突然訪れ世界的パンデミックとなった新型コロナウイルス。旅行や大勢での飲食の機会も減り、地元や身近な場所で過ごす時間がこれまで以上に増えてきました。周りを見渡してみるとこれまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットもまだまだあるはず……。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
今回は新宿歌舞伎町にある『京風居酒屋 先斗町(ぽんとちょう)』の店内をお借りして、酒場ライターのパリッコさんに、生活圏内で楽しく飲むコツをお聞きしました。取材時は5月と言えども、初夏のような暑さの日。まさにビール日和な天気でした。
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「コロナの前はビアガーデンにもよく行ってましたね。特に、なくなってしまった『としまえん』のビアガーデンが穴場で。今日みたいな日はビールを飲みたくなりますよね」とパリッコさん。
居酒屋に入って、一番最初にチェックするのは……?
──ビールを飲み干しながら、取材がスタートしましたが、お酒を飲まない日はあるのですか?
「休肝日はね、作りたいなって思っているんです。でも本当、お酒を飲むと顔がほころびますよね。1杯目は早く飲み終わっちゃう」
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──コロナの影響で、飲みに行く場所や店に変化がありましたか?
「僕の地元は東京の石神井公園駅の周辺なのですが、地元の店を巡ると面白いなって思えるような発見がありましたね。この記事のテーマって半径300メートルでしたっけ?」
──半径3キロです。
「そうだ。300メートルだと駅にもたどり着けませんね(笑)。石神井公園で意外なところだと、例えば『リアル』っていうインド料理店がおすすめですね。インドカレーがいろいろあるんですけれど、カレーじゃないおつまみも充実しているんです。インドやネパールの方がやっているカレー屋さんって、お酒を安く出していることが多いんですよ。以前は瓶ビールが600円とかだったのに、“日本人はウーロンハイが好きらしいぞ”って気づき始めたんじゃないですかね。サワー系とか、100円台で出しているお店もあったり」
──100円台ですか!? あ、よかったら2杯目もどうぞ。
「ここの店は黒板もあるのですね」
カウンター席の上部にある黒板のメニューに目をやるパリッコさん。なにやら、黒板にも居酒屋の魅力が詰まっているようです。
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──居酒屋に入って、メニューを選ぶときはどういうふうに選びますか?
「まず黒板を見ちゃいますよね。酒飲む人は、最初に黒板を見るんじゃないですか」
──そうなのですか? あまり気にかけていませんでした。
「黒板にはその店のイチ押しとか、その日にしか食べられないものが書いてあるんですよ。『ちりめん山椒と京つくだ煮』か、どういうメニューだろう? 頼んでみましょうか。『京厚揚げ』っていうのも気になりますね。(メニュー表を見て)あっ! 『エレベーター』って、京都ならではのメニューですよね」
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──「エレベーター」というメニューは初めて見ました。どのようなものなのですか?
「京都の居酒屋に行ったときに食べて、由来を聞いたら若干くだらなくて笑ってしまったんですけど……。油揚げと大根おろし、“上げ下ろし”でエレベーターらしいんですよ。でもこの組み合わせは間違いなく、おいしいですよね!」
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地元にある個人店で“当たりの店”の見分け方
──チェーン系の居酒屋ではなく、地元に密着しているような個人店でいい店の見分け方ってありますか?
「個人店に入るのに緊張するって人はいますよね。でもそれが普通ですよね。僕は見分けていなくて。本当にいい店の見分け方って、ないんですよね、本当に。大前提として、その町に昔からある店って営業が続いているってことだから、いい店なんですよ」
──なるほど。
「酒場に興味を持ち始めたりした頃は、そういう観点で老舗っぽい店を見つけたら入ったりしていたんです。ちょっとのれんが古かったり、佇まいが古かったりする店は、“こんな値段で、おいしいものが食べられるんだ!”っていう驚きの出合いができる気がしますね」
──もしも、料理がおいしくない店だったらどうしますか?
「今の日本の飲食店でまずいものってなかなか出てこないじゃないですか。だからまずい料理が出てきたほうが、逆に面白いって思っちゃうんですよ。そういうのも含めていい経験だなって感じ。どこの店に行っても面白いって思うんですよ」
──おなかが空いていたのに料理をすごく待たされたりすると、失敗したなって思ってしまうのですが……。
「僕だったら、そういうトラブルがあるとガッツポーズですよね(笑)。でも人間、心に余裕がないと状況を楽しめないですよね。例えば、改札の手前でおばあちゃんが止まっちゃっても、普段は“しょうがない”って思えるけれど、急いでいたらイライラしちゃうじゃないですか。でもそういう出来事に遭遇するような店ほど、記憶に残っちゃうんですよね」
──飲食店で、料理が出てくるまではどのように過ごしていますか?
「実はメイン料理が出てくるまでの組み立てを考えるのも面白いんですよ。ここの店だったら(と言いながら、黒板や壁に貼られたメニュー表を指す)、塩辛とメイン料理を頼むとか……。早く出てきそうなものを頼むと、間が持つじゃないですか。自分の中で、どの順番で頼もうって組み立てるのが楽しかったりするんですよ。町中華だったら、ラーメンが出てくる前に先にメンマチャーシューを頼んで、とりあえず、それをつまみながら瓶ビールを飲んで待つとか。で、“完璧な計画だな……”とか思っていたら、なぜか先にラーメンが来てしまって、お腹いっぱいの状態でメンマチャーシューを食べてるとか。そういう状況も楽しいんです」
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──パリッコさんて、もしかしてひとりっ子でしたか?
