上司から呼び出された次の日に辞表を提出
上司は、続けてこう言ったのです。
「あなたは、もともと役者を目指していたんだよね。だったら吉本にいったら?」
「えっ? 吉本って、あのお笑いの吉本興業ですか?」
「そう。その吉本。まず、お笑い芸人になって名前と顔を売って、それを踏み台にして役者になればいいんじゃない? そういう人、いっぱいいるでしょ。今から劇団に入っても、年齢的にキツイでしょ。だから、そっちにいけば」
上司は、なぜか軽い感じでそう言ってきたそうですが、言われた斉藤さんは思いました。
「その手があったか!」
さっそく、その日のうちにオーディションに関する雑誌を購入。見れば、吉本興業の養成所への申し込みの、締め切り2日前ではありませんか。
これはもう運命だと思った斉藤さんは、翌日には吉本興業へ願書を送り、退職願を手にして出社しました。吉本入りを勧めてくれた上司の方は、その日は偶然、お休みだったものの、退職願を部長に提出して退社したのです。
すると、その翌日、上司の女性から電話がかかってきました。
「あんた、何考えてんの!」
「えっ? 言われたとおり、吉本に入って、お笑い芸人を踏み台にして役者を目指します。お笑いのことはよくわかんないですけど……」
「バカね! そんなの冗談に決まってるでしょ!」
そんなことを言われても、すでに吉本に願書を送っているし、退職願も提出しています。そして何より、すっかりその気になっていた斉藤さんは、結局そのまま会社をやめてしまったのでした。
その後、吉本に入った斉藤さんは『ジャングルポケット』を結成。
人気者となった現在では、本当に、個性派の役者としてドラマに出演することもあり、声優の仕事なども入るようになりました。図らずも、元上司の冗談のとおりになったのです。
実は、この話には、ちょっとした続きがあります。
後日、“この人との出会いが人生の転機となった”というテーマの番組に出演することになった斉藤さん。番組スタッフが調べたところ、上司の方はすでにお亡くなりになっていたのですが、その会社にくる前は、芸能プロダクションの社長をやっていたことがわかったのです。会社員になってからはダントツの営業成績だったことも判明しました。
こうなると、あの日の言葉は、あながち冗談ではなく、斉藤さんのお笑い芸人としての資質を見抜いたうえで、冗談めかして吉本入りをすすめてくれたのかもしれないのです。そのことを知り、斉藤さんは改めて、その上司に感謝したといいます。