飲食業界は今が正念場。石井シェフが目指す、これからのレストランの文化とは
──石井シェフは、海の資源を守るためのルールにのっとって獲られた「サステナブル・シーフード」を使った料理も積極的に展開していますね。
「環境に配慮をして漁獲されている大西洋クロマグロを前菜メニューに取り入れています。世界で初めてクロマグロのMSC認証を取得した、宮城県・臼福本店さんの魚を使っています。
マグロを使った料理は難しくて、複雑に調理するとマグロのよさがなくなってしまう。日本人にとっては、生魚をお醤油でいただくのが結局いちばんおいしいのですが、根セロリのピューレ、マドラスというスパイスを使ったソースを合わせてフレンチに仕立てます。骨を1回乾燥させて竹炭を練り込んで作ったチュイル(ウエハース)を上に飾っていますが、魚の骨を利用しているんです。お客さまには特に説明しないのですが、黒色でダークなイメージにして、"管理しないと魚がなくなってしまうよ"というメッセージを込めています。
うちの店ではゲストへ手紙風のメニューを出しているのですが、そのなかで“サステナブルな大西洋クロマグロを使用”していることを、さらりとお伝えしています。純粋に食事を楽しみにいらしたお客様に、その場でマグロ問題を勉強してもらおうとは、もちろん思っていないのですが、メニューを読んで興味を持って質問していただき、話がはずむこともあります」
──また、石井シェフのスペシャリテといえば「たい焼き」の型に入れた魚のムースですが、こちらも今はサステナブルを象徴した1品ですね。
「もともとは、“ホットサンド好き”からの発想なんです。ある日、たい焼き型の機械を見つけて、これをうまく使えないかなと考え、ホタテのムースをおろしたスズキのフィレで挟み、パイ生地に入れて焼いてみました。フレンチの名シェフのポール・ボキューズが考案した、パイを使った古典のパーティ料理『ルー・アン・クルート』からの発想です。今の若い料理人が知らない、昔ながらの伝統料理を伝えていきたい、という思いもありました。時代に合うスタイルにマイナーチェンジしていくうえで、現代風に小さくできないかと考えて、たい焼きの型で試してみたんです。
それが人気を呼んで店のスペシャリテとなったのですが、今は中に入れる魚として、MSC認証取得を目指して漁業改善プロジェクト(FIP)に取り組む漁業者が捕った東京湾のスズキや、ASC認証を取得した養殖事業者が育てた真鯛を使うようにして、サステナブルへの思いを込めています」
──飲食業界はコロナ禍で大変な時期を乗り越えていかなければならないところ、魚介の不漁、食材の高騰、人手不足など問題が山積みですね。
「今が本当に正念場です。資源を守り、料理文化を次世代へつなぎ、社会に貢献することが課題です。
コロナ禍での飲食店業界は、なんとか生き残るために、何度もくじけそうになりながら歯を食いしばって頑張ってきました。飛沫が散るから感染が広がる、“レストランに行くことが悪”、というイメージまでついてしまった国のありさまを経験し、つらい思いもしましたが、逆に料理人が世論を動かし、政治を変えることも可能だ、という希望も持ちました。地球規模で食資源の未来を考え、社会に貢献しつつ、サステナブルの主張があり、ゲストに非日常の時間を提供する。そんなレストラン文化が育つように、今こそ本気で取り組むベきときですね」
(取材・文/Miki D'Angelo Yamashita)
Sincere(シンシア)
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-7-13 原宿東急アパートメントB1F
TEL:03-6804-2006
営業時間:18:00〜21:00
定休日:日曜、第1・3・5月曜日
公式HP→https://sincere.gorp.jp/
備考:【オートクチュールコース】税込18755円(2日前までに要予約)