行き場をなくしアルバイト生活に。途方にくれながら新喜劇へ

 ところが7~8年後、いきなり「コケて」しまう。テレビのレギュラー番組が軒並み終了、吉本の2丁目劇場も一気に若手に総入れ替えという状態になり、行き場がなくなってしまったのだ。

「“仕事がなくて、どうしたらええのん”とよく仲間と話していました。相方は落ち込んで、辞めるとか解散するとか言ってましたが、僕は何の根拠もなく“いや、なんとかなるからがんばろう”って励ましていました」

 2001年にルミネtheよしもとが東京・新宿にできた。ここでは吉本所属の芸人さんたちが漫才やコント、新喜劇などを上演していた。その後、アキさんも、支配人に誘われて上京した。

「その前後の2~3年はつらかったですね。東京に来てからもアルバイトしてました。7~8年間、調子に乗っていたツケが来た、という感じでした。天狗(てんぐ)になってたつもりはないけど……うーん、やっぱりちょっとはなってたのかなあ」

 10年間、東京での新喜劇に心血を注いだ。水玉れっぷう隊での座長公演も経験した。ところがルミネでの新喜劇がなくなることになり、また途方に暮れた。

「それでついに僕は大阪の新喜劇に入るんです。相方は東京に残ってもうちょっとがんばりたい、と。解散はせんでいいということになったので、今もコンビは継続しています」

 大阪に戻り、新喜劇での活躍を誓ったが、なかなか思うようにはいかなかった。きっちり座組ができているので、入り込むことができるまで半年ほどかかったという。

「辻本(茂雄)さんの班に入れてもらって、ようやく出演することができるようになりました。辻本さんには“アキはいろいろできるから助けてな”と言ってもらって、うれしかったですね。それから8年、悔しい思いもたくさんしたけど、その分たくさん勉強もさせてもらった。これからは新たなスタートですから、もっといろいろなほかのメンバーといい化学反応を起こしたいと思っています」

 座組がきちんとできあがっているだけに、新喜劇では珍しい顔合わせが起こりにくかった。だがこれからは、もっと自由に「おもしろいこと」を追求していけそうだとアキさんは目を輝かせる。

どことなく漂う色気に、取材チームもメロメロに・・・・・・!!(古い?) 撮影/吉岡竜紀
サービス精神旺盛なアキさん。取材班の要望にも気さくに応えてくれた 撮影/吉岡竜紀
これまでのエピソードを話すとき、懐かしそうに資料を見つめる 撮影/吉岡竜紀