北海道札幌市の麻生駅から徒歩1分のところに、「まんぞく弁当」というお店があります。
その名前のとおり、弁当ひとつで満足できるお弁当屋さんで、1kg弁当シリーズ、総重量が2kgを超える巨大なおにぎりなど、すごいボリュームのお弁当が並びます。
それ以外にも、釧路の魚屋さんやカレー屋さんと積極的にコラボレーションするなど、今までの弁当屋とは一線を画すような、エンタメ感あふれるお店作りで、地元ニュースやバラエティー番組にも引っ張りだこな人気店です。
2年足らずで札幌を代表する弁当屋に成長させた店主、湯浅孝臣(ゆあさ・たかおみ)さんに今までの経歴や、お店作りの戦略、これからの展望について聞きました。
さまざまな職種で管理職を経験。数字重視の風潮に疑問
高校卒業後、“とにかく都会に出て働きたい”という思いから、当時、新規産業として知名度を伸ばしていたドラッグストア業界に就職した湯浅さん。
働きぶりが認められ、札幌で数店舗に勤務後、新潟にて商業施設の中にあるドラッグストアで仕入れなどを担当する立場になりましたが、仕入れの金額が下がってきたことから「このままだとお店が厳しそう」と感じ、札幌へ出戻ることにしました。
その後、写真屋さんやホテル、web系の仕事を経験し、どの職場でも管理者として勤務。その高い能力が評価され、ホテル業界に勤めていたときは、ホテル数店舗の責任者へ昇進することに。
湯浅さんが責任者になってから、右肩上がりに業績を伸ばし、このまま順調に進んでいくかと思いましたが、新型コロナウイルスの影響でホテル業界が大打撃を受けてしまいます。
「ひとつのものを続けて結果を出したら、飽きてしまう性分」とご自身で語るとおり、いい機会だと責任者まで上りつめたホテルをあっさりと退職し、まんぞく弁当を開店しました。
「管理者を任せてもらえたのは、いろいろと運がよかった」と話す湯浅さんでしたが、さまざまな業種で管理者として勤務したとき、共通する疑問も浮かびました。
「管理者なんで、シビアに数字を求められるんですよね。私は“みんなで仲よく楽しくやろうよ”っていうタイプなんですけど、やはりそれだけではダメなので、“ちょっと、なんだかなぁ”って。だから、自分の裁量でやれる自分のお店をやりたいと思いました」
肩書は気にしない。奥さま以外の家族は“無反応”
今まで、正社員やアルバイトを含め数多くの業界で働いてきた湯浅さんですが、肩書や役職などにこだわりはなかったと話します。
「ホテルを辞めて店を出すときも、親は特に何も気にしてなかったですね。一応、“弁当屋さんやるんだー”って説明したんですけど、“へぇー”くらいなもので(笑)。兄弟もそんな反応です。放任主義っていうか、とりあえず生きてればいいよ、みたいな感じですね」
テレビ番組やウェブサイトで取り上げられるようになったときに、「そんなことやってるの?」と、初めて今の仕事を認識されるほどだったそう。
ですが、店舗を勢いで借りたときには、奥さまに一切、相談しなかったため、かなり怒られたんだとか。
「仕事を辞めたかと思ったら、今度は勝手に賃貸の店舗を借りてきたんで、“あんた、何やってんの!”って怒られました。まぁ、そりゃそうですよね(笑)。当初は、お店を手伝う気はまったくなかったらしいんですけど、今は手伝ってくれるようになったのでありがたいですね」
と、笑顔で話します。
Twitterから広がっていった“人脈の輪”
お店を始めるにあたり、さまざまな企業とイベントを行っていますが、そのきっかけはTwitterからだと言います。
「人脈でどうこうしようっていうのはあまり思っていないんですけど、“あぁ、その人知ってるよ”って、いつの間にか広がっていくんですよね。あと、Twitterだとフォローしてくれた人のプロフィールとかを見て、人柄や、その人がやってることを知って“いいな!”って思ったら、すごく軽いノリで声をかけています。そしたら、“あ、じゃあやります?”って、けっこうトントン拍子で話が進むんですよね」
