授業以外の仕事は「密度が低い」?
──高裁判決は、基本的には一審(さいたま地裁)の判決をほとんど変えていませんが、若干書き加えた部分があります。例えば、こんな一文を判決に加えました。
《同じ勤務時間の中でも、授業時間は勤務の密度が非常に高いが、これに比べると、それ以外の時間の勤務の密度は高くない》
「実際は、密度はほとんど同じですよ。例えば、授業と授業のあいだの休み時間は、教員は急いで提出物や宿題の確認をしています。その日のうちに子どもに返す必要がある物もありますから。でも、休み時間こそが、実はいちばん危ない時間なんです。子どもたちは狭い教室の中を走り回るし、いじめも起きます。
だから先生は、休み時間には特に、何気なく子どもたちに目を配らなければいけません。友だちと関われない子は誰なのか。ぽつんとしている子は誰なのか。仕事の密度は低くありませんよ。また、放課後はいろいろな会議が入ります。そういう会議のあいだはダラダラしている、と裁判官は言いたいのでしょうか?」
──保護者への対応とかも、授業よりも緊張感なくやっていることになりますよね。判決には疑問が残ります。裁判官が学校現場の実態を知らないのではないか、と感じました。
「大学教授のような高尚な仕事というイメージがあるんですかね。でも実際は、むしろ製造業の工場で働いている人に近いですよ。時間刻みで、“ああしろ、こうしろ”と言われて、校長には『ほう(報告)・れん(連絡)・そう(相談)』をいつも求められる。個人で判断することを許してもらえない。給特法ができた'70年代は教員に自由があったのかもしれませんが、今は時代が変わっています」
──今後はどうしますか。
「最高裁に上告します。法律がうんぬんと言う以前に、人間がどう生きるかという問題だと訴えたい。みなさんにも給特法を読んでほしい。給特法は、残業代を出さない代わりに、教員には特別な『4項目』(実習・学校行事・職員会議・非常災害)以外の残業を命じてはいけないことになっています。しかし現実には、1か月に60時間も、多い人では100時間以上も残業をしている教員がいる。これは誰が考えてもおかしいですよ」