伊礼 受け入れていただくためには『推し武道』の世界をいちファンとして本気で愛しつつ、気負わずに演じていければ、と思っていました。こんなに可愛い(笑)松村さんがあのジャージを着て、ずっとえりぴよとして接して私の気負いを解いてくれて、ドラマと劇場版すべてがクランクアップするまで、舞菜とえりぴよさながらに近い距離感になっていったんですね。これもお互いのキャラクターらしさに生きたかなと思います。
──えりぴよも、劇場版では職場でも舞菜のことをプレゼンしたりして、舞菜のおかげで私生活も充実してきますね。原作マンガのギャグ要素がちょっと薄まってファンとアイドルの生き方を描いているような印象もあります。
松村 リアル感というか、観てくださるみなさんが日常でより共感できるドラマになったかなと思います。原作がマンガなのでいわば二次元から三次元として実写化するところで、えりぴよの振る舞いにも原作をリスペクトしつつ、いかに日夜、舞菜のために生きているかを違和感なく伝えたかったですね。
松村沙友理がアイドル時代に実感できなかった”ガチ推し勢“の言葉
──特典会のシーンでは、松村さんが乃木坂46時代にファンからかけられた言葉も劇中のセリフになっているんでしょうか。
松村 ひとつを挙げるのは難しいのですが、私のおかげで生きてこれたと言っていただくことがすごく多かったんです。そのころは「私なんてそんな存在じゃない」って謙遜しがちでしたが、脚本で「舞菜のおかげで生きていられる」って、私がかけていただいたのと同じセリフをファンとして姫奈ちゃんに語ることになって、ようやくその意味がわかってきたような気がしました。
撮影中は始終、ChamJamのオタク気分でいたので、推す側の感情を追体験できるような、そんな役を演じられた経験でもありましたね。
──舞菜とえりぴよの他にも、れお(中村里帆さん)とくまさ(ジャンボたかおさん)、空音(MOMOさん)と基(豊田裕大さん)のように、それぞれ異なる推しとファンの関係が描かれます。ファンと、推される側の関係について思うことはありますか?
松村 私自身は前編でお話ししたように、態度には出せなくてもメラメラと感情が高ぶっていくガチ恋タイプなんですが、ファンが推す方法に正解はないと思っていて。ずっと自宅で応援しているだけでも、それが生きる糧(かて)になっていればそれがベストな形なのかなと。
伊礼 ファンがいてくださることで、私の役者としての試行錯誤が実ったな、と実感できています。まだ子どものころ、母が写真を事務所に送ってくれたことから私の俳優業は始まったんですが、もちろん初めは幼かったですし、プレッシャーを感じて折れそうになった経験もありました。
でも『推し武道』で名前を覚えていただくことが増えて、お手紙でも言葉を伝えてくれるファンが増えて、私の活動が本当にみなさんのエネルギーになっているんだって思えるようになりましたね。
──折れそうになった時期、というのはいつでしょうか?
伊礼 『向こうの果て』(2021年・WOWWOWオリジナルドラマ)で、松本まりかさんが演じてらした主人公・池松律子の少女時代を演じる機会がありました。松本さんと同じ役ということがプレッシャーだったのですが、現場でたくさんの刺激と指導をいただいて、もっとこの仕事で頑張ろうと転機になった役です。俳優業への覚悟ができた作品ともいえます。
推されることはうれしいけど、恥ずかしい
──『推し武道』を経て、あらためてファンとはどんな存在でしょうか?
松村 やっぱりみなさんが推してくださることが私の存在価値で、絶対的な存在です。カリスマとして引っ張っていくでもなく、媚びるでもない、こんな私を推しに選んでいただきありがとうございます、応援してください、と頭を下げながらついてきてくださっています。
伊礼 撮影で松村さんの視線を浴び続けて(笑)、推されることって、心の中ではうれしいんですけど、ファンから面と向かって思いを伝えられると恥ずかしいし、応援に対する感謝を素直に行動で伝えるのも難しいなと実感しました。グループ内の人気で悩んでいたりする劇中の舞菜もそうだったのかも。
でも私もこの作品で新しいファンに知っていただいたように、そういう声は推し本人には必ず届いているので、“塩対応”に見えてもファンの気持ちというのは、自然と伝わっているものかなと思います。
ラストシーンは舞菜がえりぴよさんにアイドルとして壁を乗り越えた姿を見せますが、そこまでに至る関係を思い返すと、自分が演じたはずなのに映像を観るたびに感情が高揚してしまいますね。舞菜とえりぴよさん、ふたりの人としての成長にも注目してほしいです。
(取材・文/大宮高史)
《PROFILE》
松村沙友理(まつむら・さゆり) 1992年8月27日生まれ、大阪府出身。2011年、乃木坂46・1期生オーディションに合格。舞台『じょしらく』(’15年)、映画『賭ケグルイ』(’19年)などに出演。’21年に乃木坂46を卒業後は俳優業を中心に活動し、『劇場版 推しが武道館いってくれたら死ぬ』がグループ卒業後、初主演作品となる。
伊礼姫奈(いれい・ひめな) 2006年2月7日生まれ、群馬県出身。4歳より俳優活動をスタート。NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(’16年)、WOWOWオリジナルドラマ『向こうの果て』(’21年)、NHK『今度生まれたら』(’22年)などに出演。’23年は『劇場版 推しが武道館いってくれたら死ぬ』のほか、主演作『18歳、つむぎます-私の卒業 第4期-』や『ちひろさん』『この小さな手』など出演映画多数。
5月12日(金)新宿バルト9 他全国ロードショー
【出演】松村沙友理 中村里帆 MOMO(@onefive)KANO(@onefive) SOYO(@onefive) GUMI(@onefive) 和田美羽 伊礼姫奈 あかせあかり 末吉9太郎(CUBERS) 岩永ひひお 村田優斗(世界クジラ) 喜多乃愛 速瀬愛 根岸可蓮 山下航平 片田陽依 西山繭子・豊田裕大 ジャンボたかお(レインボー)
【原作】平尾アウリ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(COMICリュウWEB/徳間書店)