映画プロデューサーの西口典子さんが、東京・笹塚にクラフトビール店「OURDAYs Brewery & Club house(アワーデイズ ブルワリー アンド クラブハウス)」を今年4月にオープンさせました。
第2弾インタビューでは、自らクラフトビールブリュワーとしてビールを作っているからこそ感じる、ビール作りの面白さや魅力について、お話しいただきました。
【第1弾インタビュー:「心の支えになる場所にしたい」映画プロデューサーの西口典子さんが“クラフトビール店”をイチから作った理由】
予想がつかないことも魅力のクラフトビール作り
──クラフトビール作りは面白いですか?
「私は飽き性なのですが、これは飽きないですね。麦芽もホップもたくさん種類があって、今度はこの配合にしてみようとか、次はどういうのが面白いだろうかとか、研究できる余地があります。何と何を重ね合わせたらおいしくなるのかは、作ってみないとわからないところがあるんです。
みんなが使っているようなホップを使うと、うちのお店の個性がなくなるので、他の人が使っていないようなホップを試してみたりして、どんな味になるのかを一つひとつ試しています。作りたてのときは“ん?”と思っても、3週間熟成させたらおいしくなっていることもあり、いろいろな変化があって、面白いです」
──予想がつかないぶん、難しそうですね。
「セゾン酵母(※編集部注:フルーティーな香りが特徴のエール酵母の一種)を使ってみたときに、ゴマとかアーモンドのような味がして、大丈夫なの? と思って、発酵の途中でホップを追加してみたら、バン! と吹いて、ビールのシャワーを浴びたこともあります(笑)。
逆に、映画作りで天候に恵まれて、いい絵が撮れたときに“神様が宿ったな”と感じることがあるのですが、それと同じようなことをビール作りでも感じる瞬間があります」
●ビールの種類
ビールは大きく分けると、2種類
・「ラガービール」……ラガー酵母を使用し、下面発酵させるビール。大手メーカーの市販の缶ビールに多い。
・「エールビール」……エール酵母を使用し、上面発酵させるビール。
クラフトビール(小規模生産ビール)で作られるものにはエールが多く、「ペールエール」「IPA(アイピーエー。※インディア・ペールエールの略)」「ヴァイツェン」「スタウト」などさまざまな種類があります。
●ビールの作り方
ざっくり簡単に説明すると、ビールの主な原材料は、麦芽、ホップ、酵母、水。
「麦芽を粉砕して、水を加え、適度な温度で適当な時間保持する(甘い液になる)」→「それを加熱して、ホップを入れる(苦みと香りが出る)」→「適温に冷やして酵母を入れて、発酵させる(アルコールと二酸化炭素が出てくる)」→「貯蔵し、ゆっくり熟成させる(調和された味に)」
※もちろん、実際の工程はもっと複雑です。OURDAYs Brewery & Club houseでは、最低でも4週間以上は熟成させるそうです。
──クラフトビールは、作り手次第でいくらでも変わる、とてもクリエイティブな飲み物だと感じます。お店では常時7種類のビールを提供されているそうですが、どんなものがありますか?
「すべて店内で作っているできたてのビールで、IPA、セゾン、スタウトのほか、しょうが入りのビールなど、変わり種もあります。
お店をオープンしたときから、平均点以上のおいしいビールはできていますが、いつか“これがアワーデイズの味だね”と言っていただけるような、“毎日飲んでも飽きないお味噌汁のようなビール”を確立させたいと奮闘中です」
クラフトビール屋は、面白いが儲かりにくい!?
──クラフトビールブリュワーになってよかったと思うことはありますか?
