突然訪れ世界的パンデミックとなった新型コロナウイルス。旅行や大勢での飲食の機会も減り、地元や身近な場所で過ごす時間がこれまで以上に増えてきました。周りを見渡してみるとこれまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットもまだまだあるはず……。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
「町中華」という言葉を目にしたことはあるでしょうか。「現代用語の基礎知識選 2022ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされた「ガチ中華(日本人向けに味が調節されていない本場の中国料理)」という言葉の、いわば対極にある存在。
今回は、町中華探検隊としてテレビなどのメディア出演をはじめ、『町中華とはなんだ』(立東舎)などグルメや散歩にまつわる著書を出版されているライターの下関マグロさんに、町中華の魅力やおいしい店の見つけ方をお聞きしました。
今のうちに食べないと、閉店してしまうかも……奥深い町中華の世界
──町中華という言葉はいつごろから登場したのでしょうか。
下関さん「僕が初めて聞いたのは2013年の暮れでした。当時、高円寺にあった『大陸』という店が、いつも閉まっていたんです。それをライター仲間の北尾トロさんに話したら、“ああいう町中華はどんどんなくなっていくね”って言ったんです。僕はそのとき、初めて『町中華』っていう言葉を知ったんです。トロさんも“自分が作った言葉ではなくて、一度聞いたことがある”っていうレベルだったんです」
──そこから、今ではテレビなどでも見かける定番になってきました。そのようになったきっかけは何だと思いますか?
下関さん「僕は『散歩ライター』という肩書で食べ歩きをしていたのですが、トロさんと一緒に歩いているときに中華料理屋を見つけると、“先生、これは町中華でしょうか?”ってふざけて問いかけたりしていたんです。2014年の春ごろにトロさんが雑誌で連載をやることになって、僕も手伝うことになった。そこから、あちこちで中華を食べ歩いていたのですが、当時、新宿御苑前に『来々軒』(現在は閉店)という店があって、“当店の人気メニューはオムライス”って書いてあったんです。“中華なのにオムライスなんだ~”と面白がって食べたのですが、その夏に、高齢の店主が熱中症で倒れてしまった。結局、店が閉店することになったのを見て、“町中華は、今のうちにどんどん食べに行かないと閉店してしまうのではないか……”というふうに考えて、北尾と町中華探検隊を作ったんです」
──「町中華」にはどんな特色があるのですか?
下関さん「町中華は特徴がいくつか細分化されているんですよ。例えば和菓子屋がやっている、ラーメンに餅を入れてくれる店が『餅中華』、旦那さんが亡くなって奥さんが切り盛りしているのが『未亡人中華』などと言っていますね。ある日、旦那さんが家に帰ってこないから奥さんが店に見に行ったら倒れていたとか……町中華には、いろいろなドラマがあるんですよね」
──ちなみに最近、耳にする「ガチ中華」とは、どのような店でしょうか。
下関さん「僕らは町中華の対極として、本格的な中華料理店を『ガチ中華』と呼んでいるのですが、埼玉県川口市はガチ中華が多いですね。ガチ中華は、高級中華というよりは本場の人が日本にやってきて、向こうの味をそのまま出している。ものすごく辛い料理が多かったりするところもあれば、そうじゃなかったり……。町中華は、ガチとは違って日本の人が日本人向けにやっている感じです。基本的に辛くないから食べやすいんでしょうね」
──町中華にはいろいろなカテゴリーがあるようですが、このように町中華という言葉が一般的になったきっかけは何だと思いますか?
