料理研究家の草分けとして、NHK『きょうの料理』などで活躍された鈴木登紀子さん。2020年12月、96歳で逝去されてから一周忌を迎えようとしています。「和食には日本人として忘れてはいけない“心”があると思うの」と語っていた“登紀子ばぁば”。その一部をご紹介します。
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「365日、三度三度のお食事をていねいに作っていくことは大変なこと。きちんと手をかける料理と、手をかけられないときの料理、両方あっていいのよ。毎日頑張らなくてもいいけれど、家族においしいものを食べてもらいたいと思ったそのときは、心をこめて料理をしてね」と語っていた登紀子ばぁば。
「こうしなければ」と決めつけることなく「やわやわ(ゆるやかに)」と生きる。忙しい現代の女性たちへ温かなメッセージを送り続けた。
【1】お箸と器
美しい箸づかい、きれいな食事スタイルは一生の財産。「いただきます」のあとに手に取るのは箸ではなく器。「口を食べ物のほうに運ぶのではなく、食器を手に持ち、食べ物を口に。持つときは片手を添えて見た目よく。いただき方が残念だとせっかくの料理も台無し。
【2】食べる順序
今の人たちが案外知らないのが「和食には順序がある」ということ。あえもの、お椀、煮物、焼き物。間に刺身が入ったり、焼き物の代わりに揚げ物とすることも。そしてご飯と香の物、止め椀となり、お茶でさっぱりとしてごちそうさまに。心得ておくと料理の楽しみ方がちがってくるし、来客時や外食時に役立つ。
【3】旬のもの
芽吹きの春にはふきやうど、菜の花に筍(たけのこ)。夏にはなす、かぼちゃ、きゅうりなどの夏野菜。秋はきのこなど実りの秋。冬は身体を温める根菜。新鮮でおいしくて安い、四季折々の野菜や魚介類をできるだけ選ぶこと。季節ごとにおいしいものをいただけるのは日本人としての幸せ。
【4】米とぎ
日本が誇る豊かな水田で育てられたお米をおいしく炊くことはとても大切。米とぎには必ず冷たい水を使うこと。くみ置いた水を入れて大きく混ぜて水を流し、「1、2、3」とワルツのリズムでよい音を立ててとぐ。決して湯でといだり、泡立て器で混ぜてはならない。
【5】天盛りと吸い口
目で味わい、食べて味わい、香りを楽しむのが和食。料理の格を上げるものとして欠かせない「天盛り」は、あえものや煮物の仕上げにのせる木の芽や柚子の皮など。「吸い口」は吸い物の椀に添える青じそや一味唐辛子など。季節感や香りが味のアクセントに。
【6】漬物
自家製の漬物は添加物の入らない自然食品。「旬の野菜を全体の分量の2%の塩でもんで、しなっとさせれば食べごろ」と覚えておくとよい。昆布の細切り、青じそ、しょうがを混ぜるなどアレンジしても。常備しておけば季節の野菜をサラダ感覚でポリポリと、たっぷり食べられる。
【7】おだし
おだしは天然の恵み、和食の要。よい素材からしっかりと味を引き出したおだしは、市販の顆粒だしやパックと比べて何倍もおいしいもの。忙しいときは市販品でもいいけれど、余裕があれば自家製のおだしでおいしいものを作るという使い分けを覚えたい。
【8】おひたし
調味したおだしに「ひたす」から「おひたし」。決してしょうゆをかけたものではない。菜の花やほうれん草、春菊など、野菜そのままのみずみずしさをおだしの風味とともに楽しむ風流な食べ物がおひたし。野菜は葉の色が濃くて、根元の切り口が青々したものを選んで。
【9】あえもの
豆腐の白あえ、酢みそあえ、くるみあえなどなど、あえものは“日本のサラダ”、あえ衣は“日本のドレッシング”。 具材とあえ衣をそれぞれ冷やしておき、食べる直前にあえることがポイント。素材から水が出ることなく、キリッとしまった味に仕上がる。
【10】布巾(ふきん)
台所の清潔さを保つために欠かせないのが布巾。台拭き、手拭き、器拭きはそれぞれ2、3種類、必ず用意を。1枚の布巾をあれこれ使いまわすのはバイキンを行き来させるようなものだし、所作として美しくない。拭く、磨く、包む、絞る。布巾は用途によって何枚も使い分けることで料理がうまく運ぶようになる。
【11】包丁・まな板
食事は命と直結しているもの。命を守るための食事作りに欠かせない道具である「包丁」と「まな板」はよいものを使いたい。包丁を1つだけ選ぶならば肉を切るにも野菜を切るにも勝手のいい牛刀を。まな板は刃のあたりが柔らかい木製がおすすめ。
【12】台所
調理道具や材料を出しっぱなしにしないで、調理台は広く使うこと。スペースの「余白」が心の余裕にもつながる。衛生面でいえば、水けをいつも拭き取って清潔さを保つことを忘れずに。ゴミをためることなく、換気をして、よい空気が流れているかを常にチェック。始末のいい場所からおいしいひと皿が生まれる。台所は「主婦の城」。不機嫌になって料理をしないこと。
(取材・文/松家寛子)
《PROFILE》
鈴木登紀子 ◎日本料理研究家。1924年、青森県八戸生まれ。自宅で始めた料理教室をきっかけに、46歳で料理研究家に。1970年から40年以上、NHK『きょうの料理』に講師として出演。“ばぁば”の愛称で人気を博す。2020年12月28日逝去。