最後の言葉

 だけど、体調がおかしいと自分で気がついた頃から、チョビにはいろいろな気持ちを伝えただろうなあと思った。チョビは母が眠りについたのを見計らうと、僕の元へ来て、早く寝たほうがいいよという顔をしてニャアと呼ぶ、しばらくすると階段の辺りで寝室へ行くことを促すように再びニャアと呼び、ベッドに入ると僕のお腹の辺りに乗って、じっと顔を見ているのだった。ムニャムニャ言いながら、夜中に母の様子を見に行ったりしていた。

 あまりにできすぎた猫である。

 そのあくる日、声をかけると母は反応するけれど、ずっと静かに寝ていた。唇が乾いている。何もいらないと言うので、濡らしたタオルで口元を拭いた。病院へ行こうか? そう言うと、首を横に振る。

 チョビは心配そうに母のお腹の辺りを温めるようにくっついていた。ああ、もうお別れの時が迫っていると感じた。

 その日はずっとチョビと一緒に側にいた。何かがシュワシュワ抜けていくそんな感じがした。母に随分と苦労をかけたことを謝った、あなたの息子で幸せだったこと、そして次に生まれ変わってもまた親子でねということ、次は僕が親の立場でいいからたくさんわがまま言っていいからねと。

 夜になり、母の目がパッと開いた時があった。

 僕とチョビのほうをしっかりと見て「私はもう大丈夫だから休みなさい」そう言って、また静かに目を閉じた。

 母は愛する人を2人も、最後の言葉もなく失った。人が亡くなる時、最後の言葉を伝えられるなんてことは稀なだとは思うけれど、母は自分が味わった苦しみを、僕には残すまいと、最後の力を振り絞って言葉を残してくれた。

 僕とチョビは、しばらく側にいて、すやすや寝ているような気もしたので、自分たちのベッドでゴロゴロしていた。