好きで始めたのに、という違和感
ふたりがこのような考えに行き着くには、ファッションブランドでの高級バッグデザイナーという経歴が影響していた。
慶さんは、バッグデザイナーとして大手アパレルメーカーに新卒で入社。ひと通りの経験を積むと、ファッション性の高いブランドへ転職。楽しめるどころか次第に仕事への違和感を覚えるようになる。28歳くらいのときだ。
「さまざまな要因はありましたけど、いちばんの違和感は売り上げを立てるためのものづくり。売れた商品があれば、似たものを作る。ヒット商品でも1年後には新商品として新しく作り変える。なんでなの? って思っていました。クリエティブから程遠くて、惰性で仕事をしているみたいだった。好きで始めたのに、いろんな嫌なことをしなくちゃいけなくて」
同じ頃、里奈さんは順調にキャリアを重ね、充実した日々を過ごしていた。
「わりと早くにブランドを任されたので、自分の中では充実していると思っていたんです。でも、次第に不満が大きくなっていくんですよね。上司に不満を伝えるんですけど、なかなか解決されない。今思うと当たり前なんですけど。当時は20代だったし生意気だったと思います。慶くんは違う部署にいたのですが、考え方が同じで、残業した後とかに一緒に晩御飯を食べたりして、いろんなことを話しました。愚痴を言っててもしょうがないよね、ってなんとか折り合いつけながら、何年も続けていましたね」
まさに誰もがぶつかる壁。30歳前後になると、たいていの人は企業人として多くのことを任されるようになる。自分の裁量で仕事をし、仕事のおもしろさを実感できる一方、責任も増える。売り上げと納期のプレッシャーがのしかかってくるのも、ちょうどこの頃。理想や夢で膨らんでいた気持ちがしぼみ、「仕事だから仕方ない」と自分に言い聞かせるようになる。そう、里奈さんのように、現実と折り合いをつけようとするのだ。
その後、里奈さんは現状を打開しようと会社を辞める。フリーのデザイナーとして別の会社で働くようになる。が、状況は変わらず。
「雇用形態が違うだけで、仕事内容は変わらない。雇われて、デザイン出して、売って、セールになって。その繰り返し。あんなに好きだったバッグを嫌いになりそうになりました。その頃には慶くんと結婚していたので、ああ、こうやってお給料もらって、ふたりで生活していくのか、まあ、それでもいいか、と現状を受け入れつつありました。ただ、数字を見て商品を作ることに疑問を抱いたままでした」