企業アカウントで「面白いことをやっている」と感じたアカウントには自らどんどん声をかけることが、弁当屋さんとは思えないコラボレーションを実現させる秘訣(ひけつ)のようです。
また、そこで金銭のやりとりはなく、コラボした店の商品が売れても、利益には一切なりません。「ただ楽しそうだから」「楽しそうだと、人が来てくれてお弁当を買っていってくれるから」という思いで、積極的に交流しています。
「にぎやかしなんですよね。広告費をかけていないぶん、普段は関わらないお店の人と交流してTwitterなどで発信することで、そのお店のファンにもまんぞく弁当を知ってもらえればいいなって思っています。
例えば、Twitterつながりでカプセルトイ(通称:ガチャガチャ)を僕のお店に置いてもらったんですけど、ガチャガチャが好きな人が、それ目的でなんとなく店に来たり、あとは、スポーツ好きが地元バレーボールチームのサイン入りシャツを見にフラっと来たりって感じで、不思議とファンはどんどんつながっていくんですよね」
ほかにも、コロナ禍でオープンできずにいたカレー屋さんのメニューを販売したり、地元のデザイナーさんに前掛けを作ってもらったり、魚屋さんとコラボして魚の直販をしたり、弁当のイラストを描いてもらったりなどなど、相互フォローになったアカウントで気になった人たちと、気軽にコラボをしています。
売り上げは大丈夫なんですか? という質問には、
「どうなんですかね? でも1年は続いたんで、何とかなってるんじゃないですかね」
と、あっけらかんと答えますが、最近はアルバイトも雇用するようになったとのことで、すぐに金銭面で困ることはないそうです。
「適当×まじめ」、自分が飽きないためのお店作り
まんぞく弁当の特徴は、安くて、ボリュームたっぷりなところです。
ですが、そんな“デカ盛り店”というイメージとは裏腹に、湯浅さんの緻密な計算が隠されていました。
「デカ盛りのお店だと、ガーッていっぱい作って、目分量でざっくりと盛っているイメージがあると思うんですけど、まんぞく弁当の場合、ご飯の量やひとつの弁当に入れるおかず類の個数は全部決まっていて、“今日は〇〇弁当を〇個出す”ってなったら、それピッタリになるように作っているんですよね」
実際に筆者が裏の厨房を見せてもらったときには、余りや作り置きの料理は一切なく、きれいに片づけられていました。
「デカ盛りの豪快なイメージって、なんだか楽しそうじゃないですか。楽しいのが好きなので、イメージ戦略ではないですけど、一種の演出みたいにはしていますね」
そのほかにも、「今のラインナップで最善はなんだろう」と考え続け、オープンしてからメニューを常に変化させてきました。また、「明日からカレー屋さんに替えたい!」と思えば実現できるように、店内のレイアウトを自由自在に変えられる設計にするなど、すぐに飽きてしまう性分だからこそ「自分が飽きないように」「お店を続けるモチベーションを常に高く維持できるように」と意識しているそうです。
優しい笑顔でありながら、経営者としての実力が感じられました。
先はわかならいけれど「とにかく楽しいことやりたい」
「適当にやればいいんですけど、なんか、まじめにやっちゃうんですよね。個人事業主なんで“まったり働こう”って思っていたんですけど、結局、朝4時に起きてほぼ毎日、弁当を作っているし、奥さんにも“前より休みないけど?”って言われて、確かになぁって思いました(笑)」
常に仕事を考えて動いている湯浅さん。そんな湯浅さんに、まんぞく弁当の展望を聞くと、
「とにかく楽しいことをやりたいんですよね。だから、3年後には何をやってるか、わからないです。もしかしたら店をぶっ壊しているかもしれません(笑)。でも、面白ければ何でもアリです。ただ慢心はせずに、これからも地域のみなさんに愛される、楽しい店作りをずっと追求していければと思ってます」
楽しいお店のイメージと、湯浅さんの絶妙な経営手腕で、まんぞく弁当はさらに進化を続けます。
(取材・文/翌檜佑哉)