「ぶたどん」を頼むと訂正されるのか

 それでは、店舗でのオペレーション上の呼称はどうなっているのか。消費者の立場からすると、例えばカレーショップで「ドライカレーください」と注文して、店員に「ドライカリーおひとつですね」などとふんわり訂正されると少し気まずい。うっかり「ぶたどんの並ください」と口走ってしまった場合、どのような対応をされるのか。

 再び、すき家の広報担当者。

「なるほどですね。たしかに昔はお客さまの注文を厨房に伝えるとき、“××一丁!”などと符牒(ふちょう)を使っていましたが、いまは店員がハンディカムに入力することで、厨房(ちゅうぼう)に注文を飛ばしていますのでご心配のようなことはないはずです

 仮に「ぶたどん」と客側が言い間違えたとしてもサービスが悪くなることはないという。

 本当だろうか。都内のターミナル駅近くにある店舗に足を運んだ。

 1秒も待たずにカウンター席に案内されると、驚いたことに卓上にタッチパネル式の注文端末がある。回転寿司で操作方法はマスターしているので注文はお手のもの。「とんどん」と発音せずとも、豚丼(並)のサラダセット+とん汁(みそ汁から変更)+生卵が配膳されてきた。

筆者が注文したセットはこれ

 白いご飯が隠れるぐらい豚肉がたっぷりのっている。まずは生卵をかけず、卓上の紅しょうがも入れずひと口。豚肉の甘みを感じさせる特製ダレの味つけがしっかりしている。甘く煮た玉ねぎは相性バツグン。針しょうがが混ざっていてパンチもある。タレのしみ込んだご飯がうまい。

 “いいじゃないか、いいじゃないか”

 と、思わず『孤独のグルメ』の五郎さんの気分に。うっかり半分ぐらい食べてしまったところで、溶いた生卵をどんぶりに投入。紅しょうがをのせてかきこむと、あっという間に完食してしまった。

競合他社のネーミングは?

 少し脱線したのでネーミングの話に戻りたい。

 気になるのは競合他社が販売する類似メニューのネーミングだ。タレで煮込んだ豚肉をどんぶり飯にのせたメニューは大手各社にある。

 まずは吉野家。ちなみに正式名称は「吉」の士の部分の下の横棒のほうが長い。

「うちは『豚丼(ぶたどん)』です。『とんどん』としなかった経緯まではわかりませんが、うちではずっと『ぶたどん』です」

 と吉野家の広報担当者。

 さらに松屋。『や』の字が大手牛丼チェーン3社で唯一、『家』ではない。

「うちは『豚めし(ぶためし)』ですね。そもそも、うちが『牛丼』でなく『牛めし』としているのも差別化をはかるためです。それにならって『ぶためし』としています」(松屋の広報担当者)

いや、ちょっと待てよ

 実は筆者には、すき家のネーミングについて疑問があった。牛丼の「牛(ぎゅう)」と音読みぞろいで「豚(とん)」としたのはわかった。しかし、牛丼とは“煮込んだ牛肉をのせたどんぶり”の略称ではないか。そうすると「牛肉(ぎゅうにく)」に対しては「豚肉(ぶたにく)」のため、「ぶたどん」が正解になる。

 再度、すき家の広報担当者。

そう言われてしまうと、そうですね(苦笑)。ご指摘のとおり、一般名称としては『ぶたにく』と呼んでいますからね。ただ、ひとつの商品としてネーミングしている点をご理解いただければ。

 それと弊社の場合はトッピングのバラエティーが豊富なんですが、好評な組み合わせのひとつに、プレーンなカレーに牛丼の牛肉をのせた『牛カレー(ぎゅうかれー)』があります。同じように豚丼の豚肉をのせたものは『豚カレー(とんかれー)』です。豚丼はCM効果もあって認知度が高まり、ご注文をたくさんいただいております。これを機会にぜひ『豚丼(とんどん)』と覚えていただけるとありがたいです」

 理屈どうこうでなく、消費者に親しみやすいネーミングを大事にしているのだろう。

 懐が寂しいとき、ガッツリいきたいとき、手っとり早く食事をすませたいときなどにまず頭に思い浮かぶのが牛丼チェーン店だ。牛丼の魅力は色あせないものの、どう読むかはともかく豚丼もまた有力な選択肢になった。

夜の街でこのネオンサインを見るとお腹が減ってくるような気がして

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する。ウェブ版の『週刊女性PRIME』『fumufumu news』でも記事を担当