ニセモノも混入、通販広告のワナ
──当時のファッション誌には、やたらと地方のショップの通販広告が掲載されていましたね。『smart』や『MEN'S NON-NO』にはなくて、『asayan』とか『COOL TRANS』に掲載されていた記憶があります。
「ネットが普及していないから雑誌がすべての時代でした。発売日に買っていち早く情報をつかみ、ショップに走って。人気のスニーカーも通販広告に電話して買ってました。普通にニセモノもあるんですけどね(笑)」
──97年頃、プロレスで「nWo(New World Order)」というヒール軍団が人気になって、Tシャツもよく売られてたんですけど、裏原系ブランドにも「NWO」という同名ブランドがあって。プロレスのnWoのTシャツを、さもNWOのTシャツであるかのように謳(うた)ってる悪質な通販広告もありました(笑)。
90年代のカリスマ・藤原ヒロシの影響力
「裏原宿については、僕はずっと藤原ヒロシさんを追いかけてきたので、『COOL TRANS』も彼の連載目当てで買ってました。巻末に『SUPER NATURAL MAGAZINE』という連載があって、これが面白かった。“雑誌内の雑誌”というテーマで、初回で取り上げたのが90年代半ばに一世を風靡(ふうび)した『ノースウェーブ』のスニーカーです」
──ノースウェーブは今見ると厚底の丸っこいフォルムが可愛らしいですね。藤原ヒロシさんのテイストからは遠い印象ですが。一緒に紹介しているソニーの黄色い家電もポップなデザインですね。
「ノースウェーブは本当に流行(はや)りました。この頃は完全に踊らされてましたよ(笑)。最初のモデルはカッコよくて、いろんなショップが取り扱うようになり最終的には5万円くらいのプレ値(プレミアム価格)になってたのかな。そういえば当時、『ア ベイシング エイプ(R)』と『アンダーカバー』を扱っていた原宿の『NOWHERE』にノースウェーブ目的で行ったら、市井由理(※1)が店員としていて、驚きました」
(※1)アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」の元メンバー。ヒット曲『DA.YO.NE』でおなじみのラップグループ「EAST END×YURI」の一員として有名。
──裏原系のショップはたまにモデルや女優が店員をやってましたね。こちらのページでは写真家の小暮徹氏によるジョン・ライドン(※2)の写真と、左側は藤原ヒロシ氏とゆかりのあるショップやブランドの広告が並んでますね。
(※2)イギリスのパンクバンド「セックス・ピストルズ」のボーカリスト、ジョニー・ロットンの本名。
「『アンダーカバー』『グッドイナフ』『ステューシー』『メイド イン ワールド』『ELT』『レット イット ライド』……裏原系のショップとブランドですね。『in bloom』という静岡にあったショップも掲載されてます」
──in bloomという名前に聞き覚えがあります。裏原系のブランドを扱っていた地方のディーラーですよね。
「そうです、そうです。地方のショップは通販をやっていたので、東京では売り切れてしまった人気アイテムを買うためによく電話してましたね。オーダーシートを送ってくれるので、そこから欲しいモノを選ぶんです。お世話になりました(笑)」
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というわけで第1弾はここまで。インタビュー第2弾では、90年代の東京・原宿から生まれ世代も海も越えてファッションの世界に影響を及ぼし続ける、裏原宿カルチャーの話題をメインに掘り下げていきます。
【第2弾:世代や国境を越えて再注目される「90年代の裏原宿カルチャー」。当時の雑誌から“熱狂の時代”を振り返る】
https://www.instagram.com/tunelessmelody_bookstore/
(取材・文/松山タカシ)
※キャプションの文言を一部、修正しました(2022年9月8日20時00分)