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漫画・アニメ

SNSで話題の漫画家・小田桐圭介さん、創作活動のルーツは「無情な話を書きためたメモ」と“ナンセンスの神様”

SNSでの感想
絵・小田桐圭介さん
目次
  • 頭の中の創造を形にするため、さまざまな作品に触れてきた学生時代
  • 4コマ漫画の「起・承・転・結」から、漫画づくりの基礎を学ぶ

『さくらちゃんがくれた箱』『あたし、時計』など、SNSでも話題の作品を手がける漫画家、小田桐圭介さん。作品は数多くのいいねやリツイートを獲得し、『さくらちゃんがくれた箱』は2017年と'21年に舞台化されるなど、その作風やストーリー性が注目されています。

 また、講談社が発行する青年漫画誌『月刊アフタヌーン』のコンテストでは佳作を受賞し、同人Web雑誌の編集長には「なぜ、これほどの才能が埋もれているのだ」と評価され、複数のメディアでも作品が取りあげられてきました。

 ですが、漫画は幾度となく拡散され、知名度を増しているにもかかわらず、作者である小田桐さんの詳しい経歴は謎に包まれています。

 そこでfumufumu newsは、全3回にわけて小田桐圭介さんのインタビューを敢行! 第1弾では、柔らかいタッチながら、人間の心の闇までも描くような小田桐さん独自の作風に秘められたルーツと、漫画への思いについて、ご自身の半生を振り返りながらお話ししていただきました。

頭の中の創造を形にするため、さまざまな作品に触れてきた学生時代

小田桐さんの代名詞的な作品でもある『あたし、時計』

──はじめに、小田桐さんは学生時代、どんな人でしたか?

「親が野球好きなこともあり、小学生から中学生までは野球少年でした。高校時代はハンドボール部だったので、どちらかというと体育会系でしたね」

──スポーツ少年だったんですか! 意外ですね! 子どものころは、漫画づくりに興味はあったんですか?

「“漫画をつくりたい”という思いはなかったのですが、小さいころから頭の中で物語を作るのがすごく好きな子どもでした。小学校低学年のときは、思いついたアイデアをよくメモに残していたので、例えば『何かの作品を読んで漫画に興味を持った』みたいなきっかけって、実は全然なくて。漫画づくりのルーツみたいなものは、物心がついたときから自然にやっていたことでした

『あたし、時計』 は、SNSで1万いいねを獲得するなど話題を呼んだ(当時の投稿は削除済み)

──自然と創作活動をされていたんですね……! 実際に作品を作り出したのはいつからですか?

何かしらの形にし始めたのは、大学に入ってからでした。それまでは頭の中でストーリーを考えることはあったんですけど、小説とか漫画みたいに“作品”として作ったことは一度もなかったです。

 というのも、 中学1年生のときに“ちゃんと部活と勉強をして、大学に行ってから創作活動をしよう”と決めていたんです。でも、頭に思い浮かぶものを、“いずれは、なにか形にしたい”と思っていたので、小説、漫画、映画と、ジャンルは気にせず片っ端から読んだり見たりして、アイデアをためていました

──当時読んでいた漫画はどんな作品ですか?

「漫画でいえば、王道ですが『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)をはじめ、少年誌も青年誌もたくさん読んでました。少女漫画も読んでいましたね。それと、当時の漫画を読むのと同時に、名作と呼ばれているものもジャンル問わず積極的に読み込んでました。ガロ系を知ったのもこのころでしたね。小学校のころからずっと、物語を考えることが好きだったので、“じゃあ、自分が作りたいものって何なんだろう”に対する答えを探すための勉強って感じでした

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