1986年、39歳でのデビューから現在まで「ひとりの生き方」をテーマに、多くの著書を発表してきたノンフィクション作家の松原惇子さん。松原さんが愛してやまない猫たちとの思い出と、猫から学んだあれこれをつづる連載エッセイです。
第10回→「まるでサハラ砂漠!」猫にも人にもつらい猛暑の夏、グレちゃんの吐く回数が増えて気づいたこと
第11回
猫を飼っている人の悩みのひとつに、動物病院に連れて行くストレスがあるだろう。いくらかかるのか。猫ちゃんがおとなしくしてくれるのかなど。病気の種類にもよるが、がんの手術を勧められ100万円払ったという話も聞く。病院に行くときは、ちょっと診てもらうだけでも万札を用意していないと恥をかきかねない。お金の問題だけではなく、飼い主の問題だけでもない。病院に連れて行かれる猫の精神的負担は相当なものだ。
おとなしく籠の中に納まってくれる子ばかりとは限らない。先代のメッちゃんは、普段は穏やかで人懐っこい子なのだが、籠に入れただけで、この世の終わりと思われるほどの悲鳴を上げる。それでも、無理やり押し込めてタクシーに乗せるのだが、悲鳴は1秒たりとも鎮まることはない。怖いのだ。わかる。メッちゃんもつらいだろうが、わたしも運転手に気を使い、車を降りたときはぐったり。メッちゃんは待合室でも鳴き続けた。この経験から、よっぽどのことがない限り病院には連れていかないと、わたしは心の中で決めた。
往診専門という獣医さんのもとを訪ねると
夏を越してもグレが吐くのが気になった。夏バテではないのかもしれない。メッちゃんと同じで、グレも籠が嫌いだ。どうしたらいいだろうか。しょっちゅう病気になっている犬を飼っている近所の人に、往診してくれる獣医さんがいないか尋ねると、「いる」という。ちょっと変わった先生だが、治療費も高くないと。
住所を教えてもらい、クリニックを下見に行くが、その住所に「クリニック」の看板は見当たらない。通る人に聞いたが、口をそろえて知らないという。どういうことなのか。
諦めて帰ろうとすると、ぼろアパートの1階のドアに手書きの「往診中」の紙が貼ってあるのを発見する。ここ? フロントもなく、スタッフもいない。先生がひとりでやっているということのようだ。怪しい、確かに怪しい。おそらく普通の人は、このドアを見ただけで引くだろう。
帰宅してすぐに電話をすると、「犬ですか、猫ですか」と聞かれたので「猫」と答える。症状を言うと夕方に寄るという。