下関さん「2014年の夏ごろから『散歩の達人』(交通新聞社)で町中華の連載が始まったんです。それが好評だったみたいで、朝の情報番組で町中華が取り上げられた。そのときにアナウンサーが“新しい言葉です。町中華、覚えてください”って言ったんですね。その年の12月ぐらいには、“もうすっかりおなじみ、町中華です”って番組内で取り上げられていたんです」
──一気に知名度が上がったのですね。
下関さん「2016年に共著で『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(角川文庫)という本を出版するときに、町中華の定義をみんなで作っていった。僕らが本を書いたいちばんの目的は、お店の紹介というよりも、“あなたの家の近くにも町中華はありませんか?”、そして“もし、ない場合には、どんどんなくなっているので食べに行ってください“というメッセージを込めたんです」
──「町中華」という文化自体を紹介しているんですね。
下関さん「そうですね。存続が危ぶまれているので、これはもう食べて支えていかなければっていう使命感があります。町中華の店は、1000円以下でおなかいっぱいになれる。あとは基本的に昭和時代に創業していて、家族経営。中華と名乗りながらも、オムライス、カレーライス、カツ丼という“三種の神器”がメニューにある。それがまさに町中華ですね。この店みたいに裏メニューがあったりするんですよ」
裏メニューに出合うために必要なこととは?
──裏メニューですか。今回の取材場所である『美華飯店(みかはんてん)』のマスターの井手さんと、女将さんにも聞いてみましょうか。
女将さん「(メニュー表を差し出しながら)うちは、常連さんにしか出さない裏メニューとしてカツ丼があるんですよ。常連さん限定にしているのは、作るのに時間がかかってしまうからなんです。『カレーチャーハン』ももともとはまかない飯だったけれど、テレビなどの取材で取り上げられて、今は『カレーチャーハン』目当てのお客さんも多いですね」
下関さん「オムカレーチャーハンもあるよね。卵の中がカレーチャーハンになっている」
井手さん「普通のチャーハンにエビチリとオムライスの卵部分をかけてくれっていうリクエストもあったよね」
下関さん「そういう注文を聞いてくれるのが町中華のだいご味なんですよね」
──なるほど、奥深いのですね。でも老舗だと女性が入るのには勇気がいる店構えの場合もありますが……。
下関さん「あえて入らなくてもいいですよ。お店の前を通るときに、“何て店名なんだろう?”とか“どういう外観かな?”って興味を持って、“ちょっと飲食サイトで調べてみようかな”って思ってもらうだけでいいんです。町中華の楽しみ方って、実際に食べる部分は低かったりするんですね」
──どうしても、「町中華」というと古い暖簾をくぐるようなレトロなイメージが浮かびますが、実際はどうですか?
下関さん「町中華の言葉が出始めたころ、テレビなどのメディアが“床がぬるぬるしている店がおいしい”って言ってイメージ作りをしていたんです。ロケ取材に行ったときに“床がぬるぬるしていますか? “なんて聞いて、店にすごく怒られちゃうこともあって……(苦笑)。でも実際は、床が汚れているのって、掃除が行き届いていない証拠。それはお客さんのことを考えてないし、あとは調味料の容器が汚れてる店っていうのも、あまりおいしくないんですよ。やっぱり、ちゃんと店も掃除してあるところがおいしいです。あとは芸能人のサインがたくさん飾ってある町中華はおいしいっていうのもありますね」
──お店自体を見る楽しさもあるのですね。
下関さん「先ほどの家族経営の話にもつながりますが、あまり昭和創業っていうことにこだわるのも違うかなと思います。平成にできた名店も多いし、新しく暖簾分けして令和に誕生した町中華もありますから」
町中華を味わうなら、カレーを食べよ!
──町中華のわかりやすい魅力って何でしょうか。
下関さん「町中華っていうと、ラーメンに餃子にチャーハン。あるいは野菜炒めくらいしか頼まない人が結構多いけれど、町中華のカレーってすごくおいしいんですよ」
──先ほどの“三種の神器”にも入っていましたね。町中華のカレーライスは何が違うんですか?
下関さん「実は出汁(だし)にラーメンのスープが使われているんです。お蕎麦屋さんのカレーともひと味違って、深い味わいがあるんですよね。だからあえて町中華でカレーを食べてもらいたいです。あとはメニューを見て、どんな料理かわからなかったらあえて頼んでみるのも楽しいと思います。例えば、『広東麺』というメニューはどこにでもあるのに、店によって内容が違うから、意外とどういう料理かわからないんですよね。でもずっとメニューにある料理っていうのは、まぁ、まずくはないと思いますよ(笑)。そういう“このメニューは何が出てくるんだろう”って思って頼んでみるのも町中華の面白さなんです」
──そう言われると、メニュー表を見るのも楽しみになってきました。
下関さん「町中華って常連さんを中心に営業しているので、料理の説明とか一切書いてないことが多いんです。お店の名前が付いた丼やメニューがある場合も頼んでみると、新しい発見があると思います」
──町中華は何度でもリピートしたくなりますね。
下関さん「神保町にあった『康楽』(現在は閉店)というお店のメニューには、麺類の最初に『味自慢』っていうメニューがあったんですが、料理の説明がまったく書かれていないんですよ。でも常連はどんな料理かみんな知っている。そんなふうに、町中華はグルメではなくエンターテインメントだと思って足を運んでもらうといいかな。
町中華探検隊ではいろいろな街に行って、それぞれの店に分かれて中華を食べて、その後に『油(あぶら)流し』というイベントをするんです。つまり、喫茶店に行ってみんなでコーヒーを飲みながら、口にたまった油を流す。そこでお店を講評し合うんです。油流しでは、むしろまずい店のほうが盛り上がるんです(笑)。“そんなにまずいのなら行ってみたい!”って」
──町中華は地域によってどのような違いがありますか?
下関さん「東京だと東西で特色が違いますね。東側は、『中華洋食』って書いてある店がいいですね。昔は、中華も洋食のように海の向こうからやってきたものだったので、舶来品みたいな扱いをされていた時代があったんです。だからお店によっては、中華と洋食を一緒に出していたんです。西側は、再開発が続いて昔ながらの町中華の店が減ってきていると思います。その代わり、新しいタイプの中華料理店や創作中華みたいな店も多い」
──ほかにも特色ってありますか?
下関さん「東京の北と南でもまた違うんです。例えば板橋とか練馬とかのチャーハンはちょっとビチョビチョした感じなんです。一時、チャーハンはパラパラがいいっていう信仰がありましたが、お出汁がたっぷりきいたラーメンスープが入っている、ビチャッとしたチャーハンもおいしいんですよ。あとは南も新しい店が多いですが、横浜や川崎が近いので、『サンマーメン』(とろみのついた野菜やお肉のあんかけがかかっている横浜発祥のラーメンのこと)を出している店も多いんですよ」
──町中華のレベルが高い地域はどこでしたか?
下関さん「全国各地いろいろと訪れましたが、いちばん実力が高いと思ったのは京都でしたね。京都の町中華はおいしかった。2位は大阪かな。例えば、“ちょっと野菜多めにしてくれない?”とか、“今日はちょっと味薄めにしてよ”とか、お客さんの注文を聞いてくれるんです。またそこから新しいメニューが生まれたり……」
──そうなんですね。町中華の激戦区もあったりするんですか?
下関さん「僕らが木密地帯という言葉をまねして『中密地帯』と呼んでいるのが、堀切菖蒲園駅(京成電鉄)。ここは町中華の激戦区です。身近な店で探す以外でも、都内のいろいろな場所に行って新しい店に入ってみるという遊び方ができますよね。昼間っから居酒屋に行くのには抵抗があるじゃないですか。でも町中華だと、ラーメンに餃子を頼んで、ついでにビールも一緒に頼んじゃうみたいな。そうすると罪悪感がなく飲めますよね(笑)」
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豊富な街歩きの経験から、町中華の魅力を語ってくれた下関さん。街中で見かける暖簾をくぐってみると、奥深い世界が待っているかもしれません。第2弾インタビューでは、町中華の神髄ともいえるカレーライスやオムライス、カツ丼が登場します!
(取材・文/池守りぜね)
■撮影協力:美華飯店
東京都品川区西大井1-1-1 Jタワー西大井ウエストコートA-103
《PROFILE》
下関マグロ(しものせき・まぐろ)
1958年、山口県下関市生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。 町中華探検隊の副長として活動中で、共著に『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(角川文庫)、『町中華探検隊がゆく!』(交通新聞社)など。CSテレ朝チャンネル『ぶらぶら町中華』に北尾トロと出演中。