「ひとりっ子です。子どもの頃から、意識したことはないけれど、ひとりでいくらでも時間潰せたタイプでしたね。誰か話し相手がほしいっていうようなことはなかったですね。
──確かにひとりの時間の過ごし方が上手な気がしました。パリッコさんは、チェーン系の居酒屋には行かれたりしますか?
「僕も若い頃は生意気だったんで、チェーン店には行かないって思っていました。周りにも“チェーン店なんて行ってられないね”って言っちゃってたけど、それは間違っていたんですね。チェーン店で飲むのは幸せですよ。今、うちの子どもがまだ小さいので、夜に飲み歩くのが難しくなってしまったんです。仕事柄、昼に飲むことが増えたので、『バーミヤン』とか『日高屋』とかはいつでも飲めるので重宝しますね」
チェーン店を居酒屋にして楽しむ
──チェーン店でおすすめのメニューはありますか?
「『来来亭』という滋賀発祥のチェーン系の中華店があるんですが、そこの『ラーメン』は京都風で、あっさりとした鶏ガラ醤油スープに背脂がたっぷりで人気なんです。ところがあるとき、身体が脂っ気を欲してたのか、メニューに『こってりラーメン』というのがあるのに気がついて頼んでみたんです。するとそっちは豚骨系の、ものすごい濃厚さで、これと『ドライサワー』ってのが、もうたまらなく合って!」
──おいしさが伝わってきました。ファストフード店でも飲まれたりするのですか?
「『松屋』がね、素晴らしいんですよ。『ごろごろ煮込みチキンカレー』(630円・税込み)という松屋のオリジナルカレーが復活したんですよ。しかも松屋は、“ロカボチェンジ”というサービスがあって、ライスを生野菜に変えられるんです。つまり、ごろごろ煮込みチキンカレーの“アタマ”(注:カレールーのみのこと)と瓶ビール(490円・税込み)で飲めて、サイドにサラダまでついてくるというわけで。それで合計1120円。そんなすごいセットを出している居酒屋があったら、酒飲みの話題を独占しますよ。松屋といえば『牛めし』ですけど、僕のなかではカレー屋だと思っているくらい、カレーがおいしいですし」
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──1000円くらいでカレーを食べながら、ビールを飲めるんですね。ファストフードは安く飲むのに最適な場所ですね。では、大衆酒場はどうでしょうか。
「大衆酒場に入ったことがないという人は、外観を見てもメニューや値段がわからないことが一番怖いって思っているんじゃないかな。でも、試しに1杯飲んで、1品食べてみる。もしも自分に合わないってなれば帰ればいい。それで1万円取られるってことはないですから」
──もしも実際の飲食代が、想定よりも高かったらどうしていますか?
「僕は店に文句言ったこともないし、払います。あまり金額は気にしていないのかもしれない。もちろん、若かりし頃に繁華街で客引きをやっているようなお店に入ってしまい、みんな1杯ずつしか飲んでないのにひとり5000円、みたいな経験はあります。でも、いわゆる大衆酒場ではそういうことはない。もしかして酔っぱらって気づいていないだけなのかな? いや、そんなことはないはずです(笑)」
外から店内が見えないほうが興奮する性質
──大衆酒場は、外から店の中が見えないことも多いですが、店内が見えないと不安になりませんか?
「僕は店内が見えないほうが興奮する性質かな(笑)。意外と勇気を出して入ってみた店に、居心地のいい場所があるかもしれないですよ。僕は“天国酒場”と呼んでいるのですが、公園の中にある茶屋みたいな店とか、残っているのが奇跡に思える屋台みたいな店が好きなんです」
──パリッコさんは、「食べログ」などの口コミや評価を参考にされますか?
「純粋に飲みたいときは絶対に見ないですね。大衆酒場って、店のどこかに歴史がにじみ出ているって思うんですよ。たとえ建物は建て替えてあっても、店内を見ると昔のカウンターやメニュー表を残している。それはお客さんがそれを望んでいるからなんです。そういう店は、間違いなく名店の可能性が高いですね」
──それで言うと、扉が壊れてビニールシートになっている居酒屋を見かけたことがあります。
「いいなあ、その寒さがあればつまみはいらないですね(笑)。浅草の地下街に『福ちゃん』という焼きそばの店があって、昼から飲めるんですよ。そういう地下街で飲んでいるっていう非日常感が好きなんですよね」
──店内がどういう状況だと入りやすいとかありますか?
「常連さんでぎゅうぎゅうじゃなくて、和やかな雰囲気だったら、入ってみてもいいんじゃないですかね。そうしたら、“この店、初めて?”とか“なんで来たの?”って、特に若い人や女性は、周りから珍しがってよくしてもらえるかもしれないですね」
◇ ◇ ◇
お酒を飲みながら、リラックスムードで語ってくれたパリッコさん。入ってみるのが怖いという不安を乗り越えれば、そこには居心地のいい空間が待っているかもしれません。第2弾インタビュー(酒場ライター・パリッコさんが語る「肉豆腐」が持つ深い魅力と、一度は行くべき「老舗大衆酒場」)では、パリッコさんが出会ったかっこいいお客さんや、関東と関西では酔っぱらいの態度が違う!? というエピソードをお届けします。
(取材・文/池守りぜね)
■撮影協力:京風居酒屋 先斗町
東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿1F
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〈PROFILE〉
パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『晩酌わくわく!アイデアレシピ』(Pヴァイン)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、スズキナオ氏との共著に『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(Pヴァイン)など。最新刊は清野とおる氏との共著『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』(扶桑社)。