「毎週水曜日に朝8時半から1人でビールを作り始めて、17時半くらいに清掃を終え、そのあと自分が作ったビールを飲むんです。そのとき、“おいしい。幸せだ”って思います。例えば、自分で作った野菜を、自分で食べるのと同じようなものかもしれません。ものを作るサイクルは、人生を幸せにするんだなってことを実感しています」
──市販の缶ビールなら200~300円代で購入できる中、お店のクラフトビールは、1杯800円以上します。お客さんにクラフトビールのほうを飲もうと思ってもらうためには、どうしたらいいと考えていますか。
「ビールにお金を払うだけでなく、このお店で誰かと出会ったり、会話を楽しんだりする、そんな“人と人との出会い”にお金を払っていただけるような場を作っていきたいです」
──クラフトビールは、実はかなり原価がかかるようですね。
「クラフトビール屋は、儲(もう)かりにくいです。まず、ビールを作るのに、かなり電気代がかかります。お湯を沸かして、煮沸を1時間くらいするし、完成したビールを冷やすなど、ずっと電気と付き合っていかなくてはいけません。
また、原材料も結構、費用がかかります。特に、ハイアルコールにするには、麦芽の量を増やさなくてはいけないので、そのぶん、多くの出費が伴います。さらに、ホップと酵母も結構、いい値段がします。これらに自分の労働力を入れたら、お金のためだけではできないところがあります。
ただ、商売のゴールをどこに決めるのか、なんですよね。“クラフトビールで商売を成功させ、金儲けをするんだ”となると難しい部分もありますが、私が向かっている方向は、“人が集まれる場所を作り、それにビールが付いていること”なんです。酒類製造免許を取り上げられないことに気をつけながら、お店を続けていけたらいいと考えています」
ただのクラフトビール店にはならない可能性を秘めている
──スタッフはユニークな方々が集まったようですね。
「“調香師をしています”とか、“音楽のA&R(新人発掘をして、楽曲制作のサポートをする仕事)をしています”とか、“国際イベントや博覧会の企画・デザインをしていますが、何か新しいこともしてみたい”といった、面白い人たちが集まってくれました。
調香師の人は、コロナ禍で人に会わなくなったことに危機感を覚え、お店で働くことで人と会う時間を作りたいという理由から来てくれました。香りを作れるなら、うちのお店に合う香りを作ってよ、とお願いしてサンプルを作ってもらったら、すごくいいんです。これから、商品化する予定です」
──映画プロデューサーのお店だけに、監督やテレビディレクター、俳優など芸能関係の人や、クリエイティブな方も集まりやすいでしょうね。このお店を通して、活動の幅が広がりそうです。
「この人とこの人のキャリアと才能が合わさったら、新しいビジネスができるんじゃないのか、という後押しをしてあげたいです。“自分1人ではできないことが、誰かと結びつくことでできる”というのを応援してあげるのが、ある程度キャリアを積んだ人間の、セカンド・ライフとしてのモチベーションになるんじゃないか、と思っているんです。
そうやって人の輪が広がって、“あそこに行けば何かできそう”と思ってもらえるようになったら、豊かですよね」
店内で作ったできたてのクラフトビールが楽しめる!
OURDAYs Brewery & Club houseでは、常時7種類ほどのクラフトビールを用意(Rサイズ800円~、Lサイズ1400円~。すべて税込み価格)。
このお店のクラフトビールは、「4週間以上の月日をかけて熟成させて、完成させていること」「手作りであること」を考えると、高くはないと感じます。
3〜4週間ごとに新作ビールが登場するので、新たな味にも出会えます。ビールのお供に、「ガーリックシュリンプ」(3個で600円 ※辛さ調整可、土日祝日限定メニュー)など、おつまみメニューも用意しています。
この時期のオススメは、フルーティな香りが楽しめる「OURDAYs IPA TYPE4(アワーデイズ IPA タイプ4)」(R800円、L1400円)と、ジンジャーフレーバーの「DOUBLE HOP GINGER(ダブルホップジンジャー)」(R900円、L1500円)。「DOUBLE HOP GINGER」は、飲んだ後にふわっと爽やかなしょうがの香りがして、シーフード料理に合うテイストです。
また、期間限定で、珍しいデザートビールも。
「TOFFEE FLOAT(トフィーフロート)」(アイス付き+500円 ※記事掲載時は売り切れ)は、芳醇なコクと濃厚な味わいのスタウト(黒ビール/1000円)の上に、バニラアイスを浮かべ、チョコチップをトッピングしたもの。ビールとアイスクリームが、意外にも合います。
◇ ◇ ◇
「このお店に行けば、おいしいビールと楽しい出会いがある」というのは、魅力的です。最近は、市販の缶ビールでもいろいろなクラフトビールが楽しめるようになり、自宅でもおいしいビールは飲めますが、「その場所に行くことで得られる楽しさ」までは体験できません。どこの街でも、長く愛され続けるお店には、そういう“プライスレスの魅力”があると感じています。
第1弾インタビューで紹介しましたが、西口さんは「人と人がビールを通してコミュニケーションをとる楽しい場」にしたいことはもちろんのこと、「何か困った人の支えになる場所」にしたいとも考えていらっしゃるようです。OURDAYs Brewery & Club houseが、お客さんにとって、ふとしたときに行きたくなる、駆け込み寺ならぬ、“駆け込みビール店”になるといいですね。
(取材・文/加藤弓子)
〈店舗情報〉
■OURDAYs Brewery & Club house
住所/東京都渋谷区笹塚3-40-1
営業時間/月曜~木曜:18~23時、金曜:18~24時、土曜:15~24時、日曜:15~22時
定休日/奇数週の火曜日
レンタルキッチン/
金曜〜週末にかけて2Fキッチンをレンタルできる。料金は1日1万5000円。3日間、帯で借りる場合は3万5000円。ビールは1Fのクラフトビールを利用可能。
(10月15日から、土曜日のみの営業で「スパイスカレーとおばんざい料理」を提供するチェルシー食堂さんの営業が始まります)
〈PROFILE〉
西口典子(にしぐち・のりこ)
映画プロデューサー。OURDAYs Brewery & Club houseオーナー、クラフトビールブリュワー。映画『女の子ものがたり』(森岡利行監督、2009年公開)、『人生、いろどり』(御法川修監督、2012年公開)、『ピース オブ ケイク』(田口トモロヲ監督、2015年公開)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(白石和彌監督、2017年公開)などをプロデュース。