年に1冊書き下ろしができたのは、つらい現実から逃げるため

 母との生活がつらかったので、わたしは、それを仕事にぶつけた。家にいたくなかったので、仕事場に通い、書き下ろしを書き続けた。「松原さん、すごいですね。年に1作書き下ろしをするって相当のエネルギーですよ」と編集者から言われたことがあったが、書きたくて書いているのではなく、つらい現実から逃げるためだとは言えなかった。

 でも、執筆作業はつらくない。むしろ幸せな時間だ。本の企画を考え、構想を立てているときはウキウキする。よく、1冊書くのは大変でしょと言われるが、作品に向かっているときは集中しているので、何も余計なことが頭に入らない素晴らしい時間なのである。母のことも忘れられる。老後の不安も忘れられる。社会情勢のことも忘れられる。つまらないことを考えない本当にいい時間なのである。

 また、1冊書き上げたときの充実感といったらない。これは、経験したことのない人にしかわからない快感だ。アスリートが、努力して努力してメダルを取った瞬間に似ている気がする。終わったあとの爽快感とそのあとに来る喪失感。面白い仕事だとつくづく思う。

 母と同居してから、毎年1冊書けたのは、それだけ苦しかったからだ。家にいたくなかったからできた産物だ。なんでも、わからないものだ。もしかして、快適な環境の中では作品は生まれないのかもしれない。振り返ってそう思う。そういう意味では母に感謝だ。

グレちゃんの朝の日課、多少の傷はしかたない

 朝9時ごろ家を出て、夕方5時ごろ帰宅する、まるでサラリーマンのような生活のわたし。一体何をやっているのかと自問自答する日も多かったが、時の流れのほうが早すぎて、わたしにゆっくり考える時間を許さず、居心地の悪いまま住み続けてきた。繰り返しになるが、グレちゃんがいたから、母の家にいることができた。グレちゃんを連れてまた引っ越しすることを想像すると、母が死ぬまで我慢しようという気持ちになった。でも、100歳以上生きたらわたしは何歳? 80歳? その年まで我慢するというのは、人生後半を灰色で送ることではないのか。それでいいの?

「おかえりなさい」マミーの帰りを玄関で待っていてくれる

 グレちゃんとの生活はこんな感じだ。朝はグレが枕もとに立つことで始まる。6時ぐらいになると顔の脇に気配を感じる。目を開けるとグレが両手をそろえて座っている。「ミャー」起きろと一声。無視して目を閉じると、今度は手でわたしのほほをチョンと。結構痛い。それでも起きないと、わたしの鼻先に顔を近づけて、ガブリ。「グレちゃん、やめて!! マミー、傷だらけのジョージになっちゃうよ」と顔の向きを変えると、顔をまたぎ、反対方向からガブリ。それが朝の「おはよう」の日課だ。猫と暮らすとき、多少の傷はしかたがない。傷や血を見て騒ぐようでは猫は飼えない。だらだら血が止まらないわたしの手を見た母は、言った。

「グレは猛獣だ! この子はやくざだ!」だってさ。まあ、なんとでも言ってちょうだい。

*第9回に続きます。