『じぶんだけのいろ』
諦めきれなかったのが慶さんだ。ファッションを嫌いになりそうになりながらも〈独立して自分のブランドを立ち上げる〉夢に向かって、計画を進めていた。そのために自社工場のある会社に転職し、製品を生産するプロセスなどを学んでいた。が、そこで再び、現実に直面する。
「職人さんが、そんなことはめんどうだからできない、と言う人ばかりだったんです。自分で全部できないとダメなんだ、と思い知らされましたね」
独立の夢を熱く語る慶さんを里奈さんはドライに受け止めていた。慶さんには正社員のまま働いていてほしいとも思っていた。
が、2011年3月11日の東日本大震災を体験して心境が一変する。
ちょうど1か月前に長女を出産したばかりの里奈さんは、このまま老いることに危機感を覚えたそう。フリーで高級レディースバッグのデザインをしていたが、すべての契約を終わりにして個人事業主の申請をすることを決めた。
「言われたものを作るのではなく、顔が見える相手にバッグを作りたいと思ったんです」
工業用ミシンを購入し、里奈さんはポタリングバッグを、慶さんは登山用バックパックをそれぞれ製作。2013年4月、アート&クラフトのイベント「静岡手創り市」へ出店する。しかし、このときもまだ里奈さんは、慶さんが会社を辞め、一緒に同じ仕事をすることには反対していた。
「小さなブランドにデザイナーが2人もいて、どうするんだという気持ちでした」
そんなときに読んだのが、レオ・レオニーの絵本『じぶんだけのいろ』。
「カメレオンが自分だけの色を探すお話だと思って買ったんです。でも違った。〈自分だけの色を持っていなくても、誰かに合わせて同じように色を変えていけばいい〉という内容だったんです。あ、そうなんだって腑(ふ)に落ちて。自分ひとりで全部やろうとしていたわたしは、慶くんとアシストし合いながらやっていけばいいのだな、と思えるようになりました」
「お互いに違うところが得意だったのが発見でした。慶くんの、こういうのがあるといいな、というつぶやきを、わたしが詰めていくことが多いです。向こうがちょっとアーティスティックなところがあるせいか、出すイメージもざっくりなんですよ。商品として大事なところを話し合いながら、わたしが具体的に落とし込みます。詰めていく作業はわたしのほうが好きだったんですよね。デザイナーとパタンナーではないですけど、そんな感じです」