「会食恐怖症」
それは、誰かと一緒に食事をすることに対して、強い不安感・緊張感を抱き、対人関係や日常生活にも支障をきたしてしまう症状のことである。うつ病や摂食障害などを引き起こす可能性を持ち、精神障害の一種に分類されている。
この症状が厄介なのが、“見た目ではわからない”という点だ。大柄な人、小柄な人、男性、女性、大人、子ども関係なく、誰でも発症しうる。見た目で判断できないゆえに、周りから理解されることが少なく、そのギャップに苦しむ人も多い。
筆者である私も、そんな会食恐怖症の症状に悩むうちのひとり。医師にはダイエットをすすめられるほど、家ではたくさん食べるのだが、外食になると途端に食事がのどを通らなくなる症状に悩まされている。
今回取材を行った、日本会食恐怖症克服支援協会・山口健太さんも、そんな会食恐怖症に悩んだ経験を持つ。インタビューでは、孤独と闘った山口さんの青春時代と、会食恐怖症の原因。そして、克服のための方法を伺った。
「食事が怖い」友人との食事を避け、孤独と闘い続けた青春時代
著書『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』や『会食恐怖症が治るノート』の出版、ラジオや講演会の出演など、情報発信を精力的に行っている山口さん。自身もまた、青春時代に会食恐怖症に苦しんだ経験があったという。
──山口さんご自身も会食恐怖症だったと著書でも語られていますが、もともと小食だったんですか?
「どちらかといえば小食でした。例えば小学生のころの給食って、基本は楽しい時間じゃないですか?“今日のごはんは何かな”とワクワクする子が多いと思うんですが、自分は、“今日は残さず食べきれるかな……。”という不安のほうが大きかったんです。たまに居残りで給食を食べたりもしていました」
──そのときから、会食恐怖症の兆(きざ)しはあったんですね。
「そうですね。ただ当時は、恐怖というより不安のほうが強かったです。“給食の時間か……嫌だな……”と思いつつ、なんとか毎日を過ごしていました」
──食事に恐怖心を抱き始めたのはいつ頃でしたか?
「いちばんのきっかけは高校の部活です。自分は野球部だったんですけど、冬合宿のメニューに食事トレーニングがあって。そのとき、朝・昼2合ずつ、晩ご飯3合の、計7合分の白米を食べるのがノルマになっていて、自分は食べきることができなかったんです。
そのときに先生から、“山口、おまえ飯ちょっとしか食べなかっただろ”と、部員全員の前でものすごく怒られて。そのときから、“また食べきれなかったらどうしよう”という思いが強くなり、恐怖心が芽生えました。食事に拒否反応が出始めたのもそのときからです」
──具体的には、どんな症状が?
「主には吐き気と予期不安です。食事の場でもないのに、数時間後に予定されている食事のことを考えて不安になったり、数か月後の合宿を想像して吐き気を催し、実際に吐いてしまうこともありました。
また、食事がのどを通らなくなる嚥下障害(えんげしょうがい)という状態にもなり、人との食事もなるべく避けるようになっていました。どう治すかもわからず、友達から食事に誘われても、ウソをついて断るのが日常になっていきました」
──多感な学生時代に、つらい経験をされていたんですね。
「かなりストレスでした。自分にとっていちばんつらかったのが、食べられないという事実ではなく、孤独感でした。骨折や風邪のようにギプスやマスクをしているわけではないので、周りからも理解されない。このまま食事への恐怖心が拭(ぬぐ)えず、将来、仕事や恋愛の場面でうまくいかなかったらどうしようと不安に思いながら、学生時代を過ごしていました」
──症状が改善し始めたのはいつごろからだったんですか?
「純粋に食事を楽しめるようになったのは、22~3歳くらいだったと思います。20歳のとき、“100%の状態じゃないけどなんとか食べられそう!”となり、現在は特にストレスなく外食もできるようになりました」
──克服されたときは、どんな方法をとったんでしょう?
「まずは心理面を見直すことから始めました。会食恐怖症の克服と聞くと、“頑張って食べてトレーニングする”という印象があるかもしれませんが、部活動でのトラウマだけでなく、そもそもの自己肯定感の低さや自信のなさが、人前で食べることへの恐怖につながっているとわかったんです。
それからは自分に自信を持てるよう、“なんでこれしか食べられないんだ”ではなく、“今日はこんなに食べられた!”と、自分をほめてあげるようになりました。友達とのご飯も積極的に行って、“食べる”ことのハードルを少しずつ低くしていったんです。大学時代のアルバイト先の人にも自分の症状を伝えたら理解してくれて、徐々に人と一緒に食事ができるくらいに改善していきました」
原因の第1位は「給食」。周りからの理解が、症状克服に必要となる
自己肯定感の向上と、周りからの理解を機に、会食恐怖症を改善した山口さん。大学卒業後、自身と同じような悩みを持つ人々を助けるべく、『会食恐怖症克服支援協会』を立ち上げた。会食恐怖症に悩む人には、どんな悩みがあるのだろうか。
──協会に相談に来る方はどんな方が多いのでしょうか?
「“人前だと食べられない”という方からのご相談がほとんどです。ただ、中には人前だけでなく家でも食べられないという方もいて、その場合は会食恐怖症だけでなく、摂食障害の部類になってきます。他にも、吐くのが怖い“嘔吐(おうと)恐怖症”も一緒に併発している状態の人もいます」
※嘔吐恐怖症:嘔吐に対して、強い不安感・緊張感を抱く症状。嘔吐恐怖症に悩む人の中には、道にある吐しゃ物を見るのが怖く、家から出られなくなる人もいるという
──発症する年齢に傾向はあるんですか?
「思春期で、まだストレス耐性が強くない学生が発症しやすいといわれています。なかでも小学校の給食での経験が要因になることが多いです。“食べきれなくて怒られた”とか、“学校に居残りで食べたのがつらかった”という経験ですね」
──現在の教育現場でも、“残さず食べなければいけない”という風潮なんですか?
「文部科学省が出している、『食に関する指導の手引き』には、《偏食により食事量が極端に少ない、反対に特定の食品の食べ過ぎにより成長や栄養素の摂取状況に問題がある児童生徒を抽出し、個別的な相談指導を実施する》と書いてあり、児童ごとに食べる量や内容を考慮すべきという規定はあります。ただ、その事実を理解している人がそこまで多くありません。
また、教育現場にいる人たちは、若くても20~30代。幼少期に“残してはいけない”という教育をされてきた人たちなので、それが普通の教育だと思っているという現状があります」
──自分も昔は、“絶対この量を残さず食べなさい!”という教育を受けたのを覚えています。
「どれだけ頑張って症状を改善しようと思っていても、周りが理解していないとうまくいかない。講習で教師の方にプレゼンすることもあるのですが、食べられない子どもがいたら優しく言葉を投げかけてあげて、安心感を与えてあげてほしいという話はよくしています」
会食恐怖症になったとき、身体には何が起こっているのか?
最後に、私の症状を例に会食恐怖症の解決方法と心構えを聞いた。
──私は、家だとかなり食べるんですが、人と一緒にご飯を食べると、嚥下力(※)が途端に下がってしまいます。これは思い込みなのでしょうか?
※嚥下力:物を飲み込む力のこと
「思い込みではないですね。会食恐怖症の症状で嚥下力が落ちる人は、身体の状態でいうと交感神経が優位になっている状態です。
人間には、緊張したり活動しているときに活発になる“交感神経”と、夜間やリラックスしているときに活発になる“副交感神経”の2種類があるのですが、普通の人は食事中はリラックスしている。つまり“副交感神経”が優位な状態なので、物を飲み込むことに意識が向くことはあまりないはずなんです。
ただ、緊張状態だと交換神経が優位になり、筋肉の動きが悪くなる。すると、のどの筋力が急激に落ち、身体の構造的に飲み込む動作が難しくなります。交感神経と副交感神経のスイッチは無意識に切り替わるので、自分ではなかなか意識しづらい状況に陥(おちい)ってしまいます」
──精神面の不調が、そのまま身体にも現れてしまうんですね。
「そのため悩みを相談するときは、なぜ食事中に緊張してしまうのか? 緊張の要因はどこにあるのか? という部分をヒアリングし、要因を一緒に、ゆっくり解決していく方法を模索していきます。
ちなみに、中西さん(筆者)は外で食べるとき何が気になっていますか? 例えば人の視線が怖いとか、吐くのが怖いとか」
──うーん……。公共の場で吐くのは嫌だなと思いますが、人の視線はそこまで気にならないです。
「なるほど。昔、給食のときに食べられなかったことがトラウマになっているとかは?」
──食べられなかった経験はあります。ただ、給食のおばちゃんがすごく優しかった覚えがあるし、あまりトラウマになっている自覚はないですかね……。
「体格的にガッシリしているタイプだと思うのですが、“その体格なのに食べないのかよ”と周りに言われることへの恐怖とかはあります?」
──あーそれはあります! この体格だし、実際に家ではかなり食べるんですが、“これを食べきれなくてガッカリさせたらどうしよう”という謎の強迫観念はありますね。
「残せないから、口に詰め込まないといけない。でも飲み込めないから食べられない。の連続って感じですかね?」
──まさにそれです。周りにからかわれたくない→食べなきゃいけない→でも食べられない→また周りにからかわれる……の無限ループです。
「自分でも言っていたように、“絶対残してはいけない”という気持ちが人一倍強いと思うんです。その考え方は会食恐怖症の人に本当に多いです。もし改善を目指すのであれば、ちゃんと食べなきゃという気持ちを手放していく行動が大事になります」
──食べなきゃいけない気持ちを手放す?
「会食恐怖症の克服を目指すうえで、とにかく頑張って食べるという目標を立ててしまうと、食べられた、食べられなかったという2軸だけで自分を評価することになります。ただ、人間にはホメオスタシス(※)という機能があって、無理に食べようとすると、身体は無意識に反発を起こして、前の自分に戻ろうとします。そして結局食べられず、自分を責めてしまい、克服へのメンタルが削がれるという悪循環が起こってしまいます」
※ホメオスタシス:恒常性。生物が身体の内部環境を一定の状態に保ちつづけようとする傾向のこと
──しっかり段階を踏んで改善していく必要があるんですね。
「“食べきらなければいけない”ではなく、“残しても問題ない”という意識と経験をどれだけ積んでいけるかが、会食恐怖症改善のための大きな分かれ道になります。例えばお店で食事を頼んだら、今日はふた口食べられたら合格、もし食べられなくても問題ない。ということを何度か繰り返すうちに、自分の中での“食べられない”の基準がだんだんと上がっていきます」
──とにかく食べる努力をするべき、だと思っていたので、すごく心が軽くなった気がします。
「人間一人ひとり、身体の構造も趣味・嗜好も何もかも違います。だから、嫌いなものがあったり、量を食べられなかったといって、気にする必要はまったくないです。特にいまは忘年会・新年会シーズンで、会食恐怖症に悩んでいる方にとっても悩みの多い時期だと思います。
そういう場であっても、“食べなくてもいい”という気持ちで臨んでほしいです。そして、そういう会食の場に頑張って行こうと思っているのであれば、自分が下したその決断を評価してほしい。自分を認めてあげて、“残しても問題ない”という意識づけをすること。できれば周りの人にも協力してもらうことで、解決への道が開けてくるはずです」
(取材・文/FM中西)