複雑な思いを抱えたままの「Re Start」
大沼さんはアパートを眺めながら話す。
「ふるさと愛、なんですよね。自分の育った故郷を捨てられない、ということです。事故後、アパートを解体するか、除染するかを迫られました。私は除染して使い続けるほうを選びました。解体するほうが楽かもしれません。でもそれでは、双葉とのつながりが切れてしまいます」
「解体するほうが楽」、というのは本当だろう。除染費用は国が負担するが、その後の費用は自己負担になる。建物の修繕・リフォームだけで数百万円になる。除染だって簡単ではない。環境省が委託した業者による除染が終わった後、大沼さんがアパート周辺の放射線量を測ると、排水溝の近くで放射線量が高いことが分かった。業者や環境省に伝えたら、「路面のアスファルトをはがし、除染をし直します。ただし、除染後のアスファルト敷設は自己負担になります」。さらに100万円ほどの出費になりそうだ。
新品の看板のいちばん上には、大きく「Re Start」と書いてある。しかし、それは簡単なことではない。
「正直言って、やってみないとわかりません。入居者が入らなければ、リフォームなどの費用による借金を返すのは私です。何の保証もありませんよ。でも、この建物を解体して、土地を雑草でぼうぼうにしたら、双葉への気持ちが切れてしまいます。先ほども言ったように、『ふるさと愛』がありますから。故郷をぶん投げる(捨てる)わけにはいかないんです」
アパートだけでなく、大沼さんが事故前に住んでいた自宅も、8月30日に住むことができるようになったエリアの中だ。しかし大沼さんは、家族で帰還しようとは考えていない。
住めるようになったのは、町の約1割にすぎない。放射線量が高い地域もあり、ましてや廃炉のメドが立たない原発が町の中にあり、学校などの施設も未整備だ。原発事故後に生まれた子どもたちとここで暮らすことはできない、と大沼さんは考えている。
自分たちは、住めない。でも、故郷にはなるべく人が戻ってきてほしい。原発の廃炉作業をする人や、町の行政職員など、双葉に住んでくれる人にはきちんとしたアパートを提供したい。複雑な思いを抱えたまま、大沼さんの「Re Start」ははじまる。少なくとも年内にはアパートのリフォームを終わらせ、賃貸事業を再開する予定だ。
(取材・文/牧内昇平)