まったく同じ商品なのに、商品名を変えた途端に大ヒットするということがあります。最も有名な例は、伊藤園のペットボトル入り緑茶、『お〜いお茶』でしょうか。
この商品のもともとの名前は、その名もズバリ『缶入り煎茶(せんちゃ)』。なんのひねりもないうえに、「煎茶という漢字が読めない」という声まであり、不評でした。
ところが、名前を『お〜いお茶』に変えてCMを流したところ、これが大ヒット。1989年の発売以来(『缶入り煎茶』の発売は1985年)、いまも売れ続けるヒット商品になったのです。
これは、名前を変えてヒットした一例ですが、今回は「もし、最初の候補名を採用していたら、おそらくヒットしなかったのではないか?」という、ベスト5(と言いつつ順不同)を勝手に選んでみました。
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「ピンク・レディー」のふたりがショックを受けた、グループ名候補は?
〇1:ピンク・レディー
1976年に『ペッパー警部』でデビュー以来、瞬く間にトップアイドルとなり、出す曲が次々と大ヒットし一世を風靡(ふうび)した、ミイとケイの2人組デュオ、ピンク・レディー。
もともと中学校の同級生だったふたりは、同じボーカルスクールにも通っていたことから歌手を目指し、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に応募したのです。
デビューが決まり、スタッフたちが会議で決めたグループ名の候補は、なんと「みかん箱」だったそうです。
これは、ふたりが静岡県の出身だったことからついた名前でしたが、おしゃれな名前を期待していたふたりは、候補の名前を聞いてショックを受けたといいます。
結局、デビュー曲のプロデュースを任された、作曲家の都倉俊一さんと、作詞家の阿久悠さんが“もっとインパクトのあるグループ名に”と考え、カクテルの名前から「ピンク・レディー」と命名したのです。
コンビ名が「みかん箱」だったら、デビュー曲も衣装も当たりさわりのない、「純朴路線」になっていたはず。伝説のコンビの誕生もなかったことでしょう。
〇2:『機動戦士ガンダム』
それまで少年向けだった巨大ロボットモノのアニメに風穴をあけるべく、ティーンエイジャーを対象として企画され、1979年に放送開始になった『機動戦士ガンダム』。
ロボットではなく、人型の有人操縦式兵器「モビルスーツ」という概念を生み出し、さらにそれまでに多く見られた、宇宙人や悪の秘密結社と戦うのではなく、“人間同士の戦争”というシリアスな設定が、コアなファンの心をつかみました。
その後は、現在に至るまで続編が作り続けられ、「ガンプラ」と呼ばれるプラモデルは、巨大な市場になっています。
まさにメガヒットコンテンツの『機動戦士ガンダム』。企画が進む段階で仮に決められていたタイトルは、『ガンボーイ』でした。
う~ん、ガンボーイ……。一気に子ども向けアニメの匂いが……。ガンダムに決まってよかったです。
出版ギリギリまで違うタイトルだった『五体不満足』
〇3:『もののけ姫』
言わずと知れた宮崎駿監督の大ヒット映画です。
この作品、実はもともと、森に住む「もののけ」のもとに嫁ぐことになってしまった少女を主人公にした、宮崎駿版「美女と野獣」のような物語『もののけ姫』から生まれています。
それが長編映画になるにあたって、宮崎監督の中でどんどんアイデアがふくらみ、あのストーリーになったのです。
そのため、『もののけ姫』というタイトルが先にあり、物語のほうがどんどんそこから離れていってしまったという珍しい例なのです。
宮崎監督としては、主人公は“サン”ではなくて“アシタカ”だと考えていたので、途中で『アシタカ聶記(せっき)』というタイトルに変更するつもりでした。
しかし、このタイトルではヒットしないと考えたスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが、先に『もののけ姫』というタイトルをマスコミに発表してしまったのです。
それを知った宮崎監督は大いに気分を害したそうですが、そもそも「聶記」って読めませんよね。これ、鈴木プロデューサーのファインプレーだったのではないかと思っています。
〇4:『嫌われる勇気』
2013年12月に発売になり、もう10年間も売れ続けている大ベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)。いまだに書店で平積みされているのですから、時代を越えた古典になりつつある名著です。
内容は、有名なアドラー心理学を会話形式で読みやすく書いたもので、実はちょっと難解なのです。にもかかわらず、ここまでの大ヒットになったのは、『嫌われる勇気』というタイトルが、多くの人たちに刺さったからではないでしょうか。
この本、元の仮タイトルは、『無意味な人生に意味を与えよ』だったそうです。しかし、担当編集者が「本当にこのタイトルで売れるのか?」と、ずっと悩んでいて、発売の数か月前に、現在のタイトルを思いついたのだとか。
編集者のこだわりが生んだ、大ヒットと言えるかもしれません。
〇5:『五体不満足』
「この名前だったらヒットしなかったんじゃないか?」ベスト5の最後は、『五体不満足』(乙武洋匡著、講談社)です。私は、これほどタイトルがヒットの命運を分けた例はないのではないかとさえ思っています。
この本、言ってしまえば、生まれつき手足がないという病気を背負った無名の若者が書いた成長記です。初版発行部数もわずか6000部でした。
しかし、そのインパクトのあるタイトルと、「電動車イスに乗った手足のない青年がこっちを見てさわやかに笑っている」という衝撃的な表紙の写真で、瞬く間に話題となり、その発行部数は現在までに480万部を超える大ベストセラーになったのです。
この本の仮タイトルは『目立ちたがり』というありふれたものでした。
このタイトルに不安を感じていた乙武さんが、「もうそろそろ表紙のデザインにかかる」というギリギリのタイミングで『五体不満足』というタイトルを思いついて、自ら提案したそうです。
このタイトル、いくら著者からの提案とはいえ、今だったらコンプライアンス的に編集会議を通ったかどうか……。
いずれにしても、『目立ちたがり』というタイトルだったら、本のタイトルとは逆に、まったく目立たないまま終わってしまったのではないでしょうか。
以上、5つの例を紹介しました。
共通するのは、「本当にこの名前、このタイトルでいいのだろうか?」というこだわりが、ヒットにつながったということです。
どんなに中身が優れていても、ネーミングで失敗すると、ヒットしないまま終わってしまいかねません。決して結果論ではなく、最後まで妥協しないことの大切さを教えてくれているような気がします。
(文/西沢泰生、編集/本間美帆)
【PROFILE】
西沢泰生(にしざわ・やすお) 2012年、会社員時代に『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)で作家デビュー。現在は作家として独立。主な著書『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。趣味のクイズでは「アタック25」優勝、「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」準優